表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/10

10.また同じ道

「これはシルベリオスと私の戦いだ。彼が絶対に娘を私に渡さないための呪いなんだ。だから他の男となら効力を発揮しない。これを口に出すのは辛いけど、別の男と寝るなら平気だ。私以外となら恋人になれる」


「そんなのは嫌。私はファルカシュとしか恋人にならない」

 真っすぐに向けられは瞳は彼女の真実を語っていた。そこに嘘はないのに、私はもうそれを信じ切ることができないのだ。呪いのせいなのか、それとも私が彼女よりずっと昔に大人になってしまったせいなのか。


「すまないイリエス、このままでは私達は引き裂かれる。恋人にはなれない」

 

 どうしてと驚きに見開かれた瞳が問うてくる。


「私も『愛する人が、他の人を想っている』という考えに捕らわれかかっているんだ。私もあの場にいてシルベリオスの声を聞いたからね。一緒に呪われた」


「え? でも待って、私には他に想う人なんていないよ。毎日のように会っているファルカシュが1番私のことを知ってる」


「今はね、私のことが好きだ。でも未来は? これから君が好きになる男が現れる。こんな半分父親みたいで、膝にのってもイスみたいでときめくこともない年上男ではなくて。目が合うだけで心が一瞬で燃え上がるような、激しい恋に落ちてしまう相手が……」


「そんな、勝手な思い込みしないで」


 情けない気持ちが胸を占める。彼女を抱きしめて、髪に唇を押し付けるといい香りがする。毎日のように腕の中で薫る、愛おしくて大好きな香り。ただ、幸せなだけだったのに……君を膝に抱いて天を駆けているとき、こんな狂いそうな嫉妬を覚えたことは無かった。


「今ここに存在さえしない未来の男に怯えて、嫉妬して、きっと負けると思っている。そうやって暗黒の想像に溺れているんだ。私は呪われてしまったんだ」


 幸せなはずの恋人と抱きしめ合う時間だというのに、私は悲しみの縁から必死で這い上がろうとしても、過去が重しとなってもがくほどに落ちていく。


「結婚式のあの日、まさに妻を抱こうとした夜、私はシルベリオスに奪われた。それから長い時を喪失の痛みの中で生きた。そしてようやく、愛する人を得て、喜びの中で……君を……君を……それなのにまたシルベリオスに奪われた」


 言葉を続けようとして、あまりの虚しさに胸を支配され、目を閉じた。


「イリエス……君を抱きたい。体の全てを愛して、交わって、二人の心を溶かして混ぜ合わせて一つになりたい。私に触って欲しい、ずっと独りで誰からも必要とされない私を求めて欲しい。私だけを愛して欲しい……私だけを、私だけを抱きしめて欲しい……お願いだどこにも行かないで」


 苦しすぎて声を出すことができない、それでも「私だけを……」と溺れる中で縋る物を探してもがいた。苦しい、助けてほしい、もう奪われたくない……


 情けない姿をさらして、イリエスは私を嫌いになっただろうか、怖くて目を開けることができなかった。


 頭を優しく撫でられている。ささやく小さな声が聞いてきた。

「ファルカシュは泣かないの? 泣いていいよ、私がしたみたいに、わんわん声をあげて泣いていいよ」


 目を開くと、いつものイリエスがいた。慈愛の瞳が私を愛していると告げている。

「泣けないんだ、もうずっと……泣くことができない」


「じゃあ私がファルカシュの分も泣いてあげるからね」

 彼女の腕に頭を抱かれ、温もりの中にいた。彼女は私のために泣くと約束したのに「うーん、いざ泣こうとすると涙がでてこないなあ」とごにょごにょいいながら、頭を撫でてくれた。


「なんだかファルカシュかわいい。この感じは……犬かな」

「イリエス……私達は本当の恋人になれるかな」


「もうなってるよ。ちょっと待っててね、悲しい事思い出し中、わんわん泣くから」

 

 甘えるように顔をうずめて、彼女に抱きしめられていた。いつまでたっても泣かない彼女の脇に手を伸ばして、こちょこちょくすぐると、キャーキャー言って笑い暴れた。


「少し元気になった。呪いの暗黒思考から抜け出せた」


 笑い過ぎて涙目になった彼女が、膝に座り直してから優しいキスをしてくれた。お互いに微笑んで見つめ合う。


「呪いを解くための方法だが、呪った本人に解いてもらうのが1番確実なのだが、私はシルベリオスに全く期待していない。あの男は頼りにならないどころか、呪いの解き方も分からず事態を悪化させるに違いない。だから忘れよう」


