海の中でひとつに
「お昼に何か食べたいものはある?」
僕が尋ねると、彼女は「お寿司がいいな」と返事した。
僕の安月給では、高級な寿司屋にはとても入れない。
「悪いけど、回転寿司のお店でもいいかな?」
「いいわよ。もちろん」
意外にも彼女はあっさりと了承する。初デートの食事が回転寿司なのは情けないが仕方ない。
2人で近場のチェーン店の回転寿司のお店に入った。カウンター席に並んで座る。
彼女は、回転寿司の店には馴染まない真っ赤なワンピースを着ていた。
「ねえ。何のお寿司が一番好き? 僕はイクラかな」
僕が尋ねると、彼女は「ふふっ」と鼻で笑った。
流れる寿司から彼女に視線を移す。薄く微笑んだ彼女の唇が、まるでイクラみたいにテラテラと妖しく光沢を浮かべていた。
「イクラだって。まるで子供みたいね」
その言葉に、僕は少しムッとする。彼女は少し間を置いてから話す。
「私が好きなお寿司はね、あん肝のお寿司なの」
「あん肝?」
意外な気がした。僕の中ではマイナーな寿司だ。いわゆるアンコウの肝臓、あん肝を軍艦巻きにした寿司だ。
「ねえ、知ってる?」
今度は、彼女が僕に質問してくる。
「何をだい?」
「アンコウの交尾よ」
いきなり昼から交尾の話とは。例えそれが魚のそれであっても穏やかではない。
「アンコウのオスはね。メスに比べてとても小さいの」
「へえ。そうなんだ」
「メスの体にオスがくっつくようにして交尾するんだけど、問題は交尾が終わったあとよ」
彼女は、勿体をつけるように間を置き、僕の顔を覗き込むように見る。
「交尾の後ね、オスの体はそのままメスの体に吸収されてしまうの」
「へえ。そうなんだ」
「暗い海の底で、ひとつになるの。それってロマンチックだと思わない?」
そんな魚の豆知識を聞いたところで、格別ロマンも感じない。僕が「そうだね」と気のない返事をすると、しばらく沈黙が訪れた。
「ねえ?」
彼女がその沈黙を破る。僕は「何だい?」と彼女の顔を見ながら返事をする。
彼女は、ニヤリと笑った。
「私もあなたとひとつになりたいな……」
「いや、まだ昼やぞ!」
ここは暗い海の底ではなく、お昼で賑わうチェーン店の回転寿司屋さんだ。