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第6話

 村での騒動(というか、俺が原因の勘違い連鎖)から一夜明け、俺はリルナと共に、最寄りの街にあるというギルドを目指して街道を歩いていた。

 朝日がキラキラと輝き、緑の木々の葉が光を受けて煌めいている。

 小鳥のさえずりが耳に心地よく、草の匂いが鼻をくすぐる。実に清々しい朝だ。

 ……俺の心境を除けば、だけど。


「ハル様、道中の魔物は、このリルナにお任せください!」


 俺の少し前を歩くリルナは、腰の剣に手をやり、やけに張り切っている。

 彼女は今朝、村の鍛冶屋から借りたという軽装の革鎧に身を包み、腰に下げた剣は念入りに磨き上げられ、鞘の金具が陽光に照らされて鈍く光る。

 髪は戦闘に支障がないよう、きちんと編み込まれている。


 周囲をキョロキョロと警戒しているつもりらしいが、その動きはどこかぎこちない。

 いかにも「初心者」という感じだ。

 腰を落として低く構えたり、木陰を細心の注意で見回したりするが、すぐに足をもつれさせて転びそうになっている。

 内心は俺と一緒に歩けることが嬉しくて、ドキドキしているのがバレバレだ。

 昨日からずっとそんな感じだし。


 俺はその後ろをトボトボと歩きながら、(なんか張り切ってるな……俺、案内人なんだけどな……護衛対象みたいになってる……)と心の中でツッコミを入れる。


「気をつけて!」リルナが突然、低い声で言った。

 彼女は道端にうずくまり、何かの痕跡を調べている。


「この足跡……魔物のものです!」


 俺は彼女の横にしゃがみ込み、地面を見た。

 確かに、人間のものとは明らかに違う、奇妙な三本指の足跡が地面についている。

 大きさから見て、人の頭ほどの生き物だろうか。


「どんな魔物?」

「おそらく、ブリンクライザードというトカゲの一種です。姿を消せる特性があって、旅人を不意打ちする厄介な魔物です……」


 俺は急に寒気を感じた。

 姿を消せる魔物?

 さっきから視線を感じるとは思ったんだよな……。


 ちなみに、知識妖精のピノは、少し離れた上空からこっそりと俺たちを追跡しているようだ。

 時折見える緑色の閃光は、彼が俺たちを観察するために魔法の望遠鏡のようなものを使っている証拠だ。

 昨日の「バグだ!」発言以来、俺のことを徹底的にマークするつもりらしい。

 やめてほしい、本当に。


「ハル様、喉が渇いていらっしゃるのではございませんか?」


 リルナが振り返り、にこやかに水筒を差し出してくる。

 その笑顔は太陽みたいに眩しい。

 緊張と戦闘態勢をピタリと切り替え、今は「ハル様のお世話係」モードになっている。


「あ、ありがとう。助かるよ」


 俺が水筒を受け取ると、リルナはさらに「日差しも少し強うございますから」と言って、どこから取り出したのか、フリフリのついた可愛らしい日傘を差し出そうとしてきた。

 薄いピンク色で、縁取りにはレースまで付いている。


「いや、日傘は大丈夫だよ。ありがとう」


 さすがにそれはちょっと……と丁重にお断りする。

 リルナは「そうですか……」と少し残念そうにしたが、すぐに「ハル様のお役に立てるなら、私はどんなことでも!」と気を取り直し、再び前を向いて歩き出した。

 健気というか、純粋というか……。

 彼女の過剰なまでの世話焼きには戸惑うばかりだ。

 でも、その一生懸命な姿を見ていると、なんだか悪い気はしない自分もいる。

 困ったもんだ。


 しばらく街道を進むと、突然、目の前の茂みが揺れた。


 リルナが素早く剣を抜き、俺を守るように前に立ちはだかる。

 彼女の背中から、緊張が伝わってくる。


 茂みから飛び出してきたのは……可愛らしい小鹿だった。

 見た目は地球の鹿とほぼ同じだが、額に小さな青い宝石のようなものがついている。

 こちらを警戒するように、大きな瞳で見つめた後、再び森の奥へと走り去っていった。


「マナジカですね。額の宝石は魔力の結晶で、この地方では幸運の象徴とされています。ハル様の前に姿を現したのですから、きっと良い旅になります!」


 俺たちが道を進んでいると、前方からけたたましい悲鳴が聞こえてきた。


「ひぃぃぃ!  助けてくれー!」


 見ると、荷馬車に乗った恰幅の良い商人が、数匹のゴブリンに襲われているではないか。

 ゴブリンたちは荷馬車によじ登り、積荷を漁ろうとしている。

 典型的な追い剥ぎ現場だ。


「ハル様!」


 リルナが即座に反応し、俺に指示を仰ぐように振り返る。

 彼女の目は決意に燃え、剣を握る手は少し震えているが、それでも前に進む勇気を示している。

 いや、だから俺に言われても!

