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第3話

 黄昏時、俺たちは村に到着した。

 「フィレン村」と呼ばれるその集落は、森の入り口近くの小高い丘の上に位置していた。

 木々に囲まれた自然豊かな場所で、三十軒ほどの質素だが手入れの行き届いた家々が、丘の斜面に沿って建ち並んでいる。


 家々は石造りの基礎に木材と藁で作られており、屋根は赤土の瓦で覆われていた。

 各家の前には小さな庭や畑があり、村人たちが夕食の支度をしているようだ。

 豚や鶏が放し飼いにされ、子供たちが駆け回っていた。


「おーい!  ただいまー!」


 狩人たちが声を上げると、村人たちが次々と家から出てきた。

 老若男女、様々な人たちが好奇心に満ちた視線で俺たちを眺めている。


「……そちらの若者は?」


 髭の狩人が誇らしげに俺の肩を叩く。


「皆の衆、驚くなかれ! この若者が、たった一人であの森の主を打ち倒したのじゃ!」


「「「えええええ!?」」」


 村全体がどよめき、一斉に俺へと視線が集中する。

 

「すごい……」

「嘘だろ?」

「いったい何者なんだ?」

 

 興奮した声が飛び交う中、俺は完全に固まっていた。


「いや、だから、本当に何もしてないんです!」


 俺の弁明は、村人たちの騒ぎにかき消されてしまう。


「さあさあ、まずは村長のところへ! この吉報を伝えねば!」


 俺は群衆に囲まれながら、村の中央へと誘導された。

 そこには、村の中でも一際立派な造りの家があった。

 周囲より少し大きく、丁寧に施された彫刻が門柱を飾っている。

 その前には、村人らしき人々が既に集まり始めていた。


 中に通されると、白髭を蓄えた、いかにも村長といった感じの老人が待っていた。

 彼は俺の姿を値踏みするように上から下まで見つめ、やがて深々と頭を下げた。


「ようこそおいでくださいました。私はこの村の長をしております。して、大変恐縮ですが、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「あ、どうも。ハルと言います……」


 俺が名乗ると、村長はカッと目を見開き、次の瞬間、ガタガタと椅子ごと震えだした。

 その白い眉毛が驚きで跳ね上がる。


「ハ、ハル……!?  おお、なんと……! 古の伝承に伝わる、世界を救ったという伝説の大英雄と、同じ名とは……!  なんという奇跡! やはり貴方様は……!」

「いや、日本では結構ポピュラーな名前だと思うんですけど……それに伝承って……」


 俺の言葉は、またしても村長の興奮にかき消される。

 もうダメだ、この村の人たち、完全に俺を何かすごい人と勘違いしてる。


 とその時。

 家の扉がバンッ! と勢いよく開き、一人の少女が息を切らして飛び込んできた。


「村長!  大変です!  ゴブリンの大群が村の近くまで迫っているとの報せが……! ――って、え?」


 少女は部屋の中にいる俺に気づき、言葉を途中で止めた。


 陽の光を反射して輝くような黄金の髪は、腰まで伸びて緩やかなウェーブを描いている。

 吸い込まれそうなほど碧い瞳は、緊張と好奇心が混ざったような色を湛えていた。

 肌は陶磁器のように白く、頬にはかすかに薔薇色が浮かんでいる。


 彼女は騎士のような軽装の鎧を身に着けているが、その可憐な容姿には少し不釣り合いに見える。

 年は俺と同じくらいだろうか。

 腰に下げた剣は手入れが行き届いているようだが、鞘にはところどころ擦り傷があり、実戦で使われてきたことがうかがえた。


 彼女こそ、後に俺の異世界ライフをさらに混沌へと叩き込むことになるヒロイン、リルナ=シェルフィードだった。


 リルナは、俺の姿――特に、村長と話しているだけなのに、なぜか妙に落ち着いて見える雰囲気(実際は諦めと混乱の境地にいるだけ)――に、何か特別な、運命的なものを直感したようだった。


 リルナはハッとした表情で俺の前に進み出ると、スカートの裾をちょこんと持ち上げ、優雅に、しかしどこかぎこちない動きで跪いた。

 彼女の顔は緊張で僅かに紅潮し、呼吸が速くなっている。

 だが、目には確固たる決意と、純粋な崇拝の色があった。


「もしや……貴方様こそ、古き神託に示された、世界を破滅から救うという『星降りの勇者』様ではございませんか……?」


 真剣そのものの瞳で、キラキラした期待を込めて、俺を見上げてくる。

 そのあまりに真剣な表情と、まっすぐな視線に、俺は言葉を失った。

 まるで崇高な存在を見るかのような彼女の瞳は、俺の足をすくませる。


「ち、違います!  人違いですって!  俺、ただの『見習い案内人』なんです!  本当に!」


 俺は全力で、必死に否定する。

 これ以上勘違いが加速したら、取り返しがつかなくなる!


 しかし、リルナは俺の否定を全く意に介さない様子で、恍惚とした表情で続ける。

 その瞳には星が宿ったように輝いている。


「なんとご謙遜を……! さすがは勇者様! その隠しきれない神々しいオーラ、このリルナの目にははっきりと見えております!」


 彼女の指先が僅かに震えている。

 それは恐れからではなく、明らかに感動からだった。

 彼女の白い喉元が緊張で上下するのが見える。


「オーラとか出てないから!  普通の一般人だから!」


 俺の叫びも虚しく、彼女の中ではすでに「ハル=勇者様」の方程式が完成してしまっているようだった。

 彼女の目の中では、俺の否定さえも、「謙虚さの表れ」という証拠に変わってしまう。


 どうすればこの誤解が解けるんだ……!?


 俺が頭を抱えかけた、まさにその時。

 リルナの言葉を遮るように、外からけたたましい村人の悲鳴と、下品なゴブリンの雄叫びが聞こえてきた。


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