プロローグ 誓いを立てて
何の変哲のない日 ある少年の運命が決まった日である。
「やっとかーーー、これで俺も戦士か!」
「何言ってんの?まだ決まったわけじゃないでしょ?勤め手になるかもしれないんだから、今から期待してたら損よ」
生まれた頃からずっと一緒にいるエンジュが、俺に少し注意するような口調で言ってくる。
「それに戦士なんて良いもんじゃないわ?」
俺たち人族の若者たちは15歳になったら、自分の適性を調べることになる。そこで自分の適性を知り、さらなる修行を積み多種族との戦争に臨むことになる。
有名なのは、積極的に人族を襲ってくる西の豚人族や北の鬼人族だろう。
適性は五つ、戦神、武神、人神、霊神、天神の中から選ばれる。教会の中にある五つの像に祈ると、頭の中に自分の適性が授けられるらしい。大抵の人間は人神と武神の中から選ばれる。
次に宝神と天神に選ばれた人が多くなるが、戦神に選ばれた人はもっと少ない。この街からはもう五年出ていないとか。
「俺は戦士になりたいんだよ!なんか武神は違うんだよなー」
「ふーん・・・・。まっ、私は人神に選ばれて平和に暮らせればいいわ」
エンジュとあーだこーだ言い合っているうちに、通りの右手に石造りの建物が見えてきた。天に向かって祈る女性像のレリーフが象徴的な建物、人神教会である。
「何回目だよ、この建物に来んのも」
「あんたが15歳まで待てずにきてただけでしょ。普通の人は月に一回のお祈りしか来ないいんだから」
俺らは備え付けられている木造の扉を開いて、中に入る。天井に近い窓から降り注ぐ日光が、神聖な雰囲気を醸し出す。中には、祈りを捧げている男性の教父と女性の助祭がいた。
「よーーーーーす、適性もらいにきたぞ!」
「ねえ失礼でしょ、アレク。教父様、助祭司様、今日はよろしくお願いします」
俺たちが声をかけると、中年の教父が優しげな顔をむけてきた。小さい頃からの顔見知りだからな。
「いよいよ今日ですね。アレクとエンジュも大きくなりましたね」
「二人が適性の儀を受けるって感慨深いですよー」
若い女の助祭司が、のんびりした口調で付け加えてくる。この人の授業めっちゃ眠くなるんだよな。今日も適性もらう前に眠っちゃうかもしれねぇ。
「はいはい、早くやらせろ!」
「そうですね、アレクは8歳の頃からずっと言ってますもんね」
そう言って、教父は建物の奥に向かって歩き出す。俺とエンジュも遅れないようについていく。今からワクワクが止まらねえええええ。教会の奥には一つの重厚な扉があった。いかにも大事なものがありますと言った感じだ。
教父は懐から銀色の鍵を取り出すと、扉の鍵穴にそっと差し入れた。腹に響く重低音を響かせながら、扉が開かれる。
「やっとだ・・・・・。俺は戦士になれるんだ・・」
扉が開かれると、薄暗い狭い部屋が現れた。部屋の中には五つの像があり、像の前に少しスペースがある。多分あそこが祈りを捧げ、適性を得る場所だろう。聞いていた通りだ。
「どちらから先にやりますか?待ち時間などほとんどありませんがね」
「俺だ!俺が先にやる!いいよな!?エンジュ」
「はいはい、好きにしたら?戦士になれなくても、私の儀式中泣かないでね」
今はエンジュの皮肉も心地よいぐらい、心が高揚している。本当に待っていたんだ。
「では、アレク。前に進み出て祈りなさい。自分の適性が自ずとわかるはずです」
俺は言われた通りに前に出て、教父が指し示すところまで歩を進める。そして跪いた。
本当にこの時が来たんだ。
戦士になって、救うんだ全てを。それが俺の役目なんだ。
俺は跪き頭を下げる。そして五つの像の真ん中にある戦神の像に祈りを捧げる。俺に戦士の力をくれ!!!
