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火野圭一はここで全てを失った。同級生を病院送りにした結果、大好きだったキックボクシングが出来なくなった。打ち込んでいた趣味を失うということは生きる意味を見失うのと同義。幸福とは日常が満たされることで得られるものなのだから。
また、友人も全て失った。平山をイジメから助けたことで感謝されると思っていたが違った。初めこそ感謝はされたものの友人達は圭一の暴力性を懸念していた。
大人しいと思っていた友人が突然大人も手が付けられない問題児を一発で病院送りにしたのだ。彼が格闘技をやっていることは知らない人が聞いたら突然キレて暴れたのだと思うだろう。運の悪いことにこの手のウワサはすぐ広まる。学生間でウワサにするなら持ってこいであった。
圭一は瞬く間に有名人になった。悪い意味で。そして若者とは長い物に巻かれてしまうもので、助けてもらった当の平山でさえ圭一を恐れ始めた。最初こそ命の恩人として感謝の限りを込めていてウワサを聞きつけたときにも積極的に圭一を庇ってなんとか収束させようと努めていた。
だがそれも水の泡、収まるどころか話は膨らんでいき圭一の立ち位置は周辺の他の高校にも伝わるほどの裏番長的な立ち位置になってしまった。
顔も名前も全てバレてしまい、校門をくぐれば視線が飛び交い、廊下を歩けば道ができる。みな彼を懸案して遠ざけるようになる。そんな彼につるむ人間がいたら周りはどう思うだろう。不良と楽しく会話する友達を想像してみてほしい。想像できたかい?当然その人も不良だと思わないだろうか。
平山はその周囲の目に耐えられなかった。悪者じゃないのに悪者のような扱いをされるのは想像を絶する孤独を感じる。だが平山は友人としての立場なのだから圭一から離れれば全て済むとはいえ、とても悩んだことだろう。
命の恩人と共に濡れ衣を甘んじるか、命の恩人を見捨てて普段の生活に戻るか。当事者でなければ前者と即答できるだろう。だが彼は当事者であり周囲の目に恐怖を感じていた。自分の評価を落とす環境に心を帯びやかされていた。
圭一はある日、平山を屋上に連れ出した。屋上に続くドアの鍵は常にしまっているのだが、横にある窓から出入りができることを知っている人は少ないので知る人とぞ知る数少ない隠れ場所となっている。平山の顔を見るととても疲れ切っている。目の輝きは薄れており、立ち姿をみても全体的に萎んだような印象を与える。