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顔は腫れあがり、鼻から鼻血が吹き出してシャツの襟を真っ赤に染め上げていた。江田のサンドバッグになっていたのだ。そう悟った瞬間怒りが込み上げたんだ。
江田がこちらに気付き振り返った。とぼけた顔をしている。まるで人を殴っていることをなんとも思っていないかのように。そして僕が誰なのか記憶の中を探っている風な仕草をする。
「あぁ、お前同じクラスの火野だったか?こいつのこ庇いにでも来たのか?」
倒れ込んでいる平山には目もくれずこちらに向かってきた。僕の体格を見てターゲットを変えたようだ。見ての通り、体を鍛えていたとはいえ当時の僕は今と変わらず175cmで細身な体型だった。
「彼を見逃してやってはくれないか?」
「あ?何言ってんだお前」
「何って別に---」
「ごちゃごちゃうっせえな。このゴミみてぇになりたくなきゃ金置いてどっかいけや雑魚が」
まるで会話にならない。江口は捲し立てる。汚い声で弱っちい僕の度胸を揺るがす。ひ弱な心は今にも崩れてしまいそうで。いますぐにでも逃げ出したかった。
すでに奥歯の震えでカタカタ音を立てていて。脇から汗が滴となって脇腹へと垂れている。膝が今にも崩れていまいそうだ。
でもやり返したいという気持ちがあった。友達を見捨てるなんて悔しかったから。試合では相手の顔面を殴ることができるのだから助けることがやればできるんだと。
気持ちとは裏腹に身体は動かなかった。完全に怯え切っていた。
何に恐れたかだって?そりゃ弱肉強食そのものに。
ルールの枠から外れた枠の中で凶悪な敵意を触れたんだ。どうしようもないほど大きな敵意に。嫌悪でもなく嘲笑でもなく。ただ相手のモノを奪うためだけに暴力を振るわんとする野性。それに触れてしまった。
だから怖かった。それで逃げようと思ったんだ。恥も何もかも捨てて。ボロ雑巾のようにされた友達すら見捨てて無様に。
もちろん、逃げることができれば僕は無事に帰ることができただろう。またこの状況で逃げたとしても責められることはないはずだ。しょうがないときっと周囲は許してくれる。
だっていままでの人生そんなやつばかりだったから。
それで僕は回れ右して足を踏み出したんだ。逃げる動作を。モーションをした。ワンモーションでその体勢になった。
あとは逆の足を前に出すだけだった。全力で駆け出そうとしたんだ。江口に追いかけられても追いつけないように。
でもふと何かが聞こえた気がしたんだ。
なんの音なんだろうか。風の音?チャイムの音?それとも鳥の鳴き声?
何とも表現できない音が耳を通り過ぎていく。その中でやがてその音は形と成して声なんだと分かった。そしてその意味を理解した。