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魔法使いの菓子屋  作者: クドウ
IF恋愛ルート
149/154

オースティン編


わたくしはバンス伯爵家の執事長を務めておりますモーリス・エルメでございます。

バンス伯爵家には3人のお坊ちゃまとお嬢様がいらっしゃいます。

次期当主様が隣の領地のマーサ嬢とご結婚なさり、次はオースティン坊ちゃまの番なのでございますが・・・。

どうやら忘れられない人がいるらしいオースティン坊ちゃまは、婚約の話が来ても受けることはありません・・・。

そして今日もわたくしは、坊ちゃまの捨てた文を拾い上げ、ひとつひとつお断りの文を出すのです。


オースティン坊ちゃまがご結婚なさらないとアナステシアス様もご結婚されにくいですし・・・。

困ったことです。










「イチイ!」


マーサが勢いよくイチイに飛びつく。

イチイはしっかりと抱きとめ、着地させる。


「久し振り、マーサ。危ないよ」


「だって!ふふふ、3年ぶりくらいかしら?会えて嬉しいわ」



マーサはオースティンの兄と結婚しているので、現在の屋敷はラガッツァ家ではなくバンス家である。


「私もマーサに会えて嬉しい」


「さ、入って!色々話したいことが山積みよ!」」






中庭でお茶を頂く。

天気が良いので気持ちが良い。


「イチイは結婚しないの?」


「っ、げほっ!」


「今22でしょう?ちょっと遅いくらいだわ」


「うーん・・・相手もいないし、仕事もあるし」


イチイは苦笑いで答える。

実際イチイに恋愛のれの字もないのは周知の事実。


「相手がいないならオースティンがいるじゃない!彼ならきっと仕事にも理解してくれるわ。ね、そうしなさいよ!」


「いやオースティンにも選ぶ権利があるからね?」


この調子だとマーサがオースティンの縁談を決めてしまいかねない。

貴族は当人ではなく両親が決めることが多いが、マーサは両親でも後見人でもなく義理の姉である。


「2人が結婚してくれればイチイは私の義妹だし、たくさん会えるようになるわ」


「マーサ・・・また会いに来るから。ね?」


「ふふ、今はそれで我慢しておくわ。今日はどうするの?見学に行く?」


マーサが言う見学とは蜂蜜の加工場と鉱石の加工所のことである。

隣接するラガッツァ家とバンス家は領地内でこの2つの名産品を産出している。

特に蜂蜜は菓子の原材料にもなるので興味深いところだ。

蜂蜜の加工場を見せてもらおう。

取引できるのであれば、蜂蜜をたっぷりつかった菓子を開発するのも悪くない。






◇◇







「はぁ・・・またか・・・」


オースティンは自身の机上に重なる文を見て溜息をついた。


学生時代から帰省の度に、婚約の文が毎回束になっているのだ。

が、オースティンはとてもじゃないがそんな気になれない。

想っている人がいる、忘れられない人がいると両親にも伝えているのだが見るだけでも、と文を寄越してくる。

オースティンはそれらを見もせずに捨てる。

何をどれだけ見たところで心変わりなんてする筈がないのだから。


執事が捨てられた文を拾い上げ、断りの文を送っているようだ。

最初からそうしてくれれば良いのにとオースティンは思う。



「オースティン!!」


勢いよく扉がひらかれる


「・・・マーサ。もう少し落ち着いてドアを開けろ。そしてノックをしろ」


「そんなことはどうでもいいの!ね、しばらく屋敷にいる?」


「あぁ、今回はあと10日間まで屋敷にいるが。どうした?」


魔法学校卒業後、魔法騎士団に入団し、今は地方に配属されている。

人数の少ない田舎なので休みがほとんどない。

その変わり地方手当として長期休暇がもらえるのである。

ここ1年働きづめだったが、人員も増員され、ようやく休みがまわってきたのだ。

