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絶対に被害者面で私を冷遇したい婚約者とその本命 VS 絶対に被害者面で制す私 ファイッ  作者: 星 羽芽


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「おーほほほ! 完・全勝利よーッ!」


 私は手にした紙束を勢いよく天へ放り投げた。

 ひらひらと舞い散るそれは、先日王家より我が家へ届けられた正式な通達の写しである。

 記されているのは、ジュリアンとの婚約の白紙化、そして公爵家から子爵家への賠償について。


 私とジュリアンの婚約は破棄ではなく、白い結婚の件なども踏まえて「そもそも婚約の体を成していない」と白紙撤回とされた。


 契約には公爵家側の賠償について記載がなかったわけだが、当然王国法には条文がある。それに沿った賠償が成されることになったのだが、それは父が固辞した。

 「慰謝料もいらないから、今後我が家に報復したり関わったりしなければそれで」と言って、公爵家からの支援金も返そうとしていた。いざという時のために手をつけずに取って置いてくれていたらしい。

 しかし王家の取りなしで、すでに支払われた支援金をそのまま納め、慰謝料がわりとすることに。

 穏便な決着に見せかけつつ、公爵家に責を負わせる形だ。


 マリーベルは、伯爵に認知はされているものの、籍としては平民。にも関わらず子爵令嬢に危害を加え、ついでに伯爵子息であるリュカに窃盗の疑惑を吹っ掛けたことから、学園を退学処分となった。

 流石にこの状況で公爵家に身を寄せたままでいるのは噂の燃料になる、と実父の元へ帰ろうとしたのだが、正妻が断固拒否。戻ってきたら修道院にぶち込む、と宣言された。

 伯爵の私財で面倒を見られている実母は、多少裕福な平民とそう変わらない暮らしをしているらしい。そちらで暮らせばよかったのだが、幼い頃から公爵家で甘やかされていたマリーベルはそれを厭った。結局そのまま公爵邸に。


 一方のジュリアンは次期公爵の立場を返上。彼の弟が跡を継ぐことに。

 現公爵もこの件に積極的に加担していたわけだが、不平等な契約を下位のものに押し付けた程度で、明確な罪はない。が、周囲の目は厳しくなったので、領地に引っ込んだようだ。


 ジュリアンとマリーベルの今後についてはどう考えているのか知らないが、彼らはきっとお互い以外に結婚する相手が見つからないだろう。

 したらしたで、この先の未来でこの件が「過去のこと」になる日は来ないだろうが。

 二人が共にある限り、今回のことはいつまでも人々の口の端に上ることになる。

 こちらも表向きは「真実の愛」と美しい虚飾を纏うかもしれないが、実態が知られていればしれたこと。


 そんな感じで完全勝利。

 そしてこの件がきっかけで、なんと王国法が変わった。

 爵位が三つ以上離れた家格での婚姻は禁止。二つ以上の場合は王宮に申請。婚約、婚姻に於ける契約に関して問題が生じた場合の相談窓口も出来たようだ。

 ジュリアンとの婚約を結んだ時には、まさかここまでの話になるとは想像もしていなかった。


 私は中空を舞って落ちた書類をせっせと拾い集める。こんなの外でばら撒いたと知られたら王家に怒られるから……。


「今日は公爵家の金で奢りよッ! 好きなだけ召し上がりなさーい!」

「ひゅ〜、セリーヌ嬢太っ腹〜」

「ありがとう公爵家、哀れなり公爵家」


 拾い上げた書類を掲げて声高に宣言すると、クラスメイトたちがどっと沸いた。


 ここは街のカフェの一軒。今日は慰謝料を使ってそこを貸切にして、クラスメイトの皆々様を招いて慰労会をしている。

 木製のテーブルには甘い菓子と香り高い茶、焼きたてのパイや軽食が並び、皆が思い思いにグラスを掲げていた。


 彼らには王家からの調査に「セリーヌ嬢ですか? 公爵家との婚約からは、様子がいつもと違って……。余程思うところがおありなのでしょう……」と嘘ではない証言をしてくれたり、「あいつのアレ演技っすよ」と密告(チク)らずにいてくれた。


