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未来商会奇譚

サジタリウス未来商会と「望まぬ贈り物」

田中美香という女性がいた。

40代手前、出版社で編集者として働いている。

真面目な性格で、仕事熱心。だが、最近ではその責任感の強さが裏目に出て、心身ともに疲れ切っていた。


「もう、これ以上抱えきれない……」


仕事を断ることができず、同僚のサポートや新しい企画の責任まで引き受けるうちに、彼女は自分の時間をすべて失っていた。


「これだけ頑張っているのに、何も報われていない気がする」


そんな思いを抱えた帰り道、美香は奇妙な屋台を見つけた。


それは、夜の路地裏にぽつんと佇む屋台だった。

古びた看板には、手書きでこう書かれている。


「サジタリウス未来商会」


「未来商会……?」


興味を引かれた美香は、ふらふらと足を向けた。


屋台の奥には、白髪交じりの髪と長い顎ひげを持つ初老の男が座っていた。

その男は、美香を見るなり柔らかな笑みを浮かべた。


「ようこそ、サジタリウス未来商会へ。今日はどんな未来をお求めですか?」


「未来を売るって、どういうことですか?」


「簡単なことです。ここではあなたに必要な『未来の商品』を提供しています。それが、あなたの悩みを解決する手助けになるかもしれません」


美香は半信半疑でたずねた。


「私に必要な商品があるんですか?」


サジタリウスは懐から小さな箱を取り出した。

それは光沢のある金属製の箱で、鍵穴のついた蓋がついている。


「これは『贈り物ボックス』です」


「贈り物ボックス?」


「はい。この箱の中には、あなたが本当に必要なものが入っています。ただし、注意点があります。この箱は、一度開けると元に戻すことはできません。それがあなたにとって本当に必要かどうか、慎重に判断することをお勧めします」


美香は箱を見つめながら考え込んだ。


「私に本当に必要なもの……?」


結局、美香は箱を購入して帰宅した。


机に置いた箱を見つめながら、開けるべきかどうか迷い続けた。

「本当に必要なもの」とは一体何なのか。


そして翌朝、美香は意を決して箱の鍵を回した。


箱の中に入っていたのは、小さな紙片だった。

そこには、こう書かれていた。


「あなたの負担を軽くする力」


「負担を軽くする力……?」


その瞬間、美香の周りで奇妙な現象が起き始めた。

職場で山積みだった仕事が次々と他の同僚に振り分けられ、何人かのスタッフが急に積極的に手伝いを申し出るようになったのだ。


「田中さん、これ僕がやりますよ」

「最近頑張りすぎじゃない?たまには休んだら?」


その日の午後には、上司からもこう言われた。


「田中さん、最近負担が多すぎるようだから、少し仕事を減らすことにしたよ」


最初、美香はその変化を喜んだ。


「これでやっと楽になれる……!」


だが、日が経つにつれ、事態は思わぬ方向に進み始めた。


以前は美香が中心となって進めていた重要な企画が、他の同僚に任されるようになった。

さらに、会議での発言も減り、次第に周囲から「頼りにされていない」と感じるようになった。


「どうして……?」


仕事の負担が減ると同時に、彼女自身の存在感も薄れていったのだ。


数週間後、美香は完全に重要なポジションから外されてしまった。


「これじゃ、仕事が楽になったどころか、居場所そのものがなくなってしまう……」


美香は再びサジタリウスの屋台を訪れた。


「ドクトル・サジタリウス、この箱は確かに負担を減らしてくれました。でも、それと引き換えに、私自身の価値まで失ってしまった気がします」


サジタリウスは静かに頷き、答えた。


「人は時に、自分の求めるものと本当に必要なものを混同します。あなたが本当に欲しかったのは『負担を軽くする力』ではなく、自分の努力を正当に評価される環境だったのではありませんか?」


美香ははっとした。


「じゃあ、どうすればいいの?」


「今からでも遅くありません。自分の価値を取り戻すために、周囲に自分ができることを示し続けてください。あなたの本当の居場所は、自分で作り上げるものですから」


その日以来、美香は少しずつ自分の力で信頼を取り戻す努力を始めた。


以前よりも冷静に仕事を選び、無理な要求には「それは難しい」と断る勇気を持った。

一方で、自分の得意分野では積極的に意見を出し、周囲を支える役割を果たしていった。


数か月後、美香はふと同僚との会話の中で小さく呟いた。


「負担がなくなることより、自分が必要とされる方が、ずっと幸せなんだな」


サジタリウスは遠く別の路地で次の客を待ちながら、静かに微笑んでいた。


【完】

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