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イチイとトマが草原で遊んで(?)いる同時刻。
―――ニトロプリア、プリアレスト伯爵家―――
その日ロニは、久しぶりの実家で惰眠を貪っていた。
「あーそろそろ起きるか・・・」
のそりと起きてベッドサイドのグラスに手を伸ばす。
次は水差し。
「水、水・・・」
ばっしゃああああああ
「・・・は?」
上から水が降って来た。
思わず天井を見る。
何もない。
「・・・何で?」
ぼたぼたと髪の毛から水が滴る。
「何事だよコレ・・・」
ともかくメイドだ。メイドを呼ぼう。
ベルを鳴らし、メイドを呼ぶ。
「ここ片付けといてくれ」
「畏まりました」
「ロニ、ごめんなさいね。あの水差し、水の魔石製なの」
「・・・母上?」
「すまんなぁ、ロナウド。お前よっぽど水の魔石と相性が良かったんだな。吃驚したぞ」
「・・・一番吃驚したのは俺ですからね?」
「良かったじゃない。魔力に目覚めたなら魔法の勉強しなさいな」
「もう21なんですが」
「いいじゃない。魔法の一つや二つ使えないと、兄の威厳ないわよ。そうでなくても兄弟で貴方だけ爵位がないんだから」
「はっきり言いますね・・・」
長男・次男は家督相続で爵位は伯爵。
トマは功績を認められ男爵。
ロニは3男なので相続はないし、認められる功績は何一つない。
確かに兄の威厳など何処にもないのである。
職にしても冒険者と菓子店の手伝いと貴族らしからぬものだ。
「冒険者を続けるなら尚更魔法が使えた方が良いだろう。城下町で水の魔法が得意な人間を探しておこう」
「ありがとうございます」
確かに使えないより使えた方が便利である。
ここは厚意に甘えておこう。
「せめて好きな女性より強くならないとな」
「ぐっ」
ロナウド・プリアレスト(21)、好きな女よりもランクが下である。
「ただいま帰りましたー。あれ、兄上、冬なのに水浴び?」
「・・・気にするな」
ニトロプリア最終日、本日はお店の手伝いである。
ランチタイムはやはり忙しい。
イーシュは鍋を振るいっぱなしだ。
イチイは給仕と洗い物を手伝っている。
菓子店とは比べ物にならない洗い物と回転率。
目が廻りそうだ。
「う、あ~・・・」
「お疲れさん」
「ありがとーございます・・・」
ランチタイムが終了し、貴重な休憩時間。
イーシュからアイスレモネードを貰い、一息つく。
少し休憩したら次は夜の仕込みをしなくてはならない。
イーシュがばてているイチイの頭をくしゃりと撫でる。
「汗かいてますよー」
「イチイ」
急に真剣な声を出すイーシュに、イチイは不思議に思い顔を上げる。
「どーしました?」
「帰るのか」
「はい」
「そうか・・・」
今度は自分の頭をくしゃくしゃにし始める。
「イチイ、帰らずにこの国にいることは出来ないのか?」
「この国も好きですけど、やっぱり故郷に帰りたいんです・・・。このお店はこのまま続けてください。城下町にも、2号店っていうか、食堂を出す予定が進んでるんですよ。イーシュさんにはそっちの店の料理人の修業をお願い出来たらなって」
「・・・わかった」
「ありがとうございます」
「本当はこの国じゃなくて、この街にいて欲しいんだけどな」
「すみません・・・私、この国に来てイーシュさんに会えて、良かったです。あの時、故郷の料理を久しぶりに味わえたのも、初めて魔法を見たのも、全部イーシュさんのおかげっていうか・・・」
「そういえば、そうだったな。懐かしい」
この世界に召喚されて一ヶ月後、イーシュに出会い、もう4年以上経っている。
「あの時から綺麗な子だとは思ってたけど・・・大人っぽくなって、ますます綺麗になった」
「なぁっ!?」
「ぶはっ、照れてんのか?」
「そりゃ照れますよ!からかわないでください!!」
「からかい甲斐があるやつだ」
「う~ッ!!」
イーシュは笑いながらイチイの頭をまたくしゃくしゃと撫でる。
「・・・嫁に来て欲しいくらい、綺麗になったな」