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『生存の配分 ── 上田合戦:徳川・真田、闇の合意』第六章  作者: あっちゅ寝太郎


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「なぜ史上最大の激戦・関ヶ原の裏で、上田合戦の死傷者は極端に少なかったのか? 真田の存続と、徳川秀忠の『遅参』。そこには家康と本多正信が描いた、武の時代を終わらせるための冷徹な国家設計図があった。」

第六章:上田合戦:予定調和の四日間

1. 偽りの咆哮

慶長五年九月五日。信濃、上田城。

「小癪な真田め! 門を叩き潰し、昌幸の首を上げよ!」

三万八千の精鋭を背にした秀忠の号令が、秋の乾いた空を震わせた。その形相は怒りに赤く染まり、若き大将の血気が暴発したかのように見えた。

だが、その背後に控える本多正信だけは、秀忠の握りしめた拳の「微かな震え」が、怒りではなく、完璧に役を演じている緊張から来るものだと見抜いていた。

「……よろしい。実に、若気わかげに満ちた立ち振る舞いでござります」

対する上田城の壁の上。昌幸は、眼下に広がる徳川の旗印を眺め、これ以上ないほど下卑げびた笑いを浮かべていた。

「乳臭い二代目に、戦のいろはを教えてやるわ! 降りてきて、わしの草履でも磨くがよい!」

昌幸の罵声は、戦場全体に響き渡った。それは挑発という名の、共謀者への「合図」であった。

2. 幸村の「熱」という触媒

この芝居に、唯一、真実の血を注いでいたのが、昌幸の次男・信繁(幸村)であった。

「真田の意地、徳川に見せてくれん!」

父と兄の密議を知らされぬ信繁は、神懸かり的な采配で徳川の先陣を翻弄する。門の前で上がる炎、飛び交う矢。その凄絶な光景は、遠く離れた石田三成の耳に「徳川主力、上田にて釘付け」という、この上ない甘い報せとなって届くこととなる。

信繁は信じていた。己の奮戦こそが豊臣の命脈を繋ぎ、真田の名を天下に轟かせると。その瞳に宿る純粋な熱は、泥にまみれた戦場を黄金色に焦がしていく。

だが、昌幸はその愛息が流す汗と血を、冷徹な計算の下、演出の「真実味」として利用した。

(済まぬ、信繁よ。お主のその『熱』こそが、狸と狐を欺くための、最後の血糊よ。お主が真剣であればあるほど、この『狂言』に疑う余地はなくなる……)

息子が命を懸けて守ろうとする「義」が、父にとっては一族を「生存」させるための消耗品に過ぎない。その残酷なコントラストこそが、上田の城壁を塗り固める真の漆喰であった。

3. 浪費される黄金の時

四日間。上田の周囲では激しい小競り合いが続いたが、徳川軍の主力は、決して決定的な一線を越えようとはしなかった。

正信は、陣幕の中で静かに砂時計を眺め、落ちゆく砂の粒を数えていた。

「秀忠様、時が満ちました。……これより先は、真田の檻に閉じ込められた『無能な二代目』として、関ヶ原の惨劇から三万八千の精鋭を切り離し、真っさらなまま次代へ運ぶ刻限にござります」

秀忠は、正信と深く目を合わせた。その瞳からは、先ほどまでの偽りの怒りが消え、父・家康に似た底知れぬ静寂が宿っていた。

「……行くか、弥八郎。泥にまみれた『遅参』という名の道を」

九月八日。秀忠軍は、上田という名の「安全な檻」を抜け、霧に包まれた木曽路へと、あえてゆっくりと歩を進め始めた。背後で鳴り止まぬ信繁の勝鬨を、次代の冷たい官僚組織へと脱皮した秀忠は、もう二度と振り返ることはなかった。

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