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第七話:怠惰の魔王と、一石二鳥のざまぁ

【領域展開:無限の図書館】で七つの大罪の情報を手に入れた俺は、まず手始めに「怠惰」の魔王、ベルフェゴールを狙うことにした。各地で原因不明の体調不良や引きこもりが多発しているという報告が上がっていた。どうやら奴の仕業らしい。


「ふむ、ベルフェゴールは、宿主に取り憑き、その人間を極度の怠惰に陥らせる。そして、最終的にはその生命力を吸い尽くす……か。しかも、宿主は強大な魔力を持つ者が選ばれることが多い、と」


 俺は【無限の図書館】で得た知識を反芻しながら、執務室のソファに深く腰掛けていた。すると、横に座っていたセレスティーナが不安げに俺を見上げた。


「王子様……その『怠惰』の魔王というのは、どのような存在なのですか? 私たちでは、太刀打ちできないのでしょうか……?」


「心配しないでいいよ、セレスティーナ。俺は必ず成し遂げてみせる」


 俺は軽く笑ってみせた。実際、【神の恩寵:全知全能】と【覇王の眼】があれば、どんな相手でも弱点を見抜き、圧倒できる自信がある。


 それはそれとして、この間、彼女は自分のことを『セレスティーナ』と呼び捨てにすることと、敬語を使わないことを要求してきた。その様子を見たのか、エミリア、フローラも同じようにしてくれと言ってきた。三人との距離が着実に縮まっている気がして、素直にうれしい。


 はてさて、ベルフェゴールの討伐だが、とくに問題はなさそうだ。それに今回も「ざまぁ」の舞台が用意されているらしい。これを利用しない手はない。


「ベルフェゴールの宿主は、どうやら王都の有力貴族、ロザリア侯爵令嬢のようだ」


 俺の言葉に、隣で茶を淹れていたエミリアの手がピタリと止まった。


「ロザリア侯爵令嬢……彼女は、わたくしを追放したアルフレッドの、新しい婚約者候補の一人ですわ。最近、急に体調を崩して屋敷に引きこもっていると聞いてはいましたが……まさか」


 エミリアの瞳に、複雑な感情が宿る。新しい婚約者候補ということは、またしても「ざまぁ」の対象。おそらくこれが『大当たり』だ。これは面白い。一石二鳥のチャンスだ。


「よし、決まりだ。今からロザリア侯爵邸に行くぞ」


 俺は立ち上がると、三人に声をかけた。


「えっ、今からですか!?」


 セレスティーナが驚きの声を上げたが、フローラは冷静に頷いた。


「勇者様の決断は、常に最善を導きます。わたくしも同行いたします」


 エミリアは、複雑な表情のまま、しかし確かな決意を胸に、俺の後を追った。




*****




 ロザリア侯爵邸は、王都の豪華な貴族街の一角にあった。しかし、その屋敷からは、本来あるべき活気が失われ、どこか陰鬱な雰囲気が漂っている。門番の兵士たちも、まるで生気がないかのように、怠惰に立っているだけだった。


 俺は躊躇なく屋敷の中に入っていく。セレスティーナとフローラ、エミリアもそれに続いた。


「ここは……まるで時間が止まっているようですわ」


 セレスティーナが小声で呟いた。屋敷の中は、埃が積もり、使用人たちの姿もほとんど見当たらない。


【覇王の眼】が、屋敷の奥から漂う不穏な魔力を捉えた。どうやら、ロザリア侯爵令嬢は、一番奥の部屋にいるらしい。


 俺が部屋の扉を開けると、そこには驚くべき光景が広がっていた。


 豪華な寝台の上で、ロザリア侯爵令嬢がぐったりと横たわっている。その体からは、黒い靄のようなものが立ち上っており、まさに生命力を吸い取られている最中だった。そして、その部屋の隅には、まるで生気のない目で虚空を見つめるアルフレッドの姿もあった。


「これは……なんという有様ですの……!?」


 エミリアが顔をしかめた。彼女の瞳には、かつて自分を追放した男に対する複雑な感情と、魔王に苦しめられているロザリア令嬢への憐憫が入り混じっていた。


「『七つの大罪』のひとり、ベルフェゴール……出てこい。いるのはわかっているぞ」


 俺は静かにそう呟いた。すると、ロザリア侯爵令嬢の体から、ぬるりとした黒い影が這い出てきた。それは、醜悪で不気味な姿の魔王だった。


「おや、おや……邪魔が入りましたか。この器は、あと少しで最高の怠惰の極致に達するのに……」


 ベルフェゴールは、だるそうな声でそう言うと、俺たちにだらしない視線を向けた。


「この怠惰の魔王め! ロザリア様を解放しなさい!」


 セレスティーナが怒りの声を上げたが、ベルフェゴールは全く動じる様子を見せない。


「ほぅ……可愛らしいお姫様まで、わざわざこんなところまで。ほかのお二方も実にお美しい。あなた方の生命力も、相当な美味でしょうねぇ……」


 俺のことはガン無視された。やっぱり野郎の俺は数に入らないんだな。そりゃそうか。


 ベルフェゴールが黒い触手を伸ばしてきたが、俺は【神の恩寵:全知全能】で瞬時にその動きを予測し、避けた。それが気に入らないのか、何度も何度も触手を俺に突き刺そうとするが、俺はそのすべてを回避してみせる。