 低位のものにとっては、高位からの理不尽は他人事ではない。明日は我が身。それに巻き込まれることは避けるが、助け合いはお互い様だ。

 その協力がなければ、ここまで綺麗に勝つことはできなかっただろう。


「みんな仲良いね……。低位クラスってこうなの?」

「うちのクラスが特殊なだけだと思うわ」


 今日はクラスメイトにまじって、お世話になったリュカも呼んでいる。


 学園のクラスは高位貴族と低位貴族に別れているとはいえ、爵位は二つではない以上、クラス内でも家格の上下が存在する。

 クラスの雰囲気は、そのクラスで最も上位の人間の雰囲気に左右されるところが大きい。


 低位クラスの構成は平民の特待生と被推薦者、男爵位と子爵位。

 私は子爵位であり、クラス内では高位に位置する。親しい友人も複数所属しており、歯に衣着せぬタイプが多い為か……、我がクラスは距離感が近い。よく言えば気さく、悪く言えば粗雑。


 対してマリーベルのクラスは、彼女は庶子でありながら公爵家の後ろ盾を得ていたことから、彼女を中心とした空気になっていたらしい。お姫様が退学になった今、その均衡が崩れ、ぎこちなくなっていると聞く。

 もう一つの低位クラスは良くも悪くも不干渉らしいし、第三王子殿下のクラスなんかはキッチリしていそうだ。


「リュカも遠慮なく頼んでちょうだいね」


 そう言えば、「いいの? ありがとう」と、彼はにこにこしながらメニューを眺めて、通りがかったウェイターにタルトを頼んだ。どうやら甘党らしい。

 ちらりと顔を盗み見て、私は口元を和らげる。こういう時に遠慮なく受け入れてくれるのが心地いい。下手にかしこまられるより、ずっとやりやすい。


「こちらこそ。リュカには色々お世話になったわ。あの日の証言もすごく助かったし」


 私が切り出すと、リュカは軽く肩を竦めた。


「ただ自分が見た事実をそのまま言っただけだよ」

「ふふ、あのタイミングでしてくれたのがよかったのよ。周りの空気、はっきり変わったわ」


 そう、あの瞬間。私が意図して作り上げた「被害者」としての姿が、決定的に周囲へ届いたのは、彼の証言があったからだ。リュカがあの話を持ち出したからこそ、後に続く者が出てきた。

