第四話 戦いの終わり、戦士の休息
目を閉じて、死神の鎌を受け入れようと思っていたが全く迎えに来ない。人の覚悟をなんだと思ってんだ。とことん舐めくさりやがって。何してんだこのボケ豚がと目を開ける。
目に入ってきたのは、でっかい背中だった。今日の訓練で何度も頼りになった、でっかいでっかい戦士の背中だった。
「サンス!!!!!!」
「・・・・・遅れてすまない」
サンスが盾で豚人の巨体を押し返している。豚人に負けないサンスの巨体から繰り出される盾強打に、たまらずたたらを踏む。
「私たちも来たわよ!!」
「もう探したよー」
よろけた豚人に鋭い連撃が叩き込まれる。何度も何度も見てきた惚れ惚れするような連携だ。
助けを呼びに行ったんじゃねえのかよ、、、、
「一人で戦うなんてバカね、私たちも戦士なのよ、あなたを見捨てて行けるわけじゃない。」
「サンスが早く目覚めてよかったよー。アレクを探すのに手間取ったけどね」
「それにあんたを見捨てたとなったら、戦士の証が消えちゃうかもでしょ」
そういえばそうだった。あの時は一人で戦うのが一番だと思ったが、俺の死はこいつらの証の消失に繋がったかもしれない。死んでさらに迷惑をかけるところだった。
戦士が不人気な理由がここにきて実感できた。
「血だらけじゃない、あのはぐれ。よく一人で傷をつけたわね」
「本当だー、やっぱりアレクはすごいよー」
「・・・・・よく耐えた」
人数が増えたこちらを警戒し、中腰に棍棒を構えたまま動かない豚人を観察しながら俺たちは会話を交わす。奴が目の前にいるのに、不思議と先ほどまでのヒリついた緊張感を感じなかった。
「けど、勝てなかった、、、」
「そりゃそうよ、人間の武器は技術と」
「連携だよ!」
「・・・・・・・・(コクリ)」
勝気な笑顔を浮かべるアイビーと快活な笑顔を浮かべるモミジ。サンスも言葉はないが優しい笑顔でこちらを見つめてくる。
「さあ、全員揃ったところで人間の強さをあいつに見せてやりましょ!」
「やりますかー、四人揃ったら負けないよー」
「・・・・・・・やる」
「動ける?アレク」
体はまだ痛むが、それより奴との決着をつけたい気持ちで溢れていた。今なら痛みも忘れられる。
こいつらとならどこまでも戦える。戦士の証が今までにないぐらいに赤く光り輝き始めた。
「やるぞ!!」「やりましょ!!」「やろっかー」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
俺たちは四方から奴を囲むように動き出す。サンスが『戦士の雄叫び』戦士の雄叫びを繰り出しながら奴に近づく。そんな声も出るんだな・・。
戦士の雄叫びは、味方に高揚感をもたらす。奴に近づく。奴は近づかれるのを嫌がり、棍棒を横凪に振り払う。サンスはしっかり肩幅に足を開き、横から来た棍棒を斜め下から盾でかち上げる。
次は俺らの出番だ。サンスが相対している間に三方向から距離を詰め終わり、攻撃を叩き込む。
「あなたの今の鼻、ちょっと好きよ。赤色好きなの、私」
「知ってる?動物の解体は肛門から始まるときもあるんだよー」
「ブモォォォォォォォォォォォォォ、ブモォォォォ!!」
アイビーが俺がつけた鼻の傷をさらに広げるように、突きを放つ。奴はたまらずのけ反り、タタラをふむ。
俺たちの攻撃は止まらない。モミジは背後から気配を消す様に近づき、奴の腰蓑の隙間に狙い定め下から短剣を突き刺す。
うわうわうわ、その攻撃はエグい。モミジって攻撃に躊躇いがなさすぎて怖いんだよな、虫も殺さない顔してんのに戦士だ。
「さっきのお返しだ、ボケがああああああ」
モミジの突き上げを急所にくらい、痛みに悶えている奴の胴に剣を叩きつける。腰だめに構えた剣が余すことなく力をつたえ、奴を吹き飛ばす。効いている、踏ん張りもきかずに俺の攻撃でさえ奴を吹き飛ばすことができた。
「今度はお前が、転げ回れ!」
やり返した爽快感を胸に、またも違いを実感する。今度は俺も連携についていける。今日一度でも参加することのできなかった連携に俺も混じれている。アイビーやモミジのやりたいことを感じ取れる。
戦いの空気とでもいうべきか、サンスが作り出した隙を見逃すことなく、攻勢に転じることができた。
「いける、いけるぞ!!」
「アレクのおかげで私でも攻撃できる」
「弱点もしっかりあるみたいだよー」
「・・・・力も出てない」
奴の飢餓状態は本来の豚人の力を発揮させていない。
奴の吐き出す息が、荒く大きくなって俺たちの耳を揺らしている。確実に有利なのは俺たちだ。
「油断せずにいこうー、僕たちならやれるよー」
いつでも穏やかなモミジの声が聞こえてくる。サンスが俺たちの前で盾を構え、迎撃の体制を整える。俺とアイビーもいつでも動けるように姿勢で待つ。
