20 声に出せない
一緒に来て欲しい、そう口にしようとするも喉に力が入らず通り風のような音になった声。
不安になりそうな頭が主をわざわざ辛い道に行くことを拒んでいるようでいつも通りの発声ができずに圭一は焦った。
なんとかして声に出そうと息を吐き出すも「あ……」と情けない音だけが出てしまう。
両頬に温度を感じながら咄嗟に咳払いをして誤魔化そうと試みるとそれが功を成したのか瑠璃子は気が付いていないようであった。
突然の圭一の行動に頭の上にはてなマークを掲げ、フクロウが飼い主を心配するような仕草で首を傾けてはいるものの顔は先ほどまでと同じ微笑み顔のまま。
無邪気そのものの表情は圭一が葛藤していることなど1ミリも察していないはいない。
彼女にとって数秒であるこの時間が何倍にも遅く流れているように感じる。
肌に触れる空気がやけに重くまとわりついてくる。
冷ややかで湿っぽい圧迫感はまるで冷え切った薄暗い中で冷え始めた生温い水が張っている浴槽に使っているような気持ちの悪い感覚。
身体はだんだん沈んでいって体温を奪っていったかのように体の末端から冷えたいき指先が微かに震え始める。
広大な海のど真ん中で沈めて隔離されたような錯覚は疎外感を膨らませていき徐々に圭一を襲い始めた。
溺れないように足掻いた。
水を掻き、少しでも上へと這いあがろうと手足をバタつかせる。
へばり付くような圧迫感とは裏腹に空を切る手のひらに手応えのない感触を与える。
足は蹴れども蹴れども少しも前へと進まない。
それでも諦めずに手足を動かし続けた。
100回足掻いても進まないなら1000回、1000回踏ん張っても駄目なら10000回、それでも駄目なら違う方法を試してみる。
何通り何千通り試してみても諦めるつもりはいまの圭一には全くといってなかった。
正直にいって怖かった。
心の拠り所だった遠藤ジムから突き放された時は全てを否定された気持ちにもなった。
同時に同じような気持ちを味わいたくなかった心はいつしかそれを避けるようになった。
突き放されるのが怖いならそもそも他人との関係を断てばいいのだ。
同じような気持ちになりたくないならその場所に近付かなければいいのだ。
対処するのは簡単で何もしなければ全てが解決する。
だが心の奥底で何かが訴えてくるのだ、乗り越えるべきだと。
この頃の出来事が原因なのはなんとなくだが実感はしている。
それは出会いだ、本音で話し合える仲間を見つけることができた。
相葉は言葉数は少ないが頼りになる兄貴だ。
江田との騒動も相葉の協力がなければ未だに長引いていたことだろう。
僕のいないところでも手を回してくれていた。
まだ誤解をしている生徒は多い、そうした人達にはそれまでの詳しい経緯を話して誤解を解いて回わる。
そして悪い噂を流すものには得意の方法で釘を刺したりしているらしい。
相葉が頻繁に校舎の裏に人を連れているという噂は誤りではなくこうしたところから流れていた。
時間があるときは休み時間や放課後でも圭一の側にもいてくれる。
顔の広い相葉が常に近くにいることで絡んでくる輩は大分減ってきた。
昼休憩は屋上で購買で買ったパンと紙パックのジュースを持って一緒に食べるのが日常になっている。
お互い話すタイプではないけれどボクシングという共通点があるからか話題は尽きず技やトレーニングなどを相談しあう。
キックボクシングをやっていたことを表立って友人に話していなかった圭一には学校でこうした話題で盛り上がることは新鮮なことだった。
別のジムとの交流もあったわけではないのでそもそも身内以外でこうした話をすること自体が初めての経験。
同じスポーツといえど違った視線や矜持を持てば考え方は全く違う。ジャブの一つだってお互いの優先度が違うことを知り、否定するのではなくそういう視点もあるのかと納得して今度取り入れてみよあと検討したりする。
相葉もそれは同じようで考えがぶつかりあったときはなぜそう考えるのか、そういう動きや仕草をするのかを徹底的に議論をする。
それぞれのこだわりや気を付けていることの違いでも変わってくるもの。
こうだからこうなったという結論に最終的に辿り着いてやっと話が終わる。
好きなことを本気で話し合える相手というのはとても楽しいものであると圭一は初めて知った。
趣味のことは話すべきではないと無意識に蓋をしていたことを後悔した。
こんなに楽しいことだとは夢にも思ってはいなかったのだ。
「頼む、付いてきてくれ」
圭一の顔は憑き物が取れたかのように清々しい表情をしていた。
拙い文章ですが読んでいただきありがとうございました。感想などあれば気軽に教えていただけると幸いです!!




