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第7話

「ハル様!  あれがクラフト市です!」


 村よりずっと大きく、石畳の道が整備され、多くの人々で賑わう街が目の前に広がっていた。

 城壁に囲まれた街の入り口には、重装の衛兵が数人立ち、入場者たちをチェックしている。

 辺りは活気に満ち、市場からは商人たちの威勢のいい掛け声が聞こえてくる。


 様々な種族らしき人々も見かける。

 人間だけでなく、猫のような耳を持つ獣人や、木の皮のような肌をした精霊族、そして背の低い鍛冶師風のドワーフたちも行き交っていた。

 建物は石造りが主流で、あちこちに魔法の灯りが灯り、道路の上には小さな光の球が浮かび、道しるべとなっている。


 目的のギルドは、街の中央広場に面した、ひときわ立派な石造りの建物だった。

 思ったより全然ちゃんとしてる。

 青い旗の下に、地図と羅針盤を模した金色の紋章が掲げられていた。


「ハル様……この建物、まるで神殿のようですめ!」


 リルナが感嘆の声を上げる。

 俺は少し緊張しつつ、ギルドの重厚な木の扉を開けて中に入る。

 扉を押す手に、かすかな抵抗を感じるが、それは単に重いだけでなく、何らかの魔法の防御が施されているかのようだ。

 

 中は広々としていて、天井が高く、明るい光が天窓から差し込んでいた。

 壁には世界各地の地図が飾られ、ところどころに輝く魔法の装置のようなものがある。


 カウンターがいくつか並び、奥には依頼書が貼られた掲示板が見える。

 多くの冒険者らしき人々が談笑したり、依頼を受けたりしている。

 まさにファンタジー世界のギルドって感じだ。


 俺がカウンターの一つに近づくと、受付嬢の女性が顔を上げた。

 彼女は美しい銀色の髪をきっちりとまとめ、紺色の制服を着ている。

 その指には魔法が込められたペンがあり、空中に文字を書いては消すという不思議な作業をしていた。


 そして、俺の姿(特に何もしていないのに、なぜか滲み出る謎オーラ?)を認めた瞬間、「ひっ……!」と短く息を呑み、持っていたペンをカラン、と床に取り落とした。


「な、なんという威圧感……!  まるで、伝説の竜が目の前にいるかのよう……!」


 彼女が呟く声は、畏怖と驚きに震えている。

 顔が青ざめ、目が見開かれている。


 いや、だから普通の一般人だって!

 威圧感とかゼロだから!

 

 俺は内心で叫びつつ、できるだけ穏やかな声で話しかける。


「あのー、すみません。冒険者の登録をお願いしたいんですけど」

「は、はいっ!  も、もちろんでございます!  どうぞこちらへ!」


 受付嬢は慌ててペンを拾い上げ、顔を引きつらせながらも、俺を奥の特別なカウンターへと案内した。

 なんで特別なんだよ……。


 通常の登録カウンターを通り過ぎ、他の依頼者たちが羨望のまなざしで見送る中、俺たちは一番奥の、金の装飾が施された特別受付へと進んだ。


 受付嬢に促されるまま、俺は職業やランクを測定するための魔石が設置された台の前に立つ。

 水晶玉のような、綺麗な魔石だ。

 直径30センチほどの透明な球体で、中心には金色の霧のようなものが渦巻いている。

 近づくと、かすかに脈動するような魔力を感じる。


「そ、それでは、こちらの魔石に軽く手を触れていただけますでしょうか……」


 言われるがまま、俺は魔石にそっと右手を触れた。

 冷たい感触と、何かが体内を流れていくような奇妙な感覚がある。


 その途端。


 魔石が内部からピカッ! ピカッ! と激しく明滅し始め、パチパチと火花を散らす。

 中の金色の霧が猛烈な勢いで渦を巻き、様々な色に変化しながらめまぐるしく形を変えていく。

 まるで混乱しているかのようだ。


 そして、次の瞬間――。


 バキィィィィン!!!


 甲高い、派手な破壊音と共に、魔石は粉々に砕け散った!

 

 破片が部屋中に飛び散り、光の粒子が煙のように漂う。

 突然の衝撃に、近くにいた人々は身をかがめ、驚きの声を上げる。


「「「ええええええ!?」」」


 俺自身も、受付嬢も、そして周囲で見ていた他の冒険者やギルド職員たちも、全員が驚愕の声を上げる。

 ギルド内は一瞬にして騒然となった。


「う、嘘だろ!?  ギルドが誇る最高級測定魔石が……!」

「一瞬で粉々になったぞ!?」

「い、一体何者なんだ、あの兄ちゃんは……!?」


 騒ぎを聞きつけ、ギルドの奥から恰幅の良い、厳つい顔つきの中年男性が現れた。

 胸元のバッジからして、このギルドのマスターだろう。

 威厳のある体格に、戦いの経験を物語る傷跡が顔に走っている。


「何事だ! 騒々しいぞ! ……むっ!?」


 ギルドマスターは、床に散らばる魔石の破片と、その前に立つ俺(完全に困惑顔)を見て、カッと目を見開いた。

 彼は、俺の存在に何か尋常ならざるものを感じ取った(というか、勘違いした)らしい。

 大きな足取りで近づき、俺をじっと見つめる。


「 こ、これはまさか……! 古代文献にのみ記された、伝説の適性……『無動干渉むどうかんしょう』の適性者だというのか!?  触れずして対象の法則に干渉し、影響を与えると言われる、幻の……!」


 ギルドマスターは、新たな、そしてさらに壮大な勘違い解釈を高らかに披露した。

 彼の目は輝き、声には興奮と畏怖が混ざっている。

 無動干渉?