祈りを捧げて数秒経っただろうか、何にも変わった気がしない。なんだこれ、詐欺か?
それともまさか15歳になってなかったのか?自分の年も数えれないぐらい馬鹿になったのか?
おいおい、教父どうにかしてくれよ。なんでもいいから人神の力で俺に戦士の適性つっこめ。
なかなか変化が起きず、変なところに汗が出てきた頃。
「おかしいですねー、普通なら今頃どれかの像が光って適性を得るはずなんですが」
え、まじか。本当におかしい状況なのか!?
俺は跪くのをやめ、教父に向かって焦りの言葉を吐き出そうとした時だった。
突然、胸に熱を感じた。
「っぐうっっっっっっ」「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、うっ」
「大丈夫ですか!!?」
「ちょっと!アレク、どうしたの?」
俺の耳に、教父とエンジュの心配する声が聞こえてくる。けど、それどころじゃねえ!心臓が燃えるように熱い!!
自分の中に溜まっていた思いが、胸に刻まれているようだった。純粋な痛みとは違ったような、俺の覚悟を試すかのような、新たな戦士を祝福するような、胸の中に炎が入り込んでいるようだった。
誰かが頭の中に語りかけてきた気もする。その言葉は、決して母親が我が子に語りかけるような優しい声ではなかった。戦いに向かう戦士を鼓舞するような歌のようだったと思う。
気づけば、熱はおさまっていた。
頭を上げれば、俺を心配するような表情で見つめてくるエンジュと哀しげな顔で見つめてくる教父が目に入った。
「やはりアレクは戦士になってしまったのですね・・。しかも戦士の証が五つも・・・・。」
教父の視線が俺の胸に向いている。俺もつられて目を向けると、いつの間にか心臓付近の服が焼けており肌が露出していた。俺の胸には光り輝く五つの剣が刻まれていた。
剣先はちょうど俺の心臓に向いており、戦いに心臓を捧げたことを象徴しているようだった。
「ただちに、旅の準備を。アレクを戦士の祠に送ります」
惚けるように自分の胸を見ていた俺だったが、教父の言葉に正気にもどる。
そこからは慌てたように助祭司が動き回り、教父もどこかに連絡をとりに行った。そして、俺はエンジュや家族ともろくに話せないまま馬車に詰め込まれ、どこかへ連れて行かれた。
ー〇〇〇〇〇〇〇〇ー
戦士の祠
戦士の育成場所である。話が変わり先に言っておくと、戦士は全く人気がない。理由は三つある。
一つ目は武神適性の存在である。武神の適性は具体的に言うと、剣士や弓士といったある武器に特化した適性を得ることができる。それに比べて戦士はどの武器にも適性がない、ある人によると「戦い」に対しての適性を得るらしい。
今の戦場で活躍しているのも、武神の加護を得た技術がある人間である。人族と比べて高い身体能力を持つ他種族に対抗するには技術と連携しかない。そのため、戦いの適性を得るだけの人間など人気がないのも頷ける。
二つ目は、胸に宿る戦士の証の存在である。これは戦士が戦神と交わした契約のようなもので、戦士ごとに契約の数が違う。俺は胸に五本の剣を宿しているので、五つの契約があることを意味している。
そして、ここからが人気がない理由になるのだが、契約の中身が全くわからないにも関わらず契約を破ると証が消えてしまう。適性が消えてしまうのである。また、契約の数が増えても何も効果がない。契約の数に応じて身体機能が上がるわけでも、適性が強くなるわけでもないらしい。
ただ単に自分を縛りつける鎖ができるだけである。実際に戦士の証が消えた例として、他種族との戦闘からの逃亡である。味方の人間が殺されてしまい、孤立した戦士が一旦体制を整えようと撤退しただけで適性が消えてしまったらしい。戦神様は戦士は敵に背を向けるな、と言ってるらしい。