 半信半疑だった生徒たちの天秤が、一気に傾いていったのを実感した瞬間だった。


「セリーヌも、よく頑張ったね」


 穏やかに言われて、私はきょとんとした。

 この件はずっと計算尽くで立ち回ってきた。感情的に叫ぶこともなく、弱さを演じることすら駆け引きの一部。

 けれど、その真っ直ぐな声音に胸が揺れる。


「……えぇ、ありがとう」


 頬を緩めて、素直に返す。胸の奥がふっと温かくなった。

 クラスメイトたちの笑い声、カフェの香ばしい匂いが遠くに感じられるほど、その一瞬だけが際立って鮮やかに胸に残った。


 ざわめくカフェの中、甘いタルトが運ばれてきて、リュカの顔が子供みたいに綻ぶ。私はその顔を眺めながら、静かにカップを口へ運んだ。


「ところで、レンディン伯爵家から婚約の申し出があったのだけど、どうして私に?」


 私が何気なく切り出すと、カフェの一角が一瞬でざわついた。


「ここで聞くことか!?」

「デリカシー!」

「これだからセリーヌ・フロルベルクは!」


 横合いから浴びせられるクラスメイトたちの容赦ない野次。

 しかし私は腕を組んで鼻を鳴らした。


「うるさい! 他人には聞かせられないような理由だった方が問題でしょう!」

「貴女が言うと説得力のあること言わないでちょうだい!」

「ただデリカシーがないだけのくせに!」


 わっと批判が押し寄せる。しかし私は取り合わず、すました顔で紅茶を一口含むと、肩を小さくすくめて見せた。


 そんな中で苦笑を浮かべるリュカ。困っているのに嫌そうには見えないのが彼らしい。むしろ周囲の反応を面白がるような目をしている。

 それを察したのか、面白がった友人たちがずいずいとリュカの隣ににじり寄っていった。


「それで、何故セリーヌをお選びに?」


 結局聞くんじゃないか。

 わざとらしく首を傾げ、揃って覗き込むその様子は、猫が獲物を追い詰める姿に似ていた。好奇心といたずら心の入り混じった視線にさらされて、リュカは一瞬たじろぐ。

 手元のフォークを弄びながら、言葉を探すように目を泳がせた。


「ええと……。頼りになるなぁと思って?」

「それはそう」

「それは確かにそう」

「気性だけなら公爵夫人としてもやっていけたよな」


 すかさず何人かが頷き、妙に納得した空気を作り出す。

 私としては何とも言えず複雑な心地だった。褒められているようで、しかし微妙に棘がある。


「それ褒めてるの? 貶してるの?」

「いや……うーん……」

「貶しては……」

「別に褒めても……」


 からかい半分、本気半分。結論の出ないまま口々に言い合う彼らのやりとりを聞きながら、私は心のどこかで肩の力が抜けていくのを感じていた。


 ──なるほど。こうして笑い話にしてしまえば、あれほど重苦しかった「婚約」という言葉の響きも、案外軽く聞こえるものらしい。


 婚約が白紙となり私の立場が宙に浮いてから、数件の新しい縁談が届いた。

 実質的にあちら側の有責での白紙撤回とはいえ、一度婚約を駄目にした令嬢の嫁ぎ先は後妻か平民か、と想定していた。

 しかし結果を見ると、王家の庇護を得た形で決着をつけたことで疵らしい疵にはならなかったらしい。


 父は淡々とそれらを並べて見せ「どれも悪くない話だ」と言いながら、結局のところ私の意向を尊重するつもりらしかった。

 けれどその中で最も家格が高く、条件も良く、将来を考えた時に最も安定しているのはレンディン伯爵家──つまりリュカとの婚約だった。


 彼からの申し出を、断る理由は思い当たらない。


「浮気したり外で子供でも作ったら、相手ごと社会的に殺すわ」


 軽口めかして言ってやるが、けれどクラスメイトたちの反応は冷ややかで、あちこちから「わらえない……」という囁きが走る。なにせ既に実績がある。

 だが当の本人は少し目を瞬かせたあと、すぐに柔らかな笑みを浮かべ、溜め息を混じらせるように答えた。


「作らないよ……。君だけを大事にする」


 リュカが困ったように笑いながら、しかしはっきりと答える。その瞳に一片の迷いもなかった。


「言ったわね! ここにいる全員が証人よ」


 わざとらしく声を張り上げて告げると、わっと周囲が沸き立つ。友人たちが一斉にリュカへ向かって切実な声を飛ばした。


「どうか巻き込んでくれるなよレンディン殿!」

「末長く仲良くしてくださいませレンディン様!」


 彼らの叫びは冗談交じりのようでありながら、本音が透けて見える。

 これまでの騒動に巻き込まれかけた彼らは、次こそは平穏を望んでいるのだろう。犠牲になりたくない、という切実な願望が笑い声の奥に潜んでいた。

 リュカは肩を竦めて苦笑した。


「分かったよ。僕が浮気も裏切りもしなければ、みんなも平穏に過ごせるんだろう?」

「恩には恩で返すわ。私を大事にしてくれるのなら、私は全力であなたに尽くす」


 私はわざと顎を上げて言い返す。

 それは挑発でも牽制でもなく、私自身の決意だった。


 一瞬、照れを隠すように視線を逸らしたリュカのその表情を、私は見逃さない。


 彼となら、共に笑い、時に背中を預け合い、互いの未来を支え合う。そんな絵が、ほんの少し先の現実として見える気がした。


 クラスメイトたちは再びひやかしの声を上げたが、今度の私は微笑んで受け止めることができた。


 きっと、この選択は正しい。

 リュカの視線と私の視線が絡んだ瞬間、胸の奥に温かな確信が芽生えていた。




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