第八話 燃える思い
稚拙な文章ですが、よろしくお願いします!
戦士の盗賊は絶え間なく激しく斬りかかってくる。一つ一つがこれまでの経験を表すように、重く、鋭い。ハゲ教官ほどではないが、一つ一つの動作が踊りをしているように繋がっており隙がない。
(それでも!!!!受け切れる!!!)
俺が模擬戦を訓練していたのは守りの構えだ。アイビーに『亀の戦法』とまで呼ばれた俺のスタイルは、円盾を前に突き出し、自分の体を隠すように構える。
そうすると相手は俺の体で狙える部分が少なくなる。相手が俺に攻撃を与えるには技術で俺を崩すか、力で強引に盾を突破するしかない。
盗賊の男は力はあるが、ハゲ教官ほどではない。技術もあるが、盾を崩せるほどではない。モンスターは盾を使わないから、慣れていないのもあるだろう。
「『突き刺し』ぉぉぉぉぉぉ!」
「っち、鬱陶しい」
たまに盾の陰から繰り出される俺の突き。スミレが教えてくれた俺の技術は真価を発揮している。『受け流し』がうまくいかず、崩されそうな時に一旦体勢を整える時間を与えてくれる。
「どうした、どうした!さっさと俺を殺してみろ!」
「黙れだまれえええ!その口切り裂いてやる!」
さらに動きが単調になってくる。戦いが均衡してくると、冷静に頭が動き始めると、俺が戦えている理由がわかってきた。
一つ目は俺が守りの構えを訓練していたこと。もう一つは相手のブランク。仲間を殺された後、長らく戦いから身を引いていたのだろう。
何回か危ない場面があったが、俺に傷を与える場面を逃している。そして、それはおそらくブランクだけではない。
「ふっっっっっっ、どっせい!」
「ぐうううう、それは効かんと言っただろう!」
ただの牽制に振られた『突き刺し』。全く力が乗っておらず、革の鎧にあたっても貫けないだろう。それでも男は大袈裟に後ろに下がり、避ける。
俺はできたスペースを自分から詰めて、『盾の強打』を放つ。男は先ほどと同じように、肩当てで威力を殺してくる。
しかし、今度は押し返されることはなく。相手を弾き飛ばすことに成功する。
(やっぱりだ、間違いない)
肩で息をして、呼吸を整えている男をじっと見つめる。突然攻撃をやめた俺に怪訝な表情をする。
「お前、元戦士だろ?」
「なっっ!!」
「やっぱり図星か」
俺の言葉に目を大きく見開く戦士の盗賊。いや、元戦士の盗賊と言った方がいいか。
「証が無くなったのは、恋人が殺された時か?」
「・・・・・・・・・」
タリアさんが動きがぎこちないと言ったのは、証がないせいだろう。盗賊の元戦士はこちらを睨みつけるだけで、全く話そうとしない。
「さっきから違和感があったんだ。俺たち戦士は戦いの匂いがわかる。どの攻撃が危険かとかな。お前の攻撃は全部力強くて、鋭い。全部危険だって証が言ってるぜ」
「・・・・・・・・・・」
「けど、それはお前も条件は同じだ。俺の攻撃のどれが危険かわかるはずだ。けど、お前の様子がおかしかった。俺の全く力の入ってない『突き刺し』に怯えて防御する。どう見ても、わかっていない」
「・・・・・・・・・・」
「お前、戦神に見放されたんだな」
「・・・・・・・・・・」
俺の推測があっているかのように、俺を睨みつけてくる。圧倒的に経験が足りていない俺が善戦できている最大の理由がそれだ。
「戦士とか言ってたのに、なんだ。嘘じゃねえか、元戦士じゃねえか」
「黙れ黙れだまれえええええええええ」
元戦士の男は再度俺に斬りかかってくる。訓練や数々の戦闘によって染み付いた技術の数々。やっぱり強い。この人がいたパーティがどんだけ強かったのか、想像がつく。
「全部、見習いの少年の言うとおりだ!私は戦神に見放され証を失った。宿で震えて泣いている時に、ふと気づいたよ。全部無くした私にまだ失うものがあったのかと愕然としたよ!私も盗賊なんてやるつもりはなかった!けど、もう戦えないんだ!他種族やモンスターと戦う時、手が震えるんだ。証がなくなって、初めて気づいた戦いが怖いってことに!もう盗賊をするしか、生きていけなかったんだ!」
男の思いに共鳴するように、激しくなる攻撃。斬り払い、突き上げ、袈裟斬り、全てが俺に致命的な傷を負わせるだろう。俺はそれらの軌道上に立ち、『受け流す』。
