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5.父と娘

 イリエスは父親の腕の中で、無表情のまままじまじと彼を見た後、私と同じ行動をした、すなわち息を吸い込んだ。


「父様のばかー」

 草木が焼き尽くされて岩屑の下になり、荒涼とした荒れ地と化した場所で、彼女のどでかい「ばか」が響き渡った。


 何をもってしても、揺らすことさえできなかった最強戦士の肩が驚きに震えた。


「あれは私がファルカシュから贈られたお家だったの、私の物だったの、それを父様が壊した。まだ中も見ていなかったのに! すっごく可愛かったのに、きっと中もファルカシュが私が好きな可愛いものでいっぱいにしてくれてあったのに! あー見たかったよう。ばか、ばか、父様のばか、ばかぁー」


「そ、そんなこと……ウサギ……ウサギのぬいぐるみ……増やす……から」


 シルベリオスが困ったようにおたおたと動いて娘の肩に手を乗せた。だがペシリと叩かれ払い落され闇に光るオレンジの目で睨まれると、彼は口をあけて泣きそうになった。


「イリエス……聞きなさい……おまえは……ウサギのぬいぐるみと寝てる……まだ子供……だ」


「もう子供じゃないもん! それにファルカシュが今夜私を大人にしてくれると約束してくれたの!」


 奴の視線が矢となって放たれ、光速で私を射た。あまりに濃縮された殺気に体が麻痺するほどだった、イリエスがいなければたぶん瞬殺されていた。


「おまえは子供……恋人は……まだ早い……駄目だ。男と寝るのは……ぬいぐるみと寝るのとは……違うんだ、ぜんぜん違う」


「そんなこと分かってるよ! 恋人と一緒に寝たら何をするかぐらい知ってる! そしてそれを誰とするかは自分で決める、父様は放っておいてよ。私の好きにするの! 私はファルカシュとするの!」


 この世の全てと引き換えにしても守り愛しみたい娘に、「この男とするのーっ」と目の前で宣言されては、さすがに衝撃だったのだろう。シルベリオスは分かりやすく取り乱した。私とてその気持ちは分かる、もしイリエスが雷神のハオーを連れてきて「彼とするのー」って叫ばれたら正気を失う自信はある。


 だが、こいつは最低野郎なのだ。

 会話すべき時に何も言わず。

 何も言うべきでない時に、愚かなことを言う。


 何千年も1人で冥界の魔物と暗闇で戦っているとおかしくなってしまうのか。

 ……恋心がどれほど傷つきやすいのかを彼は忘れた、自分自身も苦しみ、のたうちその痛みを知ったはずなのに。我が娘が今まさに恋しているのだと、気づいてやることができなかった。


「ファルカシュは駄目だ……彼だけは駄目だ」

「どうして? ファルカシュは私が大好きなの」


「彼の心はおまえのものにならない。体だけ手に入れてもおまえが傷つくだけだ」


 とうとう黙って聞いていることができず、父と娘の会話に割り込んだ。

「シルベリオス勝手なことを言うな。おまえに私の心を決めることはできない、私はイリエスを愛している……」


 彼はすっかり取り乱していて、私の声など耳に届いていなかった。シルベリオスは己を止めることができず、毒をもった言葉は発せられイリエスを刺し貫いた。


「ファルカシュの心はネリが持っている。イリエス、彼は永遠にネリだけのものだ」


「わー!!!」


 絶叫を聞いた気がした。物凄い圧力で空気が圧縮され爆発した。気が付いたら弾け飛ばされていた。

 光の玉となって夜の空を高速で流れていく、止まりたくてもどうにもならない。風圧に一緒に飛ばされている天馬は気絶している。バチバチ首元を叩くと馬はようやく目を覚ましたが、小屋があった元いた場所は地平の遥か遠くだった。


 夜明けに近づいた夜の終わりに、ようやく小屋があった場所に戻ってきた。もういないかと心配したがイリエスは暗闇の荒野に1人座り込んでいた。近づくと彼女は泣いていた。


「おいでイリエス、泣かなくていい」


 隣に座ると膝に乗せ、抱きしめて頭に頬をすり寄せた。体が冷えている、背中を繰り返しさすって温めてやった。


「ファルカシュの心は母様のものなの?」

「今はイリエスのものだよ」


 私の答えを聞いても、彼女は泣くのを止めなかった。

 イリエスが彼女自身のことで泣いているのを初めて見た、幼い時から彼女が泣くのは友達を思ってのことか、自分の力加減を間違えて他人に迷惑かけたときだけで、自分のことなどいつもあっけらかんと笑い飛ばしていた。

 その彼女が私の言葉を信じられず泣いている。


「すごい爆発だった。イリエスの力は本当に底知れないな……待てよ……もしかして、シルベリオスの時空を捻じ曲げた黒い玉も、君なら受け止められたのかな?」


 イリエスはぐずぐず泣きながらも、うん、あのくらい平気と言った。


 何だ避けなくても良かったのか……そりゃそうだよな、シルベリオスが愛娘を傷つける訳がない。

 でもあの男は私が避けることを分かって攻撃したのだ……


 イリエスのために可愛いもので満たした小屋は跡形もなく消えた……今は荒涼とした荒野になった。

 本当だったら今頃、好きなだけ愛し合った後で彼女を腕に抱きしめて眠っているはずだったのに……


 涙でぐしゃぐしゃの顔を指でぬぐってやったが、また涙で頬は濡れてしまう。

 イリエスを抱き上げて歩き出した。


「君の父様はどこへ飛ばされたかな。イリエスを残して帰るはずないからな……どこかに引っかかっているだろう。まったく……あいつは酷いことしかしない」


 深いため息をついて暗闇の中彼を捜すことにした。

 

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