「ブィ、ブヒィ、ブヒィッッッ」「ブモブモォォォォォォォォォォォォォ!!!」
確実に限界が近いはずなのに、全く近づけない。肩で息をし、顔から大量の血が流れ落ち、腕と脚の細かい傷からも血が滲んでいる。戦い続けた疲労も加わり、満身創痍なはずなのに、奴の纏う気配に気押される。
ハゲ教官も纏っていた気配だ。濃厚な死の匂いを撒き散らし、ここからが本番だとばかりに咆哮を響かせ、こちらに近づいてくる。
「ブモォォォォォォォォォォォォォブモォォォォォォォォォォォォォ!!」
「・・・・・・・・・・!!!!」
「「サンス!」」「よそ見するな!」
奴が振り回す棍棒を受けたサンスは堪えきれずに、横合いに吹き飛ばされる。アイビーとモミジがサンスの安否を確認する。奴は命をかけて、目の前にいる。今のやつにその余所見は命取りだ。
「だらああああああああ」
「ブッヒィ、ブルァァっぁぁ」
俺はサンスが抜けた穴を埋める様に前に詰めて、剣を振るう。
奴も仇敵に会ったかのように眦をつり上げ、咆哮を上げる。俺の剣をやつは体で受け止める。
「なっ!?」「ぐはっっっ」
多少の傷をものともしない奴の行動に意表をつかれ、もろに奴の左拳を喰らってしまう。咄嗟に間に剣を滑り込ませたが、威力を殺しきれず吹き飛ばされる。
「はあああああああああ!!!」
「動物の最後は怖いねー」
俺が吹き飛ばされた後に、左右から挟撃を仕掛けるアイビーとモミジ。同時には対処できなさそうな鋭い連携にも奴は棍棒を薙ぎ払う。
「なっ!?うっっ」
「いったーい」
完璧に見えた二人の連携もたったの一振りでまとめて吹き飛ばされる。でも十分だ、俺とサンスが体制を整える時間を作ってくれた。
「気をつけろ!明らかに力が上がってる!正面から攻撃を受けちゃダメだ!!」
「・・・・・・・(コクリ)」
全身の筋肉が躍動し、血が溢れるように吹き出している。明らかに命を賭け、こちらの命を狙っている。命の代償は、間際の馬鹿力か。とことん、豚人の強さに嫌になる。痛む体に鞭を打ち、俺から仕掛ける。注意を俺に向けなくては。
「サンス!お前が決めろ!俺じゃ決め切る力がない」
「・・・・・」
俺はトドメの役割を一番力が強いサンスに任せる。言葉はないが、サンスが機会を伺っているを感じる。後は俺が隙をつくるだけだ!
俺は土を掴み取り、奴に駆け出す。奴も俺のことが一番憎いのか、こちらに向かってくる。俺の命を奪わんと狙ってくる血走った目にめがけ、土を投げつける。奴は反射的に目を瞑り、俺から視線を切る。
「その棍棒、邪魔なんだよ!!!!!」
俺は奴から棍棒を手放させるために肩を斬りつけまくる。上手く斬れたのかはわからない。俺の執念のおかげかやつは手放した。棍棒さえなかったら、お前の攻撃で死ぬことはない!
俺はそのまま奴に張り付き、力の限り剣を振るう。小さな傷をつけ続ける俺に、奴は怒りのまま拳を振るう。
「ブモォォォォォォォォォォォォォ!!」
「あぐっっ」
それでも衰えない力で繰り出される拳打に、俺は吹き飛ばされる。奴はもう俺しか見えていないかのように、こちらへ近づいてくる。俺を殺さないと怒りが収まらない様子だ。
「すげえ、強かったよ。けどか勝つのは俺たちだ」
「ブモォォォォォォォォォォォォォ!」
あいつは拳を振り上げ、尻餅をついている俺の頭めがけ振り下ろしてくる。
それが当たったら、俺の頭は弾け飛ぶかもな。けど、その拳は当たらない。俺はもう感じてる。
「・・・・・・・・・!!!」
「ブヒィィィィィィィィィ」
背後から近づいてきたサンスが後ろから、奴を突き刺す。サンスの力で繰り出された剣は、奴の表皮と硬い筋肉を貫通する。終わりだ。
一際甲高い悲鳴を響かせた豚人は、ゆっくり地面に崩れ落ちる。そして、そのまま動くことはなかった。
「俺は戦士だったかな、、、、、、、、、、」
心配そうに駆け寄ってくるサンスやアイビー、モミジの姿が見えるが体に力が入らない。やっと思い出したかと主張し始める痛みと疲れから、俺は意識を手放した。あとは、まか・・・・せ・・・る・・
━━━〇〇〇〇〇〇〇〇━━━
「またこの天井か、二日連続だな」
俺は体を優しく包むベットの感触に、救急所で寝ていることを理解する。
だんだん意識が覚醒してくる、確か俺は、ガベラの森で訓練中だったはずだ。
「ハッ、あの豚人はどうなった!?三人は、あぐっっっ。いてぇぇ」
意識を失う直前のことを思い出し、勢いよく体を起こそうとしたが、激しくなり始める痛みのシグナルに断念する。体をよく見ると包帯がまかれてる。誰かが処置してくれたようだ。
「あんまり寝ても怪我治ってないような・・・・。戦士って丈夫にできてんじゃねえのか?」
俺は体の調子を確かめるように、体を動かす。けど、豚人の攻撃しこたま喰らって動けてる自体すごいのか?