戦闘が終わるまでずっと戦い続ける味方なぞ、良い迷惑だろう。ただでさえ弱い種族である人族が死なずに戦い続けるには、戦場の状況に応じた柔軟な判断である。
三つ目は、まあいずれわかることだ。
「さっさと走れ!戦場で動けないやつは単なる餌になるだけだぞ!!!戦士になったのなら、お前らには戦いへの適性があるはずだ!走り込んで体を追い込んでいけ!!!」
教官からの怒号が響きわたる修練場、大きさはだいたい三百人が整列してもまだ余裕がある。柔らかい砂が敷き詰められており、そこには集められた戦士の雛達が走り込みを行っている。
戦闘の適性を得た人々は、各地にある訓練所に行き、訓練を行う。数ヶ月間の訓練が終わり次第、戦地へ送られるようになっている。
「っち、くそ教官め!!戦士の証を失った奴が俺に指図しやがっぇぇぇ。てか、なんで俺だけいきなり連れてこられたんだ?」
思い返すのは三日前、適性の儀で戦士の証をもらった時。俺の胸に輝く五つの戦士の証を見た教父が、いきなり俺を馬車に突っ込みやがった。
そこからどんぶらこどんぶらこと、あっという間にここについて訓練だ。おかげで、母さんとエンジュと何も話せなかった。
「おい、アレク!ぶつぶつ言ってないで全力で走れ!」
「うるせ!」
さっきから偉そうな声を出しているのが、教官マッスルだ。もともと戦士の証を持った戦士だったらしいが、今は戦士の適性を失いここの教官になっている。
図体だけはでかいが、どーせ戦場から逃げ出して証が消えた臆病者に違いない。そしてハゲだ。戦士の証の代わりに頭が光っている。
「ここの砂はしりづらいんだよぉぉぉぉぉぉ。しかも靴よこせぇぇぇぇ」
「裸足で砂を走るのが一番スタミナや体幹がつきやすい。体への負担も少ないからな。一流の戦士を育成するのに向いている」
小さい頃から戦士になるために走り込みや素振りをかかすことなく続けてきた俺ですら、めっちゃキツい。しかもここ数日ずっと走らされてる。三食飯が出てこなっかたら、一日で骨になっていたに違いない。
周りで走っている同じ見習い戦士達への対抗心やら、マッスルに舐められたら終わりと根性で走り続けてると、やっと終わりの合図が出た。
「よし、ここまでだ。食堂へ行き飯を食ってこい。三十分後にここへ集合だ。遅れてきたやつは、嫌というほど走ってもらう」
「はぁはぁはぁはぁはぁ、やべええ。まだ食べてもない飯を吐きそうだ・・」
周りでも見習い達が、そこら中に仰向けで倒れている。俺はそれを横目に、三十分しかない休憩を使おうと食堂へ足を運んだ。
気合いでご飯食べきり、修練場の隅の方で仰向けになって休憩していると続々と飯を食い終えた人達が帰ってきた。走りすぎて全くご飯を食べれなかった同期もいるようだ。思った以上に皆食べれているのは戦士の適性を得ているからだろうか。
「よし!これから武器の素振りを行なっていく。戦士の武器適正は人によって違う。各々が手に馴染む武器を見つけるまで素振りを繰り返せ!」
マッスルがそういうと、各々貸し出し用の武器を取り出し素振りを始めている。俺も遅れないように、たくさんの武器が置かれている倉庫から剣を取り出した。幼少の頃からずっと振っている。剣の扱いなど全くわからなかったが、毎日素振りを欠かすことはなかった。
手の中にできる数々のマメは、ひそかな俺の自慢である。
「さて、今日も素振りすっかー。しっかし、素振りはいつでもできるんだよなー。技術を学びてぇ」
俺は自分の武器を剣に決めているし、他の武器を振り回す気もない。教官のマッスルが斧の素振りの仕方を、教えている姿を横目にある人の姿を探す。ちなみにマッスルから学ぶ気はねえ。なんとなくだ。