「私の攻撃を!受け流すことができるのも証のおかげだ!お前も証が無くなれば、どうせ戦えなくなる!」
「違う!!」
「なんだと!?証があるくせになぜ分かる!この心細さが、この恐怖が!」
「お前はただ心が折れただけだ!お前の弱さが出ているだけだ!」
「うるさい!私は戦える!!」
俺の言葉に動揺したのか、一際大振りになった斬り払い。この戦いの中で一番単調だ。俺は盾を剣の軌道上に乗せ、滑らせるように受け止める。自分の攻撃の勢いに男の体は流れていく、隙だらけだ。
俺は男の剣を持っている手に『突き刺し』を放つ。
「うぐああああああああああ」
右手は普通の革の籠手であったのか、俺の片手剣は上腕に深く突き刺さった。盗賊の元戦士は痛みのあまり剣を取り落とす。俺はそれを蹴飛ばし、相手の首元に剣を突きつける。
「俺の教官は、証なんかなくても、もっと強い」
「なんなんだよ、そいつは・・・・・・」
「ハゲで年寄りで、誰よりも心が強い戦士だよ」
俺の言葉に、盗賊の元戦士は膝をつく。左手で右腕を押さえ、うずくまり始めた。決着だ。
「わかってた私の心が弱いことなんて、盗賊になっても仲間のアイツが人を殺してるのをただ見てるだけだった。自分では殺せない臆病者。アイツが私を仲間にしたのも、扱いやすい駒だからだろう」
「・・・・・・・」
「わかっている。殺してないからって言い訳はしない。アイツを止めれてないなら、私も同罪だ」
顔を上げた男の顔は少し生気が戻っているような気がした。相変わらず頬はこけ、目に力はないが何か憑き物が落ちた顔をしている。
「少年、私はここでお前を逃げずに待っている。あのお嬢さんを助けるんだろう?行け」
「信じていいのか?」
「ああ、見習いの少年と戦って心が晴れたような気分だよ。もう俺の人生はここまででいいだろう」
「・・・・・・・まだ人を殺してないなら、なんとでもなる」
「ふふ、慰めてくれるのかい?さっきまで君を殺そうとしていた私を」
「あんまり殺気なかったと思うがな」
こいつが俺の急所を狙っていたら、勝負はもっと別のものになっていただろう。
「私の心配より、自分の心配をしなさい。アイツは強いぞ。南方で金貨をかけられるぐらいの賞金首だ。私と違って、殺すことに躊躇もしない」
そうだった。タリアさんを助けに行かないと!こいつはなんか逃げなさそうだし、置いて行ってもいいだろう。また逃げても、俺に負けるぐらいだ。すぐ捕まるだろう。
俺はこいつに背を向け、きた道を戻ろうとする。
「待て、少年」
「なんだよ、俺は急いでいるんだ」
「これを持っていけ、黒鋼大蛇の鱗でできた肩当てと籠手だ」
そう言って、元戦士の盗賊は立ち上がり肩当てと籠手を外し始める。そして、無造作に俺に近寄ってくる。
「私と少年の体格はそう変わらない。今すぐでもつけれるはずだ」
「でもいいのか?」
「ああ、アイツとの戦いでも役に立つはずだ!」
確かに俺の盾の強打を何度も防ぎ、『突き刺し』も全く効かなかった。強力な防具だった。そんな防具があれば、心強いだろう。
俺の防具は所詮、支給品の革鎧に鉄の胸当てだしな。腕とか服が丸出しになっている。くれるなら、もらっておこう。
「遠慮なく、もらっちゃうぞ?」
「ああ!私にはもう必要ないものだ」
そう言って疲れきった笑顔で俺に手渡そうとしてくる。その時だった。俺に防具が手渡される瞬間のことだった。こいつの手が揺れた。
「がはっ」
「え?」
何が起きたんだ。雨とは違う、少し温かい液体が俺の顔につく。前を見る。元戦士の体から矢が生えている。背中の方から、ちょうど右むねの中央を貫通している。なんで・・・・・・・・・・・。
「あっ、っっっっっがは、ぐふ」
放念していた俺だったが、時は止まらない。それからも元戦士に立て続けに矢が打ち込まれる。
左胸、左肩。ちょうどさっきまで肩当てがあったところだ。どう見ても致命傷。助からない。
「ははは、見習いの少年よ。どうやら私はここまでのようだ」
「どうして・・・・・」
俺は目の前の光景を受け付けることができない。ドサリと元戦士の体が地面に倒れる。立っていられなくなったようだ。顔だけこちらに向けながら、俺に話しかけてくる。
