19 瑠璃子はやっぱり犬なのでは
「火野くんはジムに顔を出したほうがいいんじゃないかな、だって全然悪くないじゃん」
瑠璃子は自分の考えを正直に話すことにした。
合理的かどうかではなく瑠璃子自身が客観的にみたそのままの意見を述べてゆく。
「人を殴ることは悪いことだよ、それは認めないといけないよ。」
暴力に訴えることをしっかりと否定する。
ダメなことはダメと言わないと肯定していることと同義だ。
慎重に言葉を選びながら紡いでいく。
「でも正しいと思ったからやったんでしょ?怒っていて腹いせにやったとかじゃないんでしょ。だったら言い返してやればいいじゃん、僕は正しかったんだって」
これは本来言っていい言葉ではないことは理解していた。
こんな自分勝手な綺麗事をみんながみんな考えていては秩序が保たれない。
秩序というのはルールを守るからこそ保たれる。
法律があるのは人を罰するため。
約束事があるのは人を傷つけないため。
文化があるのは人を繋げるため。
小さな一つ一つの我慢が平和を型作っている。
それを理解した上で瑠璃子は感情論を優先すべきだと結論付けた。
「それでも行きなくないっていうなら」
瑠璃子は両手を机に突いて身を乗り出した。
突然のことに圭一は驚きながら後ろへと避けようとするも明日に遮られてしまい張り付いたような格好になってしまう。
「私も連れていって欲しい!相葉さんとジムに行くときに私も行きたい」
未だに心拍数が下がらない。
足りない酸素を取り入れるために深呼吸をしながら迫ってきた瑠璃子の顔をみる。
頭が動転していて目を離すことも忘れてしまい、そのまままじまじと見続けてしまう。
当の彼女はそんなことなぞ気にも留めず圭一からの返答を今か今かと待ち侘びている。
ふと祖父母の実家で飼われているしば犬の源五郎のことを思い出した。
母親方の両親でいまも地元である宮城県に住んでいる。
家は山の中腹にあるので2年に一度の帰省の祭は片道30分の山道を登る。
そこは二十世帯ほどのそこそこ規模の大きい集落が成り立っている。
バスが近くを走っていて交通の便が悪くないからか若い世代も多く全体的に活気があるところだ。
近所付き合いも盛んで畑で取れた野菜や山で収穫した山菜などを互いに分け合ったりしたりもしている。
祖父母自身も畑を持っておりよく人参や玉葱などを母へよく送ってきてくれている。
他の世代でも有り余っているため収穫した野菜を交換しあっておりあまり困ってはいないらしい。
なので買い出しに行くのは肉類を買う時くらいで週に1〜2回の買い出しはバスで事足りている。
とはいえ急な病で病院に行く時やや農産物の売買を行うときにはさすがに車が必須となる。
また若い世代は大きな畑を持たずに山を降りた市街地で普通の会社員をやっているところも多くバスよりも車の方が楽になってくる。
そのためどの世代も1台は自家用車を所有しているおり毎日麓までへの道を往復している。
バスが往復しているので中央線のある片側二車線になっており道幅は大型車でもギリギリ通れる広さだ。
路面も舗装が行き届いているので走るには問題がないだろう。
問題があるとすればきついカーブが多いということだ。
山壁が沿って道があるため常に横には壁がありカーブを曲がる時にはその先が見通せないようになっている。
地元民であるならば危ないポイントは押さえてスピードは出せど安全な走行を心掛けている。
しかし里帰りにきて久々に運転する母のような人達や走りが目的のドライバーとライダーは違う。
無茶な運転をすることが多くスピードを出し過ぎている者がよく現れる。
そのため車体を制御できずに中央線をはみ出してしまい、また運の悪いタイミングでやってきた対向車と正面衝突するという事故が絶えない。
母は道が危険な場所だというのは頭では理解しているため不慣れで時折危なさそうな運転をしながらもゆっくり速度だけは出さないようにと心掛けていた。
後ろに乗っている身としては安心して乗ることができるのだがいかんせん30分の道のりをそれ以上に時間を掛けて通るためその間は退屈だった思い出しかない。
ここで最初の話まで戻そう。
そうした経緯を経てたどり着いた先に出迎えてくれるのがしば犬の源五郎さんなのである。
豊かな自然と優しい人々に囲まれて育ったおかげかとても人懐っこい性格で車を降りるなら尻尾をグルングルンと千切れんばかりに振り回しながらこちらへとやってくる。
そしてやってくるなり飛びついて顔をよだれで滴るほど舐め回してくるのだ。
そんな元気な源五郎が好きなことはボール遊びで遠くへ投げるとすぐさまボール目掛けて掛けていき咥えてはこちらへと持ってくる。
いまの瑠璃子を見て源五郎を連想したのはまさにここである。
ボールを投げ返すまでの間、源五郎はお座りをしつつまだかまだかとこちらを見つめてくる。
大人しくみえるもフサフサな尻尾の振り幅がその心情を表しており隠すことができていないのだ。
やっぱり一条はしば犬と一緒だ。
圭一は内心でそう呟いて彼女へのボールを投げ返す決心をした。