キョロキョロと周りを見渡していると、、、お、いた。クセのない長い黒髪をなびかせ、鋭い目で自分の剣先を見つめているやつがいた。そいつが描く剣の軌道が、俺たち同期の中で一番鋭く、綺麗だった。
「おい、スミレ!俺にも教えてくれ!その綺麗な剣!」
スミレは俺の言葉に鬱陶しそうに振り返り、一息つき汗を拭う。袖が邪魔であったのだろう、袖外れないようにキツく捲られており、露わになった前腕には二本の剣が光り輝いていた。
「また、あなたですか?人に教えてる暇なんてないです。教官にでも聞いてください?」
「良いじゃんかよ、お前の剣が綺麗なんだよ」
俺がそう言うと悪い気がしないのか、少し嬉しそうな顔をする。しかし、何かを思い出したような顔をした。
「所詮、戦士の剣です。武神から適性を得た剣士はもっと綺麗な剣筋で、もっと鋭いもの。私は誰かに剣を教えたこともできないし、教える気もないです」
これまでも何回か話しかけているが、剣士への劣等感があるのか、自信のない発言をする。こいつは武神の適性が欲しかったんだろうか。そう考えると俺は幸運だったのかもしれない。
「そうか、んじゃあ、今日も隣で見とくわ!それなら良いだろ?」
「まあいいです、邪魔だけしないください」「はいはい」
諦めたように俺にそういうと、さっさと素振りに戻ってしまった。うんやっぱり綺麗だ。しばらく眺めていたが、今日の俺は上手くなりにきたのだ。少し離れたところに立ち、スミレの真似をして素振りを始めてみる。
スミレは少し離れたところで自分の真似をする俺に気づいたが、何も言ってこなかった。
「うーーーん、こうか?いや違うな、、、わかった!こうだ!いやこうじゃね?」
たびたびスミレを見て自分の素振りを確認する。何度も何度も自分なりに試行錯誤しても、全くスミレの剣筋に近づいた気がしない。やり始めてすぐできるようになったら苦労はしない、立派な戦士になるための訓練だと思うと、どんなことも耐えれそうな気がする。
それからずっとスミレを参考にしながら素振りを続けていると、最初は全く気にしていなかったスミレが、だんだん俺の方を気にするようになってきた。
なんだろう、あまりにも俺の素振りが酷すぎて文句を言いたくなったのか。俺は人の目を気にしない、だからお前も俺の視線なんぞ気にせず集中するんだ!
しかし俺の思いは届かず、スミレの集中力はどんどん散乱していき、苛立ちに任せた剣筋になっていくのが見てとれた。
「あああーーーー、もうイライラします!あなたはなんのために素振りしてるんですか!」
ついにスミレがキレかかってきた。なんのためにっつたって。なあ。
「普通に剣が上手くなるため?」
「そんな素振りじゃいつまで経っても上手くなりません!」
そう言って、スミレは一つの型を俺に見してくる。足を肩幅に開き、少し前後させる。そして剣を水平に構える。彼女の立ち姿は一本の鉄を感じさせる。スラリとどこを見つめても揺らぎなく、佇んでいる。静かな美しさを感じさせる。
彼女が水平に構えた剣は何かの衝撃を受け流したように弧を描き、袈裟斬りを繰り出す。一連の流れを見るだけで、これまでの彼女の努力が見れる。やっぱり、いいなぁ。
「これは相手が自分に斬りかかってきた時に、反撃にうつる型です!あなたのはただ適当に剣を振り回しているだけ。もっと相手を想像して、最適な動きを体に染みつかせないと」
「すげええええええええ、やっぱりお前の剣が一番だよ!」
「う、うるさいです。あまりにも酷すぎる剣のあなたに言われても嬉しくないです」
けど、剣速だけは褒めていいですっとボソボソ言ってるすみれ。なんかちょろい。