「残念だったな、ベルフェゴール。お前はもう、詰んでいる」


「ぐぐぐっ……!」


 ベルフェゴールが恨みがましい声を上げ、別の行動に出る。


 俺は【覇王の眼】で、ベルフェゴールの本体がロザリア侯爵令嬢の体から抜け出し、部屋の隅に隠れていた別の存在に乗り移ろうとしているのを見抜いた。それは、この屋敷の執事だった。どうやら、ベルフェゴールは宿主が危なくなると、別の器に移り替わる性質があるらしい。


「させるか」


 俺は、執事に乗り移ろうとしているベルフェゴールに向かって、指を一本立てた。そして、心の中で唱える。


「【絶対零度:凍結】」


 俺の指先から、極低温の魔力が放たれた。それがベルフェゴールに命中し、一瞬にして奴の体を凍りつかせた。本来実体のないものには効かない物理系の魔法も、俺のチートで底上げすれば影響を及ぼす。ベルフェゴールは、指先さえ動かすこともできない、あわれな氷漬けの姿になった。


「な、なんだと……!? この、この力を……どこで……!?」


 ベルフェゴールは、驚愕の声を上げたが、すぐにその声は氷の中に閉じ込められ、消滅した。新たなチート能力、【絶対零度:凍結】が、俺の脳裏に刻まれる。これで、相手の動きを封じるだけでなく、完全に消滅させることも可能になった。


 ベルフェゴールが消滅すると、ロザリア侯爵令嬢の顔色はみるみるうちに良くなり、呼吸も安定した。


 そして、だるそうにしていた門番や使用人たちも、少しずつ活力を取り戻していく。


 アルフレッドも、正気を取り戻したのか、茫然自失といった様子でロザリア令嬢の寝台に駆け寄った。


「ロザリア! 大丈夫なのか!?」


 エミリアは、その様子を静かに見つめていた。彼女の表情は、どこか晴れやかで、しかし複雑な感情が混じり合っていた。


「これで、ロザリア侯爵令嬢も、アルフレッドも、まともな判断ができるようになるだろう」


 俺はそう言って、エミリアに振り返った。


「エミリア、君の言う通り、彼女は新しい婚約者候補だったが、今、魔王から救われたことで、君に対する感情も変わるかもしれない。これで、ロザリア侯爵家との関係も修復できる可能性がある。一石二鳥、どころか一石三鳥くらいになったな」


 俺の言葉に、エミリアは小さく微笑んだ。


「……そう、かもしれませんわね」


 返事をしてくれるが、エミリアはまだ、どこか不安そうだ。


「どうしたエミリア、まだなにか問題があるのか?」


 エミリアはしばらく沈黙したのち、両手を胸元に抱いて、ポロポロと涙をこぼした。


「こわいのです。あのときの屈辱……あのときの恐怖が、またくりかえされるのでは、と。魔王から解き放たれた彼らが、どんな仕打ちをしてくるか……」


「大丈夫」


 俺はエミリアの瞳をみてはっきりと言った。


「エミリア、君が恐れるようなことは起こらないよ。そんなことは俺がさせない。もしあったとしても、俺が必ず守ってみせる。……信じてくれるなら、俺の手をとってくれるか?」


「……はい!」


 エミリアは俺の手を取ったかと思いきや、その勢いで俺の胸に飛び込んできて、「あなた様、あなた様……」と泣きだしてしまった。そんなエミリアの背中を、セレスティーナは優しくなで続けてくれる。


 聖女フローラは、俺の新たなチート能力の覚醒と、その圧倒的な力に、驚きを隠せない様子で俺を見つめていた。


「勇者様……貴方は、まさか……本当に、神の化身なのですか…?」


 俺は肩をすくめた。神の化身、ねぇ。まあ、チート能力のおかげで、そう見えてもおかしくはないか。


「さあな。だけど、この世界を救いたいって気持ちは本当だよ(平和じゃないとハーレムできないからな)」


 俺はそう言って、次の「大罪」の兆候が報告されている方角へと視線を向けた。


 ロザリア侯爵邸の騒動は、これで一旦は収まったが、魔王はまだ六人いる。気を引き締めて、ハーレムを目指そう。

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