これから今までの分として休暇が増えることになっている。


「先月イチイが来たの!」


「なっ!?」


「イチイが帰って来たのよ!もう1年前なんだけど、オースティンは地方をうろうろしすぎて連絡とれないし・・・」


「それで、イチイは・・・?」


「相変わらず仕事命みたいだわ。長くいるならイチイを招待しましょうよ、会いたいでしょう?」


「もちろんだ」


にっこり笑った。

心底嬉しそうな笑顔で、マーサも嬉しくなる。

良かった。これで元気になってくれると良い。

分かりにくいかも知れないが、彼女なりに義弟を心配しているのだ。


「じゃあすぐに文を出すわ」


マーサはオースティンがイチイに思いを寄せていることを知っている。

幼馴染の恋心などみていればすぐにわかる。

イチイのことが忘れられず、3年間結婚も婚約も婚約候補すらも断ってきたこともわかっているのだ。





◇◇◇




数日後、イチイがやって来た。


「会いたかった」


オースティンはイチイをぎゅっと抱きしめた。

焦がれていた存在が目の前に在る。そう思うと堪らない気持ちだ。

もう会えないと思っていたのだ。

困惑していたイチイもやがて諦め、背中に腕をまわした。

頬をうっすらと赤く染めてはにかむイチイをみて、マーサはにんまり笑う。

まんざらでもない様子よね、と。



初日は3人でたくさん話した。

主にイチイの戻って来た経緯だとか、今手掛けている仕事とか。

蜂蜜に興味があるらしいので、また加工場と、それから具体的な数字の話を当主様とすることになりそうだ。

今やヒツジ商会は子供でも知っているような大きな商会だ。

バンス家にとっても良い話になるだろう。


3人はクラスも違ったし、交流があった人たちもあまり共通していない。

そうなると自然に魔法騎士団や研究所といった、有名なところに所属している人間の話になる。


「Cクラスだとバッツ・ディ・リフレクトが魔法騎士団にいる」


「あぁ、懐かしいな。Cクラスで魔法騎士団に入ったのはバッツくらいか」


「そうだな。そもそも同学年で魔法騎士団に入ったのは5人しかいないからな」


元々学年の人数が少なかったので、5人というのは妥当な数字だろうか。


「研究所に行った人の方が多いわよね」


「10人くらいか」


「そうね。何気にヒツジ商会も多いわよね」


イチイは勿論だが、トマにスー、ケイトにキティで5人。

ミカは共同開発することはあるが、在籍はしていない。

多忙なのだ。


「先生たちは元気かしら。ミレイユ先生は辞めたって聞いたけど」


「あぁ、ミレイユさんは今ヒツジ商会にいるよ」


「へぇ・・・それはまた何で」


「ん~・・・元々食べることが好きな人だったし、ね」


「なるほど・・・」


イチイの苦笑いを見てマーサは察したようだ。


「そろそろ夕食の時間のようだ。続きは後にしよう」


「そうね」




◇◇◇◇




翌朝。

マーサだってイチイと過ごしたいが、次の機会がいつになるかわからないオーステインの為だ。

天気も良かったので領地内にある湖に散歩に行くように勧めた。

この湖にはボートもあり、景観も良いため雰囲気作りに最高だ。

イチイとオースティンが結婚してくれれば良いという考えを、マーサは諦めていない。

湖の上で語り合うだなんてステキ。

イチイがそう思うかどうかは別として。


折角イチイに色々聞こうと思っていたマーサだったが、当主に呼ばれてしまい、その機会を逃してしまった。

残念だが仕方がない。

当主も忙しい人なのだ。

おそらく蜂蜜のことに関して話すのだろう。

小一時間もすると戻って来た。

浮かない顔。

上手くいかなかったのだろうか。


「イチイ?どうしたの?」


「あ、いや、何でもないよ」


「・・・そう?」



翌日。