「もっと教えてくれよ、スミレ!やっぱりお前の剣を一番教わりたい!」
「ふつう教官から教わるのが普通なんだけど、まあいいです。横で汚い剣を振られるよりよっぽどマシです」
「まじか!??ありがてえ」
そんなに酷いんか、俺の剣は。素振りしかしてないしな。
そこからスミレはいくつかの基本的な型を教えてくれた。横で俺が実際に振ってみると、丁寧に良くないところをおしえてくれる。
俺にイメージがつきやすいように、何度もお手本を見したりもしてくれる。そうやってスミレの献身的とも言える教えの結果、なんとなく自信がついてきた。
「なんとなく強くなった気がするぞ!今ならあの忌々しきハゲにもかませる気がする」
「そんなわけないです、一日で強くなったら苦労しないです」
なんか型を学んだら、実際に試してみたくなってきた。木にでも打ち込もうかと考えたが、せっかくの練習相手が横にいるではないか。しかもとっておきの。
今日一のにっこにっこの笑顔でスミレを見つめる。不自然に笑顔になった俺を不審そうに見つめてくるスミレ。
「なあ、スミレ。少し打ち合おうぜ!」
「はあ!?何バカ言ってんです!?教官にバレたらどうするです」
「ちょっと打ち合ってもバレねえよ、いけるいける」
「え、ちょっと待って待ってまっ・・・・・・・・・・・・・・・・」
返事を聞かず、スミレの方に駆け出していく俺。慌てたように剣を構えるスミレ。慌てていてもやはり構えが早く、綺麗だ。これならいけそうだな。
「おらよおおおおお!まずは小手調べだ!」
俺はスミレに向かって真っ向斬りを放つ。スミレはさっき見してくれた型のように剣を水平に構えてくる。
「おっ、早速習ったやつじゃん!」
「ちょっといきなり何するです!」
俺が放った真っ向斬りはスミレの体の中心を捉えたように思えたが、上手く力を逃され、逆にスミレの剣が右側から迫ってくる。事前に教えてもらった型のため、なんとか身を捩り躱すことが出来た。
「あぶねーーーーー!!」
「受け流したのに手が痺れてる・・・。あなた、戦士向いてるです」
「嬉しいねえ。まだまだいくっぜ!!!!オラあああああああああ」
やっぱり打ち合いは楽しい。体に馴染ませんのは打ち合いが一番だろ。俺は高揚した気持ちをそのまま足に乗せ、スミレに向かって駆け出していく。攻めの型も少しは教えてもらったしな!!
二度目の俺とスミレの剣が衝突する直前、横からとつぜん衝撃波みたいなものが飛んできた。
「バカものおおおおおおおお!何をしているっっ!」
ハゲマッスルの怒鳴り声だった。あまりにもデカすぎて衝撃波が飛んできたと思ったわ。少しクラクラするしな。どんだけでかい声してんだ。いいところだったのに。
「す、すいません。教官。少し型の試し合いをして、」
「うっせーぞ、ハゲぃ!!!!!今いいところなんだから邪魔すんな!!!」
隣でスミレが絶句しているような顔をしている。気にしない気にしない。俺に任せとけって。
「ほう、俺に逆らうとはいい度胸をしとるじゃないか。今まで俺への不満は見逃していたが、流石に直接言われたら見逃せないな」
ハゲの頭に青筋が浮かんでいる。心なしかこめかみもピクピクしているような気がする。
「戦士の証もないようなハゲに負けるわけないだろ、この俺が」
「・・・・・・・・・・・・・・お前みたいな生意気なやつでも重要な戦力なのでな。今のうちにその生意気な鼻をへし折っていてやるのも俺の役目か」
「やれるもんならやってみな!!!上等だぜぇえぇぇぇぇ」
「えっ、アレクっ」
驚くスミレの声を置き去りにハゲに向かって駆け出す。ちょうどいい。
実践練習第二ラウンドといきますか!?