  俺は戦えないんだって!


(うわー……またかよ……絶対に関わりたくないんだけど……)


 俺は内心で盛大にため息をつき、チラッとゴブリンたちを『見た』が、思わずプイッと視線を逸らした。


 そのとき、脳裏にまた日本での記憶が甦る。

 就職活動の面接で、「あなたの強みは何ですか?」と聞かれて黙り込んでしまった自分。

 何も答えられず、下を向くだけ……。

 いつも逃げてばかりだった。


 その瞬間。


 パキッ! パキパキッ!


 乾いた音が響き渡った。

 見ると、荷馬車によじ登っていたゴブリンたちが持っていた、粗末な剣や棍棒が、なぜかひとりでに砕け散っているではないか!


「「「グ、グェェ!?(武器が!? なんで!?)」」」


 武器を失ったゴブリンたちは、唖然として動きを止める。

 彼らは互いに顔を見合わせ、恐怖に歪んだ緑色の顔で、思わず後ずさる。

 予期せぬ事態に完全に混乱し、戦意を喪失したのか、クモの子を散らすように慌てて森の中へと逃げていった。


 残されたのは、呆然とする俺とリルナ、そして腰を抜かした商人だけ。

 助けられた商人は、荷馬車から転がり落ちるようにして降りてくると、俺の前に走り寄り、その場で土下座した。


「おおお……! ありがとうございます!  勇者様!  なんと恐ろしき眼力!  貴方様のその鋭き眼光ひとつで、卑劣なる魔物の武器を粉々に砕いてくださるとは……! この御恩は一生忘れませぬ!」


 またしても、とんでもない勘違いが始まってる!

 眼光で武器破壊って、どんな能力だよ!?

  俺はただ視線逸らしただけだって!


「あ、いや、あの、俺は本当にただ見てただけで……」


 俺は必死に否定する。


「いえいえ! ご謙遜なさらずとも! この通り、私の目は誤魔化せませぬぞ!」

 

 商人は全く聞く耳を持たないようだ。

 彼は震える手で、懐からジャラジャラと大量の金貨を取り出し、「ささやかですが、どうか謝礼をお受け取りください!」と渡そうとしてくる。


「いやいや、本当にいらないですから!」


 俺は頑なに金貨を断る。

 だって、何もしてないんだから。

 しかし、その謙虚さ(と勘違いされている)が、さらに商人を感激させてしまったようだ。


「なんと欲のないお方だ……! 真の英雄とは、こういう御方を言うのでしょうな……!」


 もう勝手にしてくれ……。


「ハル様は崇高なお方ですもの。ただ正義のために戦われるのです!」


 リルナまで熱く語り始めた。


「謝礼など必要としないのですわ! ……ですが、もしお心遣いでしたら、お菓子など少しだけ……」


 彼女の打算的な一面が垣間見える。

 目がキラキラしている。


「荷の中に、南方から取り寄せた特製のお菓子があるのです。これを是非、お持ちいただけませんか?  拒まれたらこちらの面目が……」


 結局、俺たちは「クリスタルフルーツタルト」という名の豪華なお菓子をいくつか受け取り、旅を再開した。

 銀色の箱に詰められたそれは、まるで宝石のように輝く果実がぎっしりと並んだ贅沢なタルトだった。

 一口食べてみると、果実の甘さと酸味、パイ生地のサクサク感が絶妙で、口の中いっぱいに広がる。


「うまっ……!」


 思わず声が出た。


「本当ですわ! こんな美味しいお菓子、初めて食べました!」


 リルナも目を輝かせながら、小さな一切れを大事そうに頬張っている。

 そんな俺たちの様子を見ていた物陰から、ピノの低いつぶやきが聞こえた。


「…………武器だけをピンポイントで破壊……?  物質への直接干渉か?  いや、それにしてはエネルギー反応が希薄すぎる……。となると、彼の『観測』そのものが、あのゴブリンたちの武器の『壊れる確率』だけを極端に増大させた……? そんな馬鹿な!?  ありえない!  だが、現実に起こっている……!」


 物陰から一部始終を観察していたピノは、頭を抱えて混乱していた。

 必死に手元の魔導板に現象を記録し、分析を進めようとしている。

 葉のインクと思しき緑色の液体がパチパチとはねて、彼の緑色の小さな手を染めている。


「この力、もし悪用されれば……いや、本人が無自覚なのが一番タチが悪い! このまま放置すれば、世界そのものを破壊しかねんぞ……!」


 ピノの顔からは血の気が引いていた。

 彼の翡翠色の羽は、緊張で硬直したように、震えている。


 商人との(一方的な)感動の別れ(?)を経て、俺たちは再び歩き出し、昼過ぎには目的地の街に到着した。


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