オースティンは休暇が終わるので、勤務地に戻って行った。

今は南の地方らしく、戻るまでに日数が掛かるのだ。


「さてイチイ、お話、しましょ?」


「はい?」


「ふふふ・・・昨日のことを話してもらうわよ」



マーサの自室でお茶の準備をし、メイドは下がらせる。

内緒話はどこから漏れるかわかったものじゃないのだ。



「それで?昨日のデートはどうだった?」


「デッ!?・・・デートじゃないから」


「そんな照れなくても良いのに」


「ははは・・・照れてるわけじゃないんだけどね・・・」


「何かあったの?」


表情も口調も、何かおかしい。

元気がないというのかどことなく様子がおかしいのだ。


「・・・手を握られたり、額にキスされたり、抱きしめられるのは普通?」


「普通じゃないわよ!オースティンてばむっつりなんだから!」


マーサは嬉しそうに歓声を上げる。


「ふふふ、なぁに、イチイ。嫌だったの?」


「嫌じゃ、ないんだけど・・・」


その表情は照れているという感じではない。


「イチイ、本当にどうしたの?」


「あー・・・実は・・・」




先月マーサに会ってから考えた。


貴族の結婚は当人の意志というより、その両親の意向であることが多い。

両親の判断で婚約者候補が出来る。

その候補と会わせられ、後に正式な婚約者となる場合が多い。

そのきっかけは片方が見初めた相手方に文を送るというものだ。

家柄や財産、器量や人となりなど何で判断するかはそれぞれだろうが。

相手方もそれを受け取り、打診し、断る・受け入れる・様子見などの返信を出す。


イチイの場合、身内がいないため、通常ならこの国の後見人であるトゥレがそれにあたるのだが、彼女はすでに他国に嫁いでいる。他の王族が引き継いでくれているのだが、私的なことを親しくない王族に頼むというのも気が引ける。そうなると自身で手続きをするのが最良。


結婚なんて30くらいでいいじゃん、と思わなくもないのだが、しかし。

生粋の貴族であるオースティンがその頃まで独身かというとそうでもないだろう。

イチイは決意を固め、筆を執った。


そしてここに来る前に、断りの文を受け取った。


仕方がないと思う。

地位は子爵でオースティンの持つ地位よりも低い。

この世界の常識だと、年齢も若いとは言えない。

一般に男受けする容姿ではないと自覚している。

主に胸が。


諦めるにも、せめて断られた理由が知りたいと、昨日の夜、聞いてみたのである。

そこで聞いたのが、断ったのはご両親ではなく、オースティン本人であること。

そして忘れられない人がいるらしいこと。



恋愛に無縁そうだと思っていたので、かなり驚いた。

まぁそれは置いておいて・・・それならば何故、湖であんな態度を取ったのか。

話題に出さないのは気を遣ってたんだろうが、あの態度はいかがなものか。

実は誑しなのか。


しかし・・・政略結婚は出来る気がしないので、正直婚期逃したのではないだろうか。



マーサはイチイの話を聞き、キレた。

ふざけんじゃないわよ!と怒鳴り散らかしたのである。

一通り怒鳴り散らかしてすっきりしたのか、すとんと着席し、咳払い。


「んん・・・と、まぁ、オースティンには早急に文を送るわ。きっと何かの間違いだもの」


「いや別にもういいんだけど」


「良くないわ!幸い南だって分かってるから大丈夫ね。いい、イチイ。オースティンから連絡があるまで他の男と結婚なんてしちゃ駄目よ!」





◇◇◇◇◇




オースティンがマーサからの文を受け取ったのは、5日後のことだった。

読んだ途端、目を見開いて固まった。

その様子を見て同僚たちが不審そうにしているが、そんなことは関係ない。

もう一度読み直す。

何度読んでも、内容は変わらない。


どういうことだろう。

イチイからの婚約の申し出を断った?

自分が?