「少年、それは私が仲間と一緒に作った防具なんだ。仲間たちとのただ一つの繋がりなんだ。少年が使ってくれ・・・・私の人生の証を・・・」
そう言って、元戦士は話さなくなった。首に力がなくなり、ダラリと頭が下がった。
「おい、嘘だよな!返事しろよ!!おい!!」
もともと生気のない顔だったが、今はそこに青白さが加わって死人のような顔をしている。けど、どこか晴々とした顔をしている。まだ体は暖かい。雨がどんどんその熱を奪おうとしてくるが、まだ温かい。さっきまで生きていたん証だ。いや、まだ生きているはずだ。
俺は心臓に耳を当てる。革鎧が邪魔だ。全く心臓の音が聞こえない。脱がせようとするが、うまくいかない。まだこれからだろ、お前の人生は。戦えなくても、生きていけるはずだ。勝手に死ぬな。
「少年!大丈夫だった?」
その呼び声に俺はこいつが生き返った気がして、顔を上げる。竹の林をかき分けて出てきたのは、タリアさんだった。顔に切り傷が多くあり、ローブもボロボロだ。
無事だったんですね、よかったです、俺は無事です、助けに行こうとしていたところです。どの言葉も音にはならず、吐く空気が漏れるだけだった。俺の目はタリアさんが持っている弓に釘付けだった。
「よかった、なんとか間に合ったみたいね」
俺の手はもう動かなかった。元戦士の体は冷たくなっていた。
あれから、タリアさんと一緒に会頭とセージさんの元へ戻った。もう雨は止んでいた。
「おー、遅かったな?ん?何かあったのか?」
「盗賊が二人いたわ、一人は殺したけどもう一人は逃したわ。死体は林の中」
「タリアが逃げられたのか?」
「悪かったわね。普通に強かったわ、まあ雨じゃなかったら仕留めてたわ」
セージさんが帰ってきた俺たちを見て、声をかけてくる。傷や泥に塗れている俺たちの姿を見て、少し焦ったような顔をして近寄ってくる。会頭も何かを考え込んでいる。
「タリアさんから逃げ切りますか、それは腕利きの盗賊ですね」
「都の守備隊に言って、見回りを強化したほうがいいと思います」
「まあ、危険がなくてよかった。アレクもよくやった!」
「・・・・・・・・・・・・はい。」
「どうした、アレク?」
セージさんは俺の様子がおかしいことに気づき、声をかけてくれる。けど、俺は自分がなんでこんなに動揺しているのかわからない。思ったより奴に同情していたのか、情がうつったのか。
俺の腕の中には奴が残した肩当てと籠手がある。何も言わない俺に気を使ったのか、タリアさんの方に顔を向けるセージさん。タリアさんはそれに肩をすくめて答える。
「セージ、私たち疲れたわ!今日はあなたが見張りして」
「おう!それはいいんだが・・・」
「少年も今日は休みなさい?初めての体験で動揺しているわ」
「いえ、寝れる気がしないので俺も見張ります」
「そう、私は寝るわ」
そう言って、タリアさんは竹を背に地面に座り込み目を瞑り始めた。
「すいません、私も寝させてもらいますね。セージさん、あとはよろしくお願いします」
「はい!」
会頭もテントに入って眠りについた。残された俺はセージさんに焚き火の前に連れてこられた。少し太めの薪の上に腰を下ろすセージさん。俺もセージさんに座れよと勧められて、隣に座る。
「人が死ぬのを見るのは初めてか?」
「はい・・・・・初めてでした」
「そうか」
セージさんはそれ以来何も言わない。俺もセージさんに話しかけることなく、黙って火を見つめる。火を見つめていると心が落ち着いてくる。
どうして俺の心はこんなに揺れているのだろう。名前も知らない敵同士で出会った男の死に動揺しているのだろう。初めて目にした人の死に怖がっているのだろうか。しっくりこない。
ゆらゆらと燃える火が地面を照らす。パキッと薪の中の水が弾ける音がする。セージさんが薪を加える。脆くなった炭が崩れ、新しく入れられた薪の下敷きになる。
「あいつは多分、悪い奴じゃなかったです。剣筋に迷いもあったし、人を殺せる奴じゃなかった」
「ん?」
「殺された盗賊です」
セージさんは何も言わない。俺から話すのを待ってくれているみたいだ。その距離感を心地よく思いながら、俺は自分の思いを吐露していく。