「ふん、若いだけの小僧がっ」
「お前が誇れるのは無駄に食った年だけだろ!!!」
ハゲとの距離が縮まり、俺は足に力を入れ跳躍する。上から押し潰してやるぜ。ハゲはさっきまで素振りを行なっていたであろう斧を刃先を下に、脱力した構えをとっている。
おいおいそんな構えで俺の剣が受け止めれるのか。落下する力の後押しもあり、俺の剣は凄まじい速さでハゲに向かって振り下ろされていく。
「ふっ」
「ッっっっっっっっっ」
何かハゲが力を入れたのが見えただけだった。少し斧がブレたの視界の端にとらえたのを契機に、俺の世界が回転し始めた。自分の体が数回転するのを感じる。
「ガッっっっ。うっっ。がはっっっ。」
なんだ!?何が起きた。気づけば俺の体はハゲからだいぶ離れており、いつの間にか剣も失っている。急いでハゲの方に目を向けると、斧を上段に振り抜いた姿勢で止まっている。
「教官やべーよ、人ってあそこまで吹っ飛ぶんだ」「斧の軌道見えた?俺全く見えなかったんだけど・・」「アレク!?大丈夫!!?」
周りの会話を聞いて、自分の状況を俄かに理解し始める。どうやら俺はハゲの振り抜いた斧に吹っ飛ばされたらしい。どんな馬鹿力だよ。こっちは上から切りかかってんだぞ。なんで俺が吹っ飛んでんだ。
どうやら吹っ飛んだ時に演習場を何回転かしたらしい、口の中に砂が入りまくっている。
「ペッペっぺ。くそ馬鹿力が。どんな筋肉してんだボケが」
「さっきまでの威勢はどうした、小僧が。剣を手放し、下が砂じゃなければ打ち身で体は動けなくなっていただろう。ここが戦場だったらお前は死んでいた」
「まだ終わってねえわ!!!素手でも戦えるんだよ俺は」
まだ戦える、俺は戦士だ。武器だけが俺の全てじゃない。戦士はどんな時でも戦わなくちゃいけないんだ。戦う気持ちが折れなきゃ負けじゃない。
ハゲが少し眉を上げる。そして振り抜いた斧を肩に担ぎ俺に話しかけてくる。
「ちなみに俺のことを馬鹿力扱いしてきたが、豚人族は全員俺より力強い。ただの豚人族もだが、戦士豚人は俺の数倍力強いんだ」
「なっっっ」
衝撃の事実に頭がついていかない。この馬鹿力が豚人族の下っ端にすら負ける?今でも剣が握れないくらい痺れて震えている俺の手が、その事実を認めさせてくれない。そんなわけがない。
小さい頃から体を鍛えてきた俺はどうなるんだ。心の中で、教官ならここまで力強いのも仕方ないと思っていた部分があった。それでも、そんなに違うのか・・・?
「戦場で戦ってきた豚人族で俺より弱い奴はいない。犬人族で遅い奴はいない。鬼人族は一人も殺せなかった。餓狼族には仲間を殺された。その時に証を失った」
俺は何も言えなかった。普段も厳しいマッスルだったが、今は異様な雰囲気を纏っている。言うなれば戦場の雰囲気、戦いの気迫に近いだろうか。目を離せば殺されるような、目には見えない刃で心臓を狙われているかのような感覚に陥った。
「お、俺は・・・・・」
「戦場は遊びじゃない、命は軽いぞ。特に、人族のな」
遊び気分だったのだろうか。戦士になるための訓練にワクワクし、綺麗な剣を持つ同期に感動し、強くなるために努力する。毎日頑張っているだけでいつかは立派な戦士になれると思ってた。こんな訓練場に逃げてきたハゲなんて、すぐ追い越せると思っていた。
気づけば、目の前にマッスルがいた。光がマッスルの顔を隠し俺からは表情が見えない。今は見れなくて良かったなんて思ってしまった。マッスルと目が合えばきっと怯んでしまうから。自分が臆病だと思ってしまうから。
俺が思い描く戦士は、敵が目の前にいて、立ち上がれない奴だったんだろうか。
なけなしの気力を振り絞り、せめて立ちあがろうとした時声が聞こえた。
「最初の洗礼だ、規則違反のな。起きたら、夜通し家畜小屋の掃除だ。寝ることは許さん」
少し俺の顎に衝撃が伝わり、意識が暗転し始めた。俺は、俺は、、、、、まだ、、、、、、
俺の思いとは裏腹に体に力は入らず、視界が黒色に染まり始め意識がなくなった。