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第5話

 ピノは俺の返事を待たず、その小さな両手を俺に向け、何やら呪文のようなものを唱え始めた。

 「解析の竜たちよ、隠されし真理を暴け……」という、耳慣れない言葉が、夜の闇に静かに響く。


「 我が解析魔法で、その正体を丸裸にしてくれる!」


 ピノの手のひらから放たれた解析魔法の光が、青白く輝きながら俺に向かって飛んでくる。

 まるで小さな雪の結晶が集まったような、繊細で複雑な魔法陣が俺の周りを取り囲もうとしている。


(うわっ! なんかヤバそう!)


 身構える俺。

 しかし、魔法の光が俺の身体に触れた、まさにその瞬間。


 バチチチッ!!


 激しいスパークと共に、魔法は弾き返された!

 青白い光が爆発するように四散し、何枚もの鏡に反射するかのように、周囲の家々を一瞬で照らし出す。

 弾かれた魔力はピノ自身に逆流し、彼は感電したように「ぐわぁっ!?」と短い悲鳴を上げて、地面に叩きつけられた。


 衝撃で辺りの土埃が舞い上がる。

 粉塵が晴れると、腹ばいになって痙攣するピノの姿が見えた。

 彼の羽は黒焦げに近い茶色に変色している。


「か、解析不能……だと!?  こんな存在、ありえない!  断じてありえない!  バ、バグだ! 絶対にバグだろこれぇぇぇ!」


 地面で小刻みに痙攣しながら、ピノは俺を指差し、渾身の力で叫んだ。

 ピノの絶叫と、その無様な姿を見ていた村人たちは、ますます俺への畏敬の念を深めていた。


「おお……高位の知識妖精であるピノ殿ですら、解析できないとは……!」

「やはりハル様は、我々の理解を超えた御方なのだ……」

「神の化身、いや、それ以上の存在に違いない……!」


 ピノの反応が、結果的に俺への勘違いを見事に、そして最悪な形で補強してしまった。

 もう、弁解する気力すら残っていない。

 俺はただ、遠い目をするしかなかった。


 戦闘(?)が終わり、一段落ついたところで、リルナが心配そうに俺の元へ駆け寄ってきた。

 彼女は俺の腕に、いつの間にか出来ていた軽い擦り傷(おそらく木の枝でひっかいたのだろう)を見つける。


「ハル様、お怪我が! これは大変です!  どうか、このリルナに手当てさせていただけますでしょうか?」


 その潤んだ瞳には、先ほどの感謝と興奮、そして何か別の、熱っぽい感情の光が宿っているように見えた。

 まるで俺の傷に触れることが、この上ない名誉であるかのように。


「あ、ああ……たいしたことないけど。ありがとう」


 俺が差し出した腕に、リルナは恐る恐る、しかし非常に丁寧に、持っていた綺麗な布で傷口を清め始めた。

 彼女の手には村の誰かから渡されたらしい薬草の軟膏が握られている。

 匂いは強いが、清涼感がある。


 彼女の細く白い指が、俺の肌に触れた、その瞬間。


 ドキッ……!


 リルナの心臓が、大きく跳ねたのが分かった。

 彼女の胸が一瞬、上下に動く。

 いや、俺の心臓もちょっと跳ねた気がする。


 彼女は顔を真っ赤にして、慌てて手を引っ込めそうになる。

 しかし、使命感からか、必死で堪えている。


 リルナは耳まで真っ赤になっている。

 彼女の呼吸は早く、小さく震えた指先が俺の肌にかすかに触れるたび、彼女はビクッと身体を強張らせる。


 俺は、そんな彼女の様子を見て、なんだかむず痒いような、困ったような、複雑な気持ちになる。

 不思議と、この状況が全く嫌ではない自分がいる。


 手当てを終えると、リルナはまだ顔を赤らめたまま、もじもじしながら口を開いた。

 普段の凛々しさが消え、今はただの少女のように見える。


「あ、あの、ハル様……。今晩、もし、よろしければなのですが……その、我が家で、粗末ではございますが、お食事など、いかがでしょうか……?  その、感謝の印と、言いますか……その……」