何の話だ。そもそもイチイから婚約の申し出があることがおかしいのではないだろうか。

文にはそれに関する罵倒がつらつらと並んでいる。


「オースティン?どうした?」


上司に声を掛けられ顔を上げた。


「ひっ!おま、おまえっ」


「・・・何か?」


「何か、あったのか?」


「いえ、特に何も」


「・・・何もって顔じゃないんだが。とにかく今日は休んだらどうだ」


「はい」


割り当てられた部屋に向かって歩き出す。

背後で上司と後輩の会話が聞こえる。


「え、城下町ですか?」


「ああ、至急でだ。馬の扱いが一番上手いオースティンに頼もうと思っていたんだが・・・」


オースティンは立ち止まり、振り返った。


「っ、せ、先輩・・・?」


2人に足早に近寄る。後輩が何故だ怯えているようだったが気にしない。


「自分が城下町に行きます」


「い、いや、しかし・・・」


「行きます」


書状を引っ手繰り、踵を返す。

きっとイチイは城下町にいる。


手早く荷物を纏め、馬舎に向かった。





◇◇◇◇◇◇




面倒事はさっさと片付けておこう。

オースティンは城の魔法騎士団に書状を渡してからイチイを探し始めた。

食堂にも雑貨店にも菓子店にもいない。

菓子店の2階に居たトマに訊ねる。


「イチイはお昼。広場の屋台だと思うよ」


「ありがとう」


「がんばってね~」


足早に広場へ向かう。

昼食を終えたイチイが帰ろうとしているところだった。


「イチイ殿!」


「あれ、オースティン。今日は城下町で仕事?」


「あぁ」


「そうか、お疲れ様。私も今から店なんだ」


最近のイチイは各地を飛び回っており、店に出ることが少なくなっている。

それも教育係に回ることが多い。


「イチイ殿、その・・・婚約の話なんだが」


「あぁ・・・大丈夫だから気にしないでくれると嬉しい」


イチイの手に触れる。

ぎゅっと握り込み、目を覗きこむ。


「違うんだ・・・文の差出人を見ていなくて、断るつもりなど全くなかったんだ」


「はは、いいんだよ、気を遣わなくても。忘れられない人がいるって聞いた」


苦笑いするイチイを抱きしめた。


「イチイ殿のことだ」


「はい?」


「学生時代から好きだったんだ。帰るというから想いも告げられず・・・。帰って来てくれて嬉しかった。3年経った今でも、イチイ殿が好きだ」


「・・・・・・・・・」


何も言わないイチイに焦れたオースティンが、そっと体を離し、顔を覗きこんだ。

真っ赤。

耳まで真っ赤だ。


オースティンは微笑んで、そのままイチイに口づけた。


途端に歓声が響く。

その声に吃驚したイチイが正気を取り戻す。


「ぎゃあああああああ!」


「イチイ殿?」


「ここ街中!見られてる!!オースティンのバカ!!」


「バカ・・・」


バカという言葉に地味に傷つくオースティン。


「戻らないと。あぁ、恥ずかしくて表立てない。2階に籠ろう。オースティンも、」


イチイは手を差し出して、言った。



「行こう」



オースティンはその手を取り、歩きだした。

イチイの顔はまだ赤い。でも嬉しそうな表情。



「城勤務の希望を出しておく。希望が通ったら結婚しよう」


「・・・通らなかったら?」


「通らなくても」


「・・・仕事はするよ」


「かまわない。大人しく待っていよう」


その言葉にオースティンが主夫をしている場面を思い描き、噴き出した。


「どうかしたか?」


「い、いや・・・何でもない・・・ははは」


「?」


不思議そうなオースティンを見て、また笑う。


「いや、うん、一生、幸せにします」


「逆ではないか?」


「どっちでも良いよ」




どっちも幸せになれば。





◇◇◇◇◇◇◇




オースティン坊ちゃまがようやく婚約されました。

こんなに喜ばしいことがあるでしょうか。

旦那様も奥様も、喜ぶというより安堵といった感じでした。

何故かマーサ様が一番喜んでおいででしたが・・・。


坊ちゃまが宮廷に配属されたので、城下町に新居を建てるそうです。

イチイ様もあちらでお仕事があるそうなのでちょうど良いですね。


おっと、文の仕分けをしなくては。

今度はアナステシアス様の番ですからね。

おやおや今日もまたたくさん文が来ています。

はぁ・・・これも全部捨てられるのでしょうね。

全く兄弟揃って・・・そんなところ似なくてもよろしいでしょうに・・・。


はいはい、アナステシアス様。

今日の文でございます。
















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