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次の月の週末に早速見学を受けさせてくれた。頼まれた次の日には予約の電話を入れてたらしい。
うちの親は行動力だけはあったからね。おかげで熱が冷めることなくキックボクシングの世界に足を踏み入れるが来たのだから親にはほんとに頭が上がらないよ。
これがおそらく僕の人生における。おそらく一番最初のターニングポイントだったと思う。
そのジムは最寄りのN駅から二駅下ったT駅。徒歩6分で商店街のど真ん中。『遠藤ジム』はそこにあった。二階建ての建物で2階が居住用、一階が丸々ジムと行った感じ。
少し汚れた外壁に『遠藤塾』の看板が掲げられている。白い背景に墨で書かれた様な達筆で力強い文字列。一見さんになるかもしれなかった僕には刺激が強かった。
隣のバターの芳醇な香りがする隣のパン屋さんと比べる。オーラが違う。フワァって聞こえてきそうな佇まいと比べてこっちはドン!!っ感じ。伝わったかな?
ガラス張りの入り口から小さな部屋に大きなリングがギュウっと詰め込まれている。テレビで見たのより大きいんじゃないか?って思ったよ。そう思っていたら母親は置いてズカズカと入っていく。気まずくなりそうだから僕も慌てて追いかけた。
扉を開くとバターの匂いが汗の匂いに変わった。他人の汗って不思議だね。臭うわけじゃないのに空気が変わるっていうか。そりゃ匂いがあるわけだから当たり前だけど。
それと合わせて革の香りも吹き込んできたんだ。グローブやリングやミット。それらの匂いが汗に混じって鼻を通ってゆく。リングでスパークリングをしていた2人のうち一人がこちらに気付いて近寄ってきた。真っ赤なシャツで一番目立っている。
「ここのジムのコーチをやらせてもらってる遠藤です!わざわざ連絡までしていただいてありがとうございます!」
遠藤悟。185cm95kgの筋肉質で浅黒い肌を汗で濡らしながら自己紹介をした。横を3mmで剃り込んだツーブロックは汗に負けず立っている。(3mmは彼のこだわりで月に一度必ず床屋に行くらしいよ)
第一印象はずばり怖い!だったね。もう帰りたい気分だったよ。