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絶対に被害者面で私を冷遇したい婚約者とその本命 VS 絶対に被害者面で制す私 ファイッ  作者: 星 羽芽


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 校舎裏の庭、奥深くにひっそりと建つ石造りのガゼボには日差しを遮る蔦が絡みつき、人目を避けて昼食をとるには格好の場所となっている。


「けど、"被害者面"し続けてどうするの? このまま結婚することになっても、君の立場は変わらないだろ」

「そこは考えてるから大丈夫よ」


 軽く答えると、彼の眉間には迷いの皺が刻まれた。私の返答が、ただの虚勢や空元気ではないかと測っているのだろう。


 人気のない裏庭のガゼボで、私とリュカ──先日校舎の陰で偶然鉢合わせした伯爵子息──はランチボックスを囲んでいた。


 ジュリアンとマリーベルの二人は、今や私に触れることすら慎重になっていた。

 私に構うと例の噂が加速することに気が付き、しかし一度始めてしまった親密アピールの為の登下校の同伴や食事の同席といった交流をやめると、やはり周囲に疑われることから一切取り止めることも出来ない。

 何とか頻度は落とそうと、最近は週に何度か「用事があるから」とキャンセルして誤魔化している。


 そうした隙を縫うように現れるのが、リュカ・レンディンだった。


 あの日以来、彼は度々こうして私に声をかけてくる。最初はただの好奇心かと思ったが、どうやら違う様子。

 彼は私が芝居をしていることに気付いた。だが、それを言いふらすでも、距離を取るでもなく、なお関わりを続けている。……心配しているらしい。


 リュカの生家であるレンディン伯爵家は、古い歴史を持つ由緒ある家柄だ。

 だが、その評判は家柄よりも人柄で有名だった。そう──お人好しで温厚、争いを好まない。

 つまり彼の善良さは、家系に裏打ちされたものだ。


 とはいえ、貴族社会は人の良さだけでは渡っていけない。腹黒さや計算高さを隠し持たねば生き残れない世界だ。

 長い歴史を持つということは、レンディン伯爵家がただお人好しなだけではないことの証明ではあるものの、私は彼を少しばかり心配していた。変な女に騙されないでほしい、と他人事ながら本気で思う。


「考えてるって?」


 リュカが食い下がる。


「婚約の解消」

「できるの?」

「想定通り行けば」


 彼の瞳がわずかに揺れた。無理だろう、という常識的な思考と、私ならやりかねない、という直感がせめぎ合っている。


 普通に考えれば、子爵家の娘が公爵家の縁談を破棄できるはずがない。貴族社会は血筋と序列で固められている。

 だが、私はそこを揺さぶる策を練っていた。リュカは、その想定を読み解こうと頭を働かせているのだろう。


「あまりやり過ぎると、君の評判も下がるだろ。気が弱くてやられっぱなしでは、侮られる」


 それはもっともな指摘だった。だが私は肩をすくめて答える。


「それは高位の考え方ね」


 いつでも毅然と背筋を伸ばし。些細な嫌がらせは受け流し。歯向かうものは叩き潰す。そういった誇り高き貴族の姿、というのは、高位貴族に求められる姿勢だ。


「低位貴族は貴族であるものの、高位貴族からは虐げられたり、利用されて捨てられることも、良いことではないけれど、珍しいことでもない」


 リュカの表情に陰が差す。歴史ある伯爵家で育ったからこそ、上位からの理不尽も見てきたのだろう。


 それが現実だ。

 だからこそ、ジュリアンももしかして、と疑われている。


 ジュリアンたちは周囲の近しい者たちには「セリーヌは少しばかり被害妄想が激しい」とかなんとか言って誤魔化しているようだが、私の尋常でない様子を見ている人たちにはあまり通用していないようだ。


 マリーベルは「私は仲良くしたいだけなのに、嫌われてるみたいで……」「何か誤解があるみたい」とあちらはあちらで被害者面をしている。


 以前食堂でやったことの仕返しのつもりか、マリーベルが私に突き飛ばされたような振りをしてきたこともあった。が、私はすぐさま頭を下げて必死に謝罪。ついでにひとつまみ、「どうか家族には……──」と濁しながら。

 こうなると、猫を被っているマリーベルは寛容に赦しを与える役をしなければならない。その件はちょっとした事故として当事者間で処理され……しかし、謝罪の間に"家族"という単語を聞いた周囲は、一体どのような想像をしただろうか。


 やはり、公爵家とマリーベルの件については、美談の仮面を被ってはいてもやはり醜聞は醜聞。原因はどちらか、という周囲の視線は厳しい。


 これが"私とマリーベル"の争いであれば、周囲の疑いは五分に分かれていただろう。

 しかし、私はマリーベルだけでなくジュリアンに対しても怯えた様子を見せている。


 私とマリーベル、ではない。私と、ジュリアンとマリーベルの構図なのだ。

 ジュリアンを取り合う女たち、ではない。子爵家と公爵家の問題。


 であれば、立場が弱い方は明らかだ。


 ジュリアンは公爵、私は子爵。家格が離れすぎているし、家同士で関連する事業が行われているわけでもない。ようは政略結婚ではないのだ。

 そんな二人が結ばれたとなれば恋愛結婚であるはずで……それにしては様子がおかしい。

 子爵家から婚約が持ちかけられたわけはなく、では公爵家から申し込んだはずで。もしや爵位の差に付け込んで、無理やり……? とまで辿られている。


「けど……君が“そういう立場”に甘んじる人間だと思われれば、今後もそのように扱われる危険もあるだろ」


 リュカの声は真剣で、瞳はまっすぐ私を見据えていた。彼は本気で案じているのだ。

 立場の弱いものは食いものにされる。身も心も弱ければ、ジュリアンのように、私という人間を好きなように扱えると勘違いする輩も近寄ってくるだろう。


 リュカは心配し、未来を憂い、私が傷つくことを恐れている。

 だが、私は笑った。


「人生は長いもの。いくらでも払拭する機会はあるわ。友人やクラスメイトは私という人間を知っているし」


 私の友人たちは、今はこのややこしい事態に巻き込まれぬよう距離をとっている。

 それは低位の生存戦略であり、お互い様だ。私だって逆の立場ならそうするだろう。相手は公爵家なのだから余計にだ。離れていったからといって恨みはない。


「それに……婚約を解消したとして、社交界に戻るとも限らないし」


 淡々と告げると、リュカの眉がわずかに動いた。驚きか、心配か。


「……解消できたとして、そのあとは……」

「どこかの後妻か、商会にでも嫁ぐわ。アレよりはマシでしょうし……アレより悪ければ、婚家を乗っ取るなり何なりするわ」


 公爵家に対しては、あまりに家格が違いすぎて戦えない。しかし近い家格や平民相手であれば、どうとでも転がせる。


 私が言い放つと、リュカは思わず息を詰め、次いで小さく笑った。苦笑とも呆れともつかない笑み。


「……君なら本当にやってのけそうだけど」


 からかうでもなく、本気でそう思っている声音だった。


 私はパンをちぎりながら、彼を横目に見る。

 ──お人好しで、誠実で、そして少し危うい伯爵子息。


 正直、彼がここまで真剣に心配してくれる理由はまだ掴みきれていない。だが、彼のまっすぐな視線は、妙に胸に刺さる。


 蔦の葉が揺れ、木漏れ日が差し込む。昼休みの残り時間は、まだ少しある。けれど私はふと、胸の奥で苦笑した。


 彼がこうして側にいることそのものが、私にとっては一番の計算外だった。




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