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第二十九話:無の対極、そして希望の輝き

「貴様は、その『チート』の力に溺れすぎた。真の絶望を教えてやろう、勇者よ」


 深淵の底で嗤う、形容しがたい「それ」の言葉が、俺の脳内に響き渡る。俺のチート能力が通用しない敵。それは、この異世界に来て初めて味わう、根源的な恐怖だった。


五月蠅(うるさ)いぞ。おまえこそ、俺に滅ぼされるのが怖いから、ペラペラ軽口をたたいているんじゃないのか?」


 俺の挑発が気に食わなかったようで、奴の肉人形のような体の鼓動が一時的に増した。


「たかが人間ごときが……」


 俺は、一歩も退かずに「それ」を睨みつけた。


(今のままでは勝てない。考えろ……考えるんだ! あいつは自分のことを『無』だと言った。『無』が基盤……どういうことなんだ?)


 俺は、自分の持つチート能力の全てを脳内で再構築した。これまでの能力は、全て「何かを創造する」「何かを消滅させる」「何かに影響を与える」ものだった。つまり、相手になにか直接的な現象を与えるものだ。


 だが、もし、『無』を相手にするのなら、『無』の対極にあるもの…あるいは、『無』を理解し、操作するような能力が必要なのではないか?


 俺は、【無限の図書館】に意識を集中した。膨大な知識の海の中から、あらゆる概念、あらゆる可能性を探る。


(『無』を相手取るには、もはや『存在』を攻撃するだけでは駄目だ……。『無』そのものに作用する力……あるいは、『無』を超越した『概念』そのものに介入する力…!)


『存在』ではなく『概念』。言ってみれば、『あいうえお』という言葉は『存在』だが、『言葉』は『概念』だ。ゆえに、『概念』は決して消えることはない。


 その時、俺の脳裏に、ひとつの小さな灯が閃いた。


 それは、『始まりと終わり』という概念だ。


『無』は、始まりと終わりを超越している。だが、この世界は、始まりがあり、終わりがある。生命も、存在も、全てがその『理』の中に存在する。


 もし、『無』を『始まり』と『終わり』という『存在』の枠に引きずり出すことができれば?


 俺の思考が、深淵の闇の中で光を放つ。この「全部盛り」の世界は、俺に都合の良い展開をもたらすだけでなく、俺の思考力を極限まで引き出し、新たな境地へと導く。


 そして、俺の心の中で、新たなチート能力が覚醒した。


「【概念の掌握:始原】!」


 その能力が発動した瞬間、俺の体から、これまでとは異なる、根源的な力が溢れ出した。それは、単なる物理的な力や魔法の力ではなく、概念そのものを操作する力。


「それ」の嗤う声が、一瞬途切れた。


「どういうことだ……!? この力は…!? 私の『無』に……『概念』に干渉しているだと!?」


「それ」が、明らかに動揺している。俺の【概念の掌握:始原】は、『無』であるはずの「それ」に、『始まり』」を強制的に付与し始めたのだ。


「貴様は『無』だと言うけどな、それがもう間違っているのさ。そうだろう? この世界に現れた時点で、貴様は『存在』となり、『始まり』を得た。ならば、貴様にも『終わり』が存在するはずだ!」


 俺は、さらに【概念の掌握:始原】の力を集中させた。空間の歪みが、一時的に収束し、世界樹の根の枯れる速度も緩やかになった。


「ば、馬鹿な……! 我は『無』……始まりも終わりも持たぬ、『概念』の存在……!」


「それ」が、混乱したように叫ぶ。その肉の塊が、不気味に蠢き始めた。


(まだだ……これだけでは、奴を完全に打ち破ることはできない……!)


「概念の掌握」は、あくまで『概念』を『存在』として引き下ろす能力だ。この圧倒的な「無」の存在を、完全に消滅させるためには、さらなる力が必要だ。


 俺は、もう一度、自身のチート能力の全てを統合しようと試みた。七つの大罪に対応する力、そして「創世の輝石」で増幅された全ての能力。これら全てを、『無』という概念に対して特化した形へと昇華させる。


【神の恩寵:全知全能】が、その答えを導き出した。


「【根源の破壊:虚無】!」


 俺がそう念じると、俺の剣から、白くまばゆい光が放たれた。それは、あらゆる存在を『無』に帰す【存在の根源:分解】をさらに昇華させ、『そのものを打ち消す』力。つまり、『無』すらも存在しなくさせるという、究極の破壊の権能だ。


「それ」が、初めて恐怖に歪んだ。


「そ、そんな馬鹿な……! 私は『無』だぞ!? 『無』をさらに『無』にする力だと……!? ありえぬ……! こんな『世界の理』があってたまるか!?」


「ありえるさ。この『全部盛り』の世界ではな!」


 俺はそう叫び、「根源の破壊:虚無」を纏った剣を、「それ」に向かって振り下ろした。


 白く輝く剣が、「それ」の肉の塊を貫く。その瞬間、「それ」の存在が、まるで最初からなかったかのように、虚空へと消え去っていく。


「ぐぅあぁぁぁあああああ! ……そうか、お前が『理を、ゆがめる、者』……」


「それ」の断末魔の叫びが、深淵の底に響き渡り、やがて完全に消滅した。


「それ」が消滅すると、大地を裂いていた歪みが収束し始め、黒い瘴気もみるみるうちに薄れていく。世界樹の根にも、再び生命の輝きが戻り始めた。


 俺は、その場に膝をついた。全身から力が抜け、へとへとだ。しかし、この勝利の確かな手応えが、俺の心を温かく満たしていた。


「まさか……『無』を相手に……ここまでやれるとはな……」


 俺は、枯れかかっていた世界樹の根が、ゆっくりとその生命を取り戻していくのを見て、静かに微笑んだ。


 この「全部盛り」の世界は、俺に絶望を与えるが、同時に、それを乗り越えるための無限の可能性を与えてくれる。


 俺は、地上で待つ彼女たちの元へと戻るため、ゆっくりと立ち上がった。





 しかし、あいつは不気味な言葉を残していった。


 俺のことを『理をゆがめる者』と。


 いったい、どういう意味なんだ……?


(つづく)

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