6.父様なんて大嫌い
シルベリオスは岩にめり込んでいた。本人がその気になれば容易く出られるのであろうが、愛娘に「ばか」と言われ「男と寝る」と宣言され、さらに怒りで吹き飛ばされ、父の心は折れたようだ。消沈した姿で目は焦点を結んでいない。
今なら殺せるか……恋人の手前がまんした。
「これを引っ張り出すには岩を割らないと無理だな。面倒だ……イリエスの出所の分からない不思議な怪力で出してあげて」
「やだ……父様のことなんて、もう知らないもん」
収まっていた涙が、またこぼれ出した。しゃくりあげる声に、シルベリオスの瞳が急に光り、意識を取り戻した。
「イリエス……泣いているのか? イリエス……ひどいことを……され……た?」
目に見えるはずのない怒りの炎が、オレンジ色に吹き上がるように見えた。イリエスが怒り心頭に叫んだ。
「酷いことを言ったのは父様なの!!! 全然平気だったのに! ファルカシュが私のことを大好きだって心から信じられたのに、父様の言葉を聞いたら……」
その先をイリエスは言うことができず、ただ怒った顔で涙を流し続けた。
シルベリオスはおろおろと口を開けるが声は出なかった、彼女の怒りの炎は大きくなるばかり。
「母様にこんな気持ちを向けたく無いのに……ファルカシュを信じたいのに……できない、全部できなくなった。私をこんな不安に突き落とした父様を許さない」
「イ……イリ……エス」
「嫌い、嫌い、父様なんて大嫌い。顔も見たくない、声も聞きたくない、もう会わない!!!」
イリエスの怒りの叫びがシルベリオスの心臓を突き破ってほぼ殺した瞬間を見届けた。
彼はこんどこそ、瞳から光を失い魂が抜けたように、がっくりと脱力して考えることを手放してしまった。あまりの衝撃に廃人化した。
月も星も無い、夜の闇の中、しばし誰も語らず静かだった。しかし……
あ、まずい、まずい、これはすこぶる良くない状況だ……
シルベリオスの体から闇が浸み出してくる、彼の体を中心として漆黒の闇が急速に広がっていく……
こいつの心が暗黒に落ちてく……やばい、娘に大嫌いと言われて夜の神の力が暴走し始めてるぞ。
「ちょっとイリエス落ち着こうか」
もう知らないとばかりに立ち去ろうとする彼女の手を握って捕まえた。
「イリエス待て、君の父様おかしくなってきてる……これは緊急事態だ……」
「そんなのし・ら・な・い! どうだっていい私は帰る」
「イリエスにとってはただの親子喧嘩かもしれないが、ちょっと見てごらん。私たちの周りはもう暗黒に包まれてしまった。これを止めないと世界が闇で覆われる。君の父様に少しだけ、その、元気がでる言葉をかけてやってくれないか……例えば、会えないのはいつまでなのか期限をつけるとか……」
「嫌だ! もう大嫌いなの、父様には絶対に会わないから」
とどめの言葉を吐いて、イリエスは行ってしまった。
「……私だって、この男は大嫌いだ」
上も下も見渡す限り暗黒の闇に包まれて、まったく酷いことになったとうなだれた。もう夜明けの時なのに薄い光も届かない。夜の神の暴走にお手上げだ、世界は夜のまま明けなくなった。
岩を割りシルベリオスの体を取り出す。もう意識を放棄してひたすら闇の穴に落ちていく男はだらんとして人形のようだった。心底嫌だったが、背負うとかなり重くて長い足は邪魔だった。
こんな男どうなろうがどうでもいい、むしろ酷い目に合わせたい。それでも残念なことに私は太陽神で、世界を光で照らさねばならず。地上の秩序を保たねばならない。この仕事を放棄することができないのだ。しかたなし、シルベリオスを闇の穴から救い出すことにした。