 言葉の端々で詰まりながら、勇気を振り絞って、俺を自宅での夕食に招待してくれたらしい。

 彼女の瞳は期待と不安で揺れている。


 ちょうど腹も減ってきていた俺は、深く考えずに答える。


「え、いいの?  助かるよ。ありがとう」

「 はいっ! 喜んで!」


 俺のあっさりした承諾に、リルナはパアッと顔を輝かせ、安堵と喜びでさらに顔を赤くするのだった。

 まるで彼女の周りに小さな花が咲いたような、そんな雰囲気が漂う。


 その様子を、少し離れた場所で、地面からようやく起き上がったピノが、苦虫を噛み潰したような顔で見ていた。

 彼の羽はまだ完全には回復しておらず、パタパタと弱々しく動いている。


「……あの人間、絶対に何か隠している……。俺が徹底的に調査して、その化けの皮を剥いでやるからな……!」


 彼の目には、好奇心と警戒心が燃えていた。


 ◇


 リルナの家は、森に近い集落の外れにあった。

 質素なつくりだが、小さな花壇が窓の下に整然と並び、家の中は驚くほど清潔に保たれている。

 一階は居間を兼ねた台所と、小さな書斎のようなスペース、二階には寝室があるようだ。


「お粗末な家で申し訳ありません。どうぞ、お掛けください」


 リルナは慌ただしく部屋を整え、俺にテーブルの席を勧める。

 屋内の温かな明かりが、木製の家具や古い石の壁に温かな色合いを映し出していた。

 いつの間にか、外では雨が降り始めていた。

 しとしとと屋根を打つ雨音が、なぜか心地よい。


「ここで一人暮らし?」


 尋ねると、リルナはキッチンから振り返り、少し寂しそうに笑った。


「はい。両親は早くに亡くして……。でも村の皆さんに助けられて、なんとかやっています。私も騎士になる訓練をして、皆さんにお返ししたいと思って……」


 彼女は無言で料理に戻った。

 その小さな背中に、突然、大きな責任を感じさせる凛とした雰囲気がある。


 しばらくして出てきた夕食は、予想以上に美味しかった。

 新鮮な野菜のスープ、自家製パン、そして山で取れたという小鳥の肉のロースト。

 材料は質素でも、手をかけた味が伝わってくる。


「すごい。美味しいよ、これ」


 素直な感想を漏らすと、リルナの顔が明るく輝いた。


「本当ですか!? 料理だけは自信があるんです!」


 彼女が嬉しそうに話す姿を見ていると、なぜか俺も嬉しくなる。

 こんな風に、素直に喜べる自分が不思議だった。


 夕食を終え、話をしていると、リルナの魔法剣士としての修行の話になった。

 どうやら彼女は、王国の中央都市にある魔法騎士団を目指しているらしいが、なかなか才能が開花せず苦労しているとのこと。


「私、実は魔法の才能があまり……でも、諦めたくないんです。だからこの村で護衛の仕事をしながら、少しずつ鍛えて……いつか必ず……」


 その懸命さに、俺は思わず言った。


「頑張れよ。俺も応援するから」


 その言葉で、彼女の瞳がまた輝きを取り戻した。


「ハル様……!」


 こうして、俺の勘違いと無自覚チートに満ちた、波乱万丈の異世界ライフは、始まったばかりだというのに、すでに混沌の様相を呈し始めていた。

 

 俺、本当にただ静かに暮らしたいだけなんだけどなぁ……。


 ◇


 その夜、リルナの家の客間に寝かせてもらった俺は、窓からこぼれる月明かりを眺めながら、これからの行方に思いを馳せていた。


(日本には帰れないんだろうな……)


 ふと、日本での生活が脳裏に浮かぶ。

 ボロアパートの六畳一間。

 朝から晩まで走り回るバイト。

 睡眠時間を削って勉強した資格試験。

 親の諦めたような目。


 そして今、異世界。

 訳のわからない力。

 勘違いされ続ける日常。


(でも……こっちの方が、居場所があるのかな)


 窓から見える村の明かり。

 リルナの温かな笑顔。

 今日出会ったばかりの人々。

 こんな感覚、久しぶりだった。

 誰かに必要とされるという、温かな感覚。

 

 俺は星空を見上げ、小さくつぶやいた。


「まあ、なるようになるか……」


 そんな感じで、この異世界での俺の新たな人生が、ゆっくりと動き始めたのだった。


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