3-18 敵との不意を突きたいのなら遠くから攻撃するとよいbyそこら辺の子供
本日二話目
どや
多戸村の言葉に、艦橋のあちこちで小さな苦笑が漏れた。
張り詰めた空気の中で、その一瞬だけ人間らしさが戻る。
「慣性制御、最終補正入ります」
「重力固定、誤差ゼロ」
「機関、限界値突破……数値、正常です。頭おかしい性能ですねこれ」
誰かがぼそりと呟き、別の誰かが鼻で笑った。
前方スクリーンでは、星々が線となって引き延ばされ、やがて“景色”という概念そのものが崩れていく。
光が光でなくなり、距離が距離でなくなる領域。
人類が本来立ち入るはずのなかった速度域だ。
「艦長、星系外縁に重力異常反応」
航法士の声が一段低くなる。
「向こうも、ただ待ってるわけじゃないってことか」
多戸村は肘掛けに手を置き、わずかに力を込めた。
「――だが、引き返す理由にはならん」
艦橋の後方、外交官用区画の方向に一瞬だけ視線をやる。
今頃、鷹宮たちは無言で座り、同じ星を思い描いているはずだ。
銃口を向けられた相手と、言葉を交わすために。
「残り10秒」
カウントダウンが始まる。
9、8、7――
船体が低く唸り、空間そのものが軋む。
「……来るぞ」
誰かが呟いた。
0。
次の瞬間、宇宙船《絆》は光の向こう側へと跳躍した。
外交と軍事、そのどちらの失敗も許されない場所へ――。
テラーズ星・軌道防衛管制局。
その夜――いや、彼らの感覚では「通常警戒時間」と呼ぶべき周期に、異変は起きた。
「……待て」
管制官の一人が、半歩椅子から身を浮かせた。
目の前の重力探知盤に、あり得ない数値が一瞬だけ走ったからだ。
「今の、見たか?」
「ノイズだろ。最近この宙域――」
言いかけた言葉が、途中で途切れる。
警報が鳴った。
甲高く、断続的で、訓練用ではない“実警報”の音だった。
「未確認重力反応、複数!
軌道外縁、距離……距離計測不能!?」
管制室が一気に騒然となる。
表示盤には、突然“空白”が生まれていた。
そこにあるはずの何もない宙域が、まるごと塗り潰されたかのように、センサーが機能していない。
「映像、出せ!」
「無理です!光学も歪んで――」
次の瞬間。
“それ”は現れた。
空間が裂けるように、星のない場所に影が浮かぶ。
一つではない。
二つ、三つ……いや、数えきれない。
「……艦隊?」
誰かが、震える声で言った。
巨大な船影。
それらは整然とした間隔を保ち、まるで最初からそこにいたかのように、静止している。
いや、静止しているのではない。
完璧に制御された速度で、ゆっくりと前進している。
「識別信号、なし……!」
「いや、待て……これは――」
別の管制官が、解析結果を見て息を呑む。
「これは奇襲じゃない……
“正面から来ている”」
その言葉が、管制室の空気を凍らせた。
「正面から?こんな距離に、こんな数が、どうやって……」
「ジャンプ痕がない。通常航行でもない。
……いや、航法理論そのものが違う」
上層階への直通回線が、立て続けに開く。
「防衛評議会に即時通達!
未確認艦隊、規模――推定国家戦力級!」
「艦隊砲、起動準備!」
「迎撃機を――いや、待て!照準が合わない!」
管制室の誰もが理解し始めていた。
これは“防げるかどうか”という段階の話ではない。
そのとき、別のモニターが新たな情報を吐き出した。
「通信波、検出!」
「翻訳回路、急げ!」
雑音の向こうから、規則正しく整えられた信号が流れ込む。
脅迫でも、挑発でもない。
あまりにも冷静で、整然としたフォーマット。
「……国家識別、解析完了」
管制官は、喉を鳴らして読み上げた。
「――日本、相手は日本国と言っています…」
その瞬間、管制室の誰もが動きを止めた。
日本。
どこだ?
まさかプライムスか!??
ならば、近年もっとも“正面衝突を避けるべき”と評価されていた文明圏。
しかも――。
「先頭艦、外交船籍……?」
「軍事艦隊が、外交船を守っている……?」
理解が追いつかない。
だが一つだけ、全員が直感的に悟っていた。
これは侵略ではない。
だが、拒絶すれば――戦争になる。
管制局長が、ゆっくりと立ち上がった。
「……全局員、冷静に行動しろ」
その声は震えていない。だが、強張っていた。
「迎撃準備は凍結。
同時に、最高評議会へ緊急招集を要請する」
再びモニターに視線を向ける。
そこには、なおも静かに進む日本艦隊の影。
銃口を下ろしたまま、それでも“撃てる距離”に踏み込んでくる存在。
テラーズ星は、この瞬間初めて理解した。
――相手は、話し合いに来た。
だが、話し合いを断る自由は、もう彼らに残されていない。




