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4 葛藤

2025.11.6

2エピソードを結合しました。

 顔は腫れあがり、鼻から鼻血が吹き出してシャツの襟を真っ赤に染め上げていた。

 江田のサンドバッグになっていたのだ。


 そう悟った瞬間怒りが込み上げたんだ。


 江田がこちらに気付き振り返った。

 とぼけた顔をしている。


 まるで人を殴っていることをなんとも思っていないかのように。

 そして僕が誰なのか記憶の中を探っている風な仕草をする。


「あぁ、お前同じクラスの火野だったか?こいつのこ庇いにでも来たのか?」


 倒れ込んでいる平山には目もくれずこちらに向かってきた。

 僕の体格を見てターゲットを変えたようだ。


 見ての通り、体を鍛えていたとはいえ当時の僕は今と変わらず175cmで細身な体型だった。


「彼を見逃してやってはくれないか?」


「あ?何言ってんだお前」


「何って別に---」


「ごちゃごちゃうっせえな。このゴミみてぇになりたくなきゃ金置いてどっかいけや雑魚が」


 まるで会話にならない。

 江口は捲し立てる。


 汚い声で弱っちい僕の度胸を揺るがす。


 ひ弱な心は今にも崩れてしまいそうで。

 いますぐにでも逃げ出したかった。


 すでに奥歯の震えでカタカタ音を立てていて、脇から汗が滴となって脇腹へと垂れている。

 膝が今にも崩れていまいそうだ。


 でもやり返したいという気持ちがあった。

 友達を見捨てるなんて悔しかったから。


 試合では相手の顔面を殴ることができるのだから助けることがやればできるんだと。


 気持ちとは裏腹に身体は動かなかった。

 完全に怯え切っていた。


 何に恐れたかだって?

 そりゃ弱肉強食そのものに。


 ルールの枠から外れた枠の中で凶悪な敵意を触れたんだ。

 どうしようもないほど大きな敵意に。


 嫌悪でもなく嘲笑でもなく。

 ただ相手のモノを奪うためだけに暴力を振るわんとする野性。

 それに触れてしまった。


 だから怖かった、逃げようと思ったんだ。

 恥も何もかも捨てて、ボロ雑巾のようにされた友達すら見捨てて無様に。


 もちろん、逃げることができれば僕は無事に帰ることができただろう。


 またこの状況で逃げたとしても責められることはないはずだ。

 

 しょうがないときっと周囲は許してくれる。


 だっていままでの人生そんなやつばかりだったから。


 それで僕は回れ右して足を踏み出したんだ。

 逃げる動作を。

 モーションをした。

 ワンモーションでその体勢になった。


 あとは逆の足を前に出すだけだった。


 全力で駆け出そうとしたんだ。

 江口に追いかけられても追いつけないように。


 でもふと何かが聞こえた気がしたんだ。


 なんの音なんだろうか。

 風の音?

 チャイムの音?

 それとも鳥の鳴き声?


 何とも表現できない音が耳を通り過ぎていく。


 その中でやがてその音は形と成して声なんだと分かった。

 そしてその意味を理解した。


 ◇


 『逃げていいのか?』


 頭の中で優しく囁く声が聞こえた。

 その声が誰の声がすぐに理解した。


 たぶん声の主は『K1』だ。なぜだかそう直感した。


 自分とは似ても似つかない僕の声。


 『K1』は僕が創り出した正義のヒーロー。

 弱い者の味方だ。


 そんな彼からの問いかけだったんだ。

 彼からの、全てを捨てて戦えというメッセージ。


 でも『圭一』は戸惑った。

 同級生を助けることにメリットはない。


 むしろ逃げるべきだ。

 頭を突っ込むべきではない。


 反撃されたらどうする?


 恨まれたらどうする?


 これからカモにされたらどうする?


 最悪な未来しか頭の中にいくつもよぎっては消えて不安を膨らませる。


 だけども、もっと怖いことがある。


 僕の中から正義の心が消えること。

 それは『K1』がいなくなること。


 存在を否定することは自分の死を意味している。


 だからやらないと。自分を守るために!

 そう思うと、身体は動いた。


 江田が間合いに入った瞬間。

 キックのモーションに入る。


 反動を付けずにワンモーションで。

 彼の左顎目掛けて思い切り。

 そこに至るまで僅か数秒。


 僕の脚は完全に顎を蹴り砕いた。

 粉々のぐちゃぐちゃにした。


 二度と自分の口でモノを噛むことができないようにした。

 

 これが正解だとは思わない。

 後悔もしている。


 まず大事になってしまった。

 同級生を病院送りにしたのだから。


 当然学校側も対応に追われた。


 いままで江田が放置されていたのが不思議なほど僕の行動は問題視されたのだ。


 格闘技を習っていたことが大きな要因となった。

 

 技術とは凶器なのだと断言された。

 物を持っていないとはいえ丸腰の一般人と扱われなかった。


 そしてそれを重く見た遠藤ジムは僕を破門にした。

 入門生から問題児を置くのは経営にとってマイナスでしかないのだからと遠藤に説明された。


 実家にまで足を運んだ遠藤淡々と今回の成り行きと対応を説明して席を立った。


 僕は謝ろうとした。

 このような結果になってしまったことを。


 家に訪問した時から様子がいつもと違い感情が読めずその時まで謝罪の言葉を伝えることが出来ていなかった。


 思い切り頭を下げた。

 これ以上ないというくらいに。


「もういい、顔を上げろ」


 しばらく声を発しなかった遠藤の声が頭の上から聞こえる。


 いまどのような顔をしているのだろう。

 そう思いながら恐る恐る顔を上げたところで思い切り顔面を殴られた。

 鼻が折れるほど強烈な突きを。


 殴られた勢いでバランスが崩れる。

 一歩、二歩と倒れまいと後ろによろいてふと身体が軽くなる。


 倒れた。

 そう思った時、体の落下が止まった。

 何かが体を支えたのだ。


 目の前の光景に焦点を合わせると遠藤の顔が一面に映った。

 彼が背中から倒れる僕を受け止めたのだ。


「お前は最悪なことをしでかした。でもこれだけは伝えたく。よく見捨てなかったな」


 遠藤は批判と賛辞の言葉を同時に口にした。

 どのような感情を込めていたのか、表情からは読み取れなかった。


 だが、この言葉は心に響いた。


 一生忘れることはないだろう。

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