第四話:聖女の降臨と、悪役令嬢の秘密
聖女と名乗る女性は、その場にいた誰もが息をのむほどに美しかった。
彼女の存在は、荒れ狂う戦場に、まるで宝石のかけらが降り注いだかのように、その場の空間を浄化していく。
しかし、神の造形物と形容してもなお表現できない美しすぎる存在が、俺なんかになんの用だろう?
「俺の力が必要だとおっしゃるのでしたら、お話を聞かせていただきたい、聖女様」
俺の言葉に、聖女は小さく微笑んだ。
「わたくしは、フローラと申します。召喚されし勇者様、貴方の存在はこの世界の希望です。魔神王ヴァルファスの侵攻は、この世界を滅ぼさんとしています。どうか、そのお力で世界をお救いください」
フローラの言葉は、どこまでも慈悲深く、この世界を守りたい、そして俺に大きな希望を抱いていることをはっきり現していた。その言葉に嘘偽りは全くないと確信できる、憂いと優しさが同居した声だった。
その時、セレスティーナがフローラに駆け寄った。
「フローラ様! まさか、こんな戦場までおいでになるとは……!わたくし、王女セレスティーナと申します。どうか、このお方……いえ、王子様や私どもと共に、世界の危機に立ち向かってください!」
セレスティーナも、俺だけに世界の命運を託さず、フローラの力を借りつつも、自分も共に戦う意志をはっきり示してくれた。
そして、話の最中でも、セレスティーナは俺の腕にぎゅっとしがみついていた。
彼女の優しい力はいささかもゆるむことがなかった。彼女のぬくもりが、セレスティーナが俺を信じてくれる証拠だと感じて、俺はとても嬉しかった。
「ええ、セレスティーナ王女。フローラ様。貴方のお気持ち、しかと受け止めました」
フローラは優雅に頷くと、再び俺に視線を向けた。
「勇者様。まずは、この場を離れ、王城にて詳しいお話を伺いましょう。魔神王の眷属は、まだ数多く存在します」
フローラはそう言いながら、俺の手を取ろうとする。その指先からは、ほんのりと温かい魔力が伝わってきた。これが聖女の力か。確かに、人を惹きつける力がある。
だが、俺はフローラの手をそっと避けた。
「申し訳ありませんが、さきにエミリア嬢の話を聞かせてもらいたい。彼女の追放には、何か裏があるようですので」
俺の言葉に、フローラは一瞬、眉をひそめた。そして、エミリアの方に視線を移す。エミリアは、フローラの視線に怯えるように、わずかに身を引いた。
「……エミリア・フォン・リリーベル嬢ですか。なるほど、貴女もこの場に……」
フローラの声には、わずかながら冷たい響きがあった。やはり、聖女と悪役令嬢は、相容れない存在なのか。
「あの、フローラ様……わたくしは……」
エミリアが言いよどむと、俺は彼女の肩に手を置いた。
「エミリア嬢、話してくれて構わない。俺が聞く」
俺に促され、エミリアは意を決したように話し始めた。
「わたくしは……学園長の息子、アルフレッド様との婚約を破棄され、追放されました。しかし、それは、わたくしが彼らの不正を知ってしまったからです……! 彼らは、王国の資金を横領しただけでなく、魔神王へ召し抱えてもらうため、貢物として、数多の女性魔術師を差し出していたのです!」
エミリアの告白に、セレスティーナは驚愕に目を見開いた。俺は、苦虫をかみつぶしたような表情をみせていたが、内心は違った。
(まあ、そんなところだろうな。だいたいのざまぁ悪役令嬢だと、婚約破棄とか不正とか横領とかだったけど、この世界で魔神王要素といけにえ要素が追加されたんだろう。全部盛り世界だから不思議でもないな)
「な、なんですって! 学園長が魔神王と通じていたというのですか!?」
無言なのもアレなので、それっぽく怒気を含んだ声を出しておく。
フローラもまた、驚きを隠せない様子だった。
「それは……にわかには信じがたいことです。学園長は、この国の重鎮。もしそれが真実ならば、王国の根幹を揺るがす事態です……!」
「全て、真実ですわ! わたくしは、その証拠も持っております!」
エミリアは震える手で、胸元から一枚の羊皮紙を取り出した。それは、学園長と魔神王の間に交わされたと思われる、恐ろしい契約書だった。
俺は羊皮紙を受け取り、内容を確認する。【神の恩寵:全知全能】が、その真贋を瞬時に見抜く。
間違いなく本物だ。これはとんでもない爆弾だな。ざまぁ対象とはいえ、一介の悪役令嬢が、まさかこんな重大な秘密を手に入れているとは。
「なるほど……これは、面白いですね」
俺はほくそ笑んだ。魔神王の侵攻、勇者召喚、そして悪役令嬢の持つ王国の闇。全てが複雑に絡み合っている。だが、その混沌こそが、俺の「全部盛り」のチート能力を最大限に活かせる舞台だ。
「フローラ様、セレスティーナ様。まずは、このエミリア嬢が持ってきた情報をもとに、王城で今後の対策を練りましょう。魔神王の脅威は確かですが、この王国の内側にも、深く根を張る問題があるようですからね」
俺の提案に、セレスティーナはすぐに同意した。フローラは、わずかに躊躇したものの、結局は頷いた。
「……わかりました。勇者様のおっしゃる通りに。王城へ向かいましょう」
全員で、俺を先頭に歩き始める。フローラとセレスティーナは、涙目のエミリアを優しく慰めている。みんな、いい娘ばかりだ。
俺は、一歩ずつ、この「全部盛り」の世界の深淵へと足を踏み入れていく。
そして、その一歩ごとに、俺を取り巻くハーレム要素も、ざまぁ要素も、チート要素も、全てが予測可能な方向へと加速させてみせるぞ!