「いつかは人を殺していたと思います。でも、殺さなかった。殺す前に戻ってこれたんです」
「そうか」
「タリアさんが間違っているとは思いません。俺も助けに行ったら、間違いなく後ろから刺しています」
セージさんがこちらをじっと見つめてくる。全てを受け止める瞳だ、多分この人も同じような経験をしているんだろうなあ。セージさんに話しているうちに、自分の気持ちがわかってきた。
「俺にとって、アイツはもう守るべき存在だったんです」
「守る・・・・?」
「はい、アイツの心は戦いから遠ざかっていました。俺の中で戦士はそんな奴を守る存在なんです。戦えない奴を背中に守って、死ぬ時は一番に死ぬ。それが戦士です」
「ふふ、器がでかいな。戦った相手を守るか」
「だから、俺はアイツが死んだ時守れなかったって動揺したんだと思います」
きっと俺の心の動揺は、守れなかった自責から来ている。甘いだろうか。そんなものわからない。けど、戦士を目指すなら何もかも守らないと。俺はそう思う。
「アレクは大変だな!守ったものから背中を刺されるかもしれないぞ」
「俺が信じた奴に刺されるなら、きっと事情があるはずです」
「ははははっははは、本当にでかいやつだ!俺が初めて人を殺した時は、ずっと言い訳をしていたぜ。殺したのも仕方ないって」
「俺が直接殺してないからじゃないですか?」
「いや、きっとアレクは同じ結論を出しただろうな。目を見たらわかる」
そう言って、セージさんはまた新たに薪を投げ入れる。また今度は炭が崩れなかった。新たに加わった薪の重みに耐えながら、必死に発火している。
「セージさん、俺はもっと強くなります。背中から刺されても守れるように」
「いい顔になってるぞ、アレク。お前の未来が楽しみだ」
自分の顔をペタペタ触る。何か変わったのだろうか。特に何も変わった気もしないが。
「気持ちの問題だ。実際の顔じゃない。帰ってきた時のお前は何か迷ってるように見えたぞ」
「そうですか?」
「今は目に力が入っている。俺は好きだぜ、その目。燃える思いが目に出てて」
セージさんが笑いながら言ってくる。燃える思い。アイツの中にもあったんだろうか、燃える思いは。
「もう寝たほうがいいぞ、アレク。気づいてないだけで疲労が溜まっている。見張りは俺がやる」
「そうですね、お言葉に甘えます」
「おう、よく寝ろよ」
俺はそのまま焚き火の近くで横になる。セージさんが厚めの布を渡してくれる。ありがたい。だいぶ地面の硬さがマシになった。これなら寝れそうだ。
「おやすみなさい、セージさん」
「おう」
「ありがとうございました、タリアさん」
「くくっ、タリアが心配して狸寝入りしてんのバレてんじゃねーか」
「うるさいわね、寝れないだけよ」
俺は二人の言い争う声を聞きながら、目を閉じる。今日も色々あった。明日もまた頑張ろう。
━━〇〇〇〇〇〇━━
顔に当たる日の光に眩しさを感じ、目が覚める。
「おっ、目を覚ましたな。よく寝てたな」
「おはようございます、それと見張りありがとうございます」
固まった上体を伸ばすと、パキパキと音が鳴る。俺は一晩中警戒を続けてくれたセージさんにお礼を言う。セージさんは、起きかけでまだ目覚めていない俺に白湯を渡してくる。
「ありがとうございます」
「ここら辺は本来治安がいいんだ。水の都があるから、見回りが徹底されているんだ」
だから暇だった、と言葉をこぼすセージさん。他の地域じゃそうはいかないらしい。南の地域では毎晩盗賊が出てくるらしい。南の地域ほどじゃなくても、盗賊はいるしモンスターの襲撃もあるそうだ。
「今日も頑張りましょうね」
「んんー、いい天気ね」
会頭とタリアさんも起き出してきた。みんな出発の準備をし始める。体の調子を確かめながら、体の固まりをほぐしていく。徐々に体が温まってきた。よし、いつでも行ける。
「それでは行きますか」
「「「はい!!」」」
会頭の言葉に歩き始める俺たち。俺が身につけた黒色の肩当てと籠手に、上り始めた朝日が反射していた。
水の都まであと少しだ。
読んでいただきありがとうございます!また次話もよかったら読んでください!