 なにそれ、聞いたことないぞ。


 周囲の職員が息を呑む。

 ギルドマスターは俺の前に進み出ると、深々と頭を下げ、最敬礼の姿勢を取った。

 その巨大な身体が折れ曲がる様は、周囲の人々に強い印象を与えたようだ。


「 大変失礼いたしました!  まさか、生ける伝説にお会いできようとは!  貴方様のような偉大なる御方を、一般のランクなどという矮小な枠にはめることなど、到底できません!」


 そう高らかに宣言すると、ギルドマスターは独断で俺の登録内容を決定した。


「貴殿には、我がギルドが作られて以来、初の特別顧問に任命いたします!  『ランク:測定不能(規格外)、役職:ギルド最高顧問(名誉職)』として、あらゆる特権を与えましょう!」


 なぜか俺は、「ランク:測定不能(規格外)、役職:ギルド最高顧問(名誉職?)」という、前代未聞のトンデモない扱いでギルドに登録されることになってしまった。


「いや、あの、俺は普通の冒険者として、普通の依頼を受けたいんですが……簡単な道案内とか……」


 俺は必死に訴えるが、ギルドマスターは「滅相もございません!  貴方様がなさるべきは、世界の行く末を『観測』し、我々を導くこと!  その御身分で雑務など、とんでもない!」と、これまた全く聞く耳を持たない。

 彼は胸を張り、誇らしげに周囲に宣言した。


「この方こそ我らが最古の伝説、消えた力『無動干渉』の継承者!  即刻、特別待遇を用意せよ!」


 もう、どうにでもなーれ……。


 登録(?)が終わり、俺がどっと疲れてカウンターに突っ伏していると、ギルドマスターが恐縮しきった様子で、一枚の豪華な羊皮紙の依頼書を差し出してきた。

 部屋の熱気に少し汗ばんだ額を拭いながら、俺はため息をつく。


「は、ハル様……。実は、貴方様のような『無動干渉』の御方にしか頼めぬ、緊急の依頼が舞い込んでおりまして……」


 また面倒事か……。

 

「どんな依頼です?」

「は、はい……。近隣の火山地帯に出現した、レッドドラゴンの討伐依頼なのですが……」

「ドラゴン!?  無理ですって!  絶対無理!」


 俺は即座に拒否する。

 ドラゴンなんて、ゲームでしか見たことない!

 勝てるわけないだろ!


 しかし、ギルドマスターは慌てて続ける。

 

「いえいえ! 討伐と申しましても、実際に戦っていただく必要はございません!  依頼主である賢者様が仰るには、『かの御方(ハル様のこと)が、ただ現地に"居るだけ"で、かの凶暴なる竜も、自ずと鎮まるはずである』と……」


 彼の言葉には不安と期待が混ざり合い、俺の反応を恐る恐る見守っている。


「いるだけでいいって、どういう意味だよ!?  そんなわけないだろ!  絶対罠だって!」


 俺は全力で拒否する。

 そんな都合のいい話があるか!


 頭上から、緑色の閃光が降り注ぎ、ピノが天窓から飛び込んできた。


「危険すぎる!  絶対に行くな、ハル!」

 

 物陰からピノも飛び出してきて、俺を止めようとする。

 彼は必死の表情で、受信機のような装置を手に持ち、「計測値がこれほど異常なのに、実験的な状況に放り込むなど言語道断!」と叫んでいる。

 ナイスだ、ピノ!


 しかし、その時。

 隣にいたリルナが、キラキラと輝く期待に満ちた瞳で、俺の手をぎゅっと握ってきた。


「ハル様なら、きっと大丈夫です!  あのレッドドラゴンですら、ハル様の偉大なる御前には、ひれ伏すに違いありません!  このリルナ、ハル様のお力を信じております!」


 その純粋すぎる信頼(と、ものすごい圧力)に、俺は抗うことができなかった……。

 断ったら、この子のキラキラした瞳が曇ってしまうかもしれない……。

 そう思うと、強く断れない俺がいる。


 俺は日本での記憶を思い出した。

 就職試験の面接で「リーダーシップを発揮した経験はありますか?」という質問に、「ないです」と答えてしまった自分。

 「じゃあ何か人のために頑張ったことは?」と問われても、答えられなかった。


(今度は……少しは……誰かの役に立てるかな……)


「……はぁ。分かったよ、行けばいいんだろ、行けば……。まあ、ホントに、行くだけなら……死にはしない、よな……?」


 俺は(またしても)渋々、その危険すぎる依頼を引き受けることになってしまったのだった。

 ピノは「お前は馬鹿かー!」と頭を抱えていた。

 知ってるよ!


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