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『逃げていいのか?』
頭の中で優しく囁く声が聞こえた。その声が誰の声がすぐに理解した。
たぶん声の主は『K1』だ。なぜだかそう直感した。
自分とは似ても似つかない僕の声。
『K1』は僕が創り出した正義のヒーロー。弱い者の味方だ。そんな彼からの問いかけだったんだ。彼からの、全てを捨てて戦えというメッセージ。
でも『圭一』は戸惑った。同級生を助けることにメリットはない。むしろ逃げるべきだ。頭を突っ込むべきではない。
反撃されたらどうする?
恨まれたらどうする?
これからカモにされたらどうする?
最悪な未来しか頭の中にいくつもよぎっては消えて不安を膨らませる。
だけども、もっと怖いことがある。僕の中から正義の心が消えること。それは『K1』がいなくなること。存在を否定することは自分の死を意味しているる。
だからやらないと。自分を守るために!
そう思うと、身体は動いた。江田が間合いに入った瞬間。キックのモーションに入る。反動を付けずにワンモーションで。彼の左顎目掛けて思い切り。そこに至るまで僅か数秒。
僕の脚は完全に顎を蹴り砕いた。粉々のぐちゃぐちゃにした。二度と自分の口でモノを噛むことができないようにした。これが正解だとは思わないよ。後悔もしている。
まず大事になってしまった。同級生を病院送りにしたのだから。当然学校側も対応に追われた。いままで江田が放置されていたのが不思議なほど僕の行動は問題視されたのだ。
格闘技を習っていたことが大きな要因となった。技術とは凶器なのだと断言された。物を持っていないとはいえ丸腰の一般人と扱われなかった。
そしてそれを重く見た遠藤ジムは僕を破門にした。入門生から問題児を置くのは経営にとってマイナスでしかないのだからと遠藤に説明された。
実家にまで足を運んだ遠藤淡々と今回の成り行きと対応を説明して席を立った。僕は謝ろうとした。このような結果になってしまったことを。
家に訪問した時から様子がいつもと違い感情が読めずその時まで謝罪の言葉を伝えることが出来ていなかった。思い切り頭を下げた。これ以上ないというくらいに。
「もういい、顔を上げろ」
しばらく声を発しなかった遠藤の声が頭の上から聞こえる。いまどのような顔をしているのだろう。そう思いながら恐る恐る顔を上げたところで思い切り顔面を殴られた。鼻が折れるほど強烈な突きを。
殴られた勢いでバランスが崩れる。一歩、二歩と倒れまいと後ろによろいてふと身体が軽くなる。倒れた。そう思った時、体の落下が止まった。何かが体を支えたのだ。
目の前の光景に焦点を合わせると遠藤の顔が一面に映った。彼が背中から倒れる僕を受け止めたのだ。
「お前は最悪なことをしでかした。でもこれだけは伝えたく。よく見捨てなかったな」
遠藤は批判と賛辞の言葉を同時に口にした。どのような感情を込めていたのか、表情からは読み取れなかった。
だが、この言葉は心に響いた。一生忘れることはないだろう。