しばらく体を伸ばしていると、救急所の扉が開く。ハゲ教官が入ってきた。
後ろにアイビー、モミジ、サンスもいる。皆、無事だったんだな。よかった。
「もう動けるようだな。怪我の治りが普通の戦士より早い。肋骨にはヒビ、出血多量、熱を出して寝込んでいてもおかしくない」
「ちょっと。大丈夫なの?」
「おー、元気そうだねー」
「・・・・・・・・」
やっぱり怪我が治っているのか、そういえば、戦いの最中ずっと戦士の証が熱かった気がする。傷の治りを早めていてくれたのかもしれない。
「俺が気絶してから、どうなったんだ?」
「サンスがアレクを背負って、教官のところまで戻ったんだー」
「そしたら、待機場所も大騒ぎだったのよ」
サンスが俺を背負って、運んでくれたのか。戦闘の後始末を全部押し付けて、申し訳ない。
「お前ら以外の小隊も、豚人族と接敵してな。それの対処で追われてたんだ」
「なっ!大丈夫だったのか?死人は出ていないのか」
「剣の上手い見習いが、豚人の脚の腱を斬り飛ばして撤退してきた。だから、全員無事だ」
俺の頭にスミレの姿が思い浮かぶ。やっぱりすごいな、あいつは。俺なんて死ぬ気で斬っても、小さな傷しかつけれなかったのに。
「今までこんなことは起きてない、豚人の集落を追い出されたものは普通人間の街の方向へ近づかない。危険度の高いガベラの森の深部を突っ切ることになるからな」
「浅いところを行き来したんじゃないのか?」
別に深いところを行かなくても、浅いところをぐるっと近づいて来れそうな気がする。そんな簡単な話じゃないのだろうか。
「それは無理だ。ガベラの森浅部は火龍の山で断たれているからな。人間が住む集落に近づくには、西の平原を通ってくるか、深部を無理やり進むしかない」
「ここからでも見える大きい山があるでしょ?あれが火竜の山よ、あれのおかげで豚人は森から私たちの住むところには来れなかったわ」
「山を登ってきても火竜がいるらしいしね」
でっかい山があるなしか思ってなかったが、あそこに竜がいるとはな。確かに訓練の時も、活動範囲を山の麓とか決めていた気がする。
「それにまだおかしいことがあるんだー」
「そうなの!私たちが撃退した豚人の歯が全部なかったのよ!!」
「歯が?どういうことだよ、それ」
歯がない?だからアイツは痩せてたのか?十分にモノも噛めなかったら、食べ物もだべれないだろう。丸呑みするわけにもいかないしな。
「わからないわ。今まではぐれが討伐されたことはたくさんあるけど、歯がないなんて聞いたことないもの」
「豚人の掟も破ったやつは追放されるだけだ。もしかしたら、大きな罪を犯したものだったのかもな」
それか、何か豚人の集落で変化があったのかもしれないな。ハゲ教官はそう付け加える。
「まあ、なんにせよお前たちはよくやった。しっかり今日は食べて休め。あとで配給を持って来させる。」
「今日はここで寝たらアレク?部屋のベットと違ってふかふかしてるしね!」
「しっかり体を休めた方がいいよー、すごい怪我だったんだからねー」
「んじゃあ、そうすっかな」
「・・・・・・・・・・(コクリ)」
教官たちが去った部屋は元の静けさを取り戻す。はぐれ豚人が二匹か、、、、、、、
けど、誰も死ななくてよかった。俺はバフン、と体をベットに倒す。自分の掌を頭上にかかげ、じっと見つめる。
「ギリギリの戦いだったな・・・・・・・・」
けど守り切れた。勝ったんだ、アイツに。俺は拳を握りしめる。
確かな充足感と少し残る疲労感に身を任せ、目をとじた。もう少し眠ろう、また明日から訓練だ。
今度は一人でもみんなを守れるように、強くならなくちゃ。