 イリエスは不味いものを吐き出す前のような顔をした。「父様ほんとに最低」


「だから君が自力で呪いを解くんだ。君に向けられた呪いの余波を受けているだけだから、君の呪いが解ければ、私のも同時に解ける」


「どうすれば呪いを弾き飛ばせるかな?」

「イリエスはどうすればいいと思う?」


「心からファルカシュが私を愛していると信じることができたら、呪いが解けると思う」


「その通りだけど、それは無理な気がするな。呪いは私達が元々持っていた不安に憑りついている。呪いがなくてもイリエスは不安があるんだ。そして私もだよ、いつか現れる若者に怯えていた。だから不安を全て消し去ることは難しい」


「だったらどうしたらいいの?」


 ほうと大きく息を吐いた。こんなこと、自分にはできそうにない、でもイリエスにやってもらうしかないのだ。

「不安があっても平気になれればいい。すなわち、私の心にネリがいたとしても、イリエスが私を愛していると心から信じ、愛すると決める。そうすれば呪いは弾け飛ぶだろう」


「ん? どういうことなのかよく分からなかった」

「だからね、私の心を信じるのではなく。自分の心を信じるということだよ」


「言ってることは分かったけど、具体的にどうすればいいのか全然分からないよ」


 告げるのが怖かった。けれど半分父親みたいに安心させてじゃれ合っていても、彼女はずっと子供のままなのだ。


「イリエス、私はもう天架ける馬車で、君を膝に乗せない」


 思ってもみなかったのだろう、口を開けて驚きに反論しようとするのを止めた。


「私は父のように守ってきたこの手を離す。だから色んな相手と関わってもっと広い世界を見ておいで、その新しい出会いの中には男もいるだろう。魅力的な君に心を奪われて恋人になりたいと口説いてくる、私にとって敵となる男たちが……今までは私の力でそんな奴らは絶対に寄せ付けなかった。でもこれからは君は自由に恋愛するといい」


 イリエスは首を左右に激しく振った。強く抱き付いて嫌だと叫んだ。瞳は不安に暗くなり、焦点を結ばずに、頭の中で酷い妄想が始まったのが見て取れた。呪いに引き込まれていく。


 強く抱きしめて、愛しているとささやき続けた。母様の所へ行かないでと泣きじゃくる口を塞いで、キスを繰り返す。長い時間をかけて、イリエスはようやく呪いの思考から抜け出して、疲れた声で「ごめんなさい」と言った。


「私はもう君を大人にしてあげられないから、自分で大人になるんだ。それでも私が欲しいと思ったら、会いに来てほしい。どんな男に出会っても、君が愛しているのは私だけなのだと信じることができたら、その時に私達の呪いは解ける。そうしたら今度こそ恋人になろう。私を愛していると、君が思いつく限りの全ての方法で教えてくれ……そして私を抱いてくれ」


 幼子の時から膝に乗せ、腕に抱いて愛しんできた。暴れん坊でどこへでも好きな所へ飛んでいく君、けれど天からいつでも見守ってきた。何かあればすぐに抱き上げた。


 腕の中で守り通して、誰にも触れさせるつもりはなかった。でも……このままでは呪いを解くことはできない。


 あの時も私に抱いて欲しいと願ったネリの記憶を戻して、手を離した。きっと自分を選んでくれると信じていた。


 馬鹿だな……私はまた同じ道に進もうとしている。

 抱いて欲しいと願ってくれたイリエス、私は君の手を離す。

 

 永久の時をかけて君を待っている、そしてどうか私を選んで。


 あの時のようにもう信じることはしない、愛しい君を天からただ見守り続けるから。


 君が他の男を愛したとしても、ただ見守り続け愛し続けるから。


 さようなら私の可愛い恋人。


ここまでお付き合いくださった方、本当にありがとうございます。

この話でファルカシュ目線の話は1度完結です。

妻を寝取られファルカシュ君がふびんで幸せにしたくて書き始めたのに、あれ?呪われた……

続きはイリエス視点で書く予定です。まだ書き溜めてないので少し先になるかも、でもなんとしてもファルカシュ君を幸せにしてあげたい。よければまたみてくださいね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