前半 39
孝太と千佳は、必要な買い物を終えると、圭吾がいる中古バイクの販売店に向かっていた。
「買い物に付き合ってくれて、ありがとうございました!」
「別に、これぐらい容易いよ」
圭吾の指示もあり、ライトのメンバーが車を運転してくれたため、買い物は予定よりも早く終わった。それだけでなく、孝太が入りづらい店に行った際、車で待っているという選択ができるようになったことが、孝太にとっては何より助かった。
「それより、翔はホントに大丈夫だったの?」
「何度聞かれても答えは変わらねえよ。ただ、犯人と戦ったみてえだし、やっぱり無茶したな」
「もう、ホントに危なっかしいよね」
千佳が怒るのも無理ないと思いつつ、孝太は翔が撮ったという、犯人の後ろ姿の写真をじっと見ていた。
「これだけだと、誰だか全然わからないよね」
千佳はそんな風に言ったが、孝太の考えは違った。
「何かしらか、スポーツをやってる奴には見えるな」
「殺し合いとスポーツは違うでしょ」
「いや、そうじゃねえって。サッカーもそうだけど、どのスポーツでも体力は必要だし、それで走り込みをするんだ。そうすると、自然にフォームとかが良くなって、それこそ陸上選手に近い走りになるケースも多いんだよ」
「そうなの?」
「実際、中学の時、うちは陸上部がなかったけど、サッカー部とか野球部の奴でチームを組んで、駅伝に参加したら、それなりにいい結果が出たんだよ。ただ、しっかりフォームを見てもらえるわけじゃねえし、陸上経験がある奴と比べると、微妙に違うんだよ」
そう言いつつ、孝太は改めて写真に写る人物のフォームを入念に見た。
「こいつも、陸上経験がある奴の走りって感じじゃねえな」
「動画ならまだしも、こんな写真でわかるものなの?」
「ホントにキレイなフォームって、どこで止めてもキレイに見えるんだ。反対に、汚いフォームはどこで止めても汚く見える。こいつは、キレイといえばキレイだけど、どこか違う気がするんだ」
「というか、孝太、走りについて詳し過ぎない? 陸上の経験あるの?」
千佳の意見を否定できなくて、孝太は苦笑した。
「サッカーだけやってても、緋山春来に勝てねえって悩んで、一時期色んなスポーツに触れたことがあるんだよ。正直言って、迷走してたって感じだけど、無駄じゃなかったかもな」
「何か、それだとスポーツマニアみたいだね。顔を隠して、これは誰の走りでしょう? みたいな問題とか、答えられるんじゃない?」
「そんなマニアックな問題あるかよ。それに、僕が参考にしてる人は何人かいて、みんな似てるし、それを並べられたら当てられる自信ねえよ」
「そうじゃなかったら、当てられそうってわかっただけでいいや。あ、でも……」
千佳が若干引いていて、孝太はここで話を止めようかと思った。ただ、千佳がまだ話を続けようとしていたため、もう少し付き合うことにした。
「孝太が参考にしてる、キレイなフォームって、誰なの?」
「ああ、身近なとこだと翔だよ。体育の授業でジョギングしてるのを見た時から、スポーツの経験があるんだろうなってすぐわかったし、それこそサッカーの経験があるんじゃねえかって、何となく思ってたんだ。まあ、翔があんな感じだったから、詮索しなかったけどな」
「そういえば、翔の筋トレがキレイだなんてことを美優が言ってて、私は意味不明だったんだけど、孝太はわかる?」
「走りと同じだよ。筋肉というか、身体の使い方が上手いって言えばわかるか?」
この質問に対して、千佳がしばらく固まってしまったため、孝太は色々と察した。
「ごめん、さすがにマニアック過ぎた」
「ううん、もっと長い時間をかけて、孝太を理解しようと思えたし……だから、もっと聞きたい!」
「相変わらずポジティブだな」
「あれ? でも、翔を参考にするようになったのは、最近でしょ? その前は誰を参考にしてたの?」
「ああ、それは当然……」
その時、孝太は今まで何となく気付いていたことを、はっきりとした形で認識した。同時に、パズルのピースがハマっていくように、頭の中が整理され、一つの結論が出た。
「まあ、聞かなくてもわかるよ。また緋山春来なんだよね? 高校サッカー界で一番の司令塔だなんて言いつつも、やっぱりまだ気にしてるんでしょ?」
「……そりゃあ、ずっと目標にしてた人が、急にいなくなったのに、何も感じねえって方がおかしいだろ。ただ、それに固執するのは良くねえって考えはホントだし、今は司令塔として、誰にも負けねえと思ってるよ」
「うん、私もそう思うし、応援するからね!」
普通に千佳と話しながら、孝太は出したばかりの結論について、それが正しいかどうかを分析していた。そうして、これまでのことを振り返った時、確信に近い形で、この結論は正しいのだろうと感じた。
しかし、そのことを千佳には悟られないようにしようと、孝太は平静を装った。とはいえ、千佳に対して、そんな誤魔化しは無駄だった。
「孝太、何か隠してるよね? 普通に気になるんだけど?」
まるで心を読まれているようで、孝太は千佳のことを怖いとすら感じた。ただ、そんな千佳が相手だからこそ、素直に伝えようとも思えた。
「これまで、翔が僕達に隠してたことが何なのか、わかったかもしれねえんだ。でも、それは僕じゃなくて、翔から聞くべきことだと思うから……」
「あ、そういう系なんだね! 確かに、それを孝太から聞くのは違うよね! 私は孝太が何か悩んでると思って、何か相談に乗れればと思っただけだから!」
「いや、言わなくてもわかってるから、そこまで言わなくていいって」
孝太はそう言った後、ふとバックミラーに目をやると、運転している人と目が合った。
「あの、変な気を使わせてますよね? ホントにすいません」
「いや、初々しくていいよ。ただ、俺もそんな青春を送りたかった」
そう言われたことも含め、変な気を使わせてしまったと孝太は察した。それは千佳も同じなようで、すっかり静かになった。
そうして、少し気まずい空気が流れつつ、圭吾がいる中古バイクの販売店に到着すると、孝太と千佳は車を降りた。
「遅い時間だし、二人とも後で家まで送るよ」
「そんな、悪いですし……」
「俺達が安心するために、家まで送りたいって話だよ。お願いだから、家まで送らせてほしいとか言えば、聞いてくれるかな?」
「すいません……いや、ありがとうございます。それじゃあ、お願いします」
改めて、ライトが不良グループと呼ばれていることに疑問を感じつつ、こうした厚意を素直に受けようと、孝太は思った。というより、厚意を受けない方が、むしろ相手に悪いと気付いた形だ。
そして、孝太と千佳は店の中に入った。その時、入り口の近くに置いてあった大きなバッグ、ヘルメット、ネットやケーブルのようなもの、その他様々な小物が目に入り、これらが翔のために圭吾が用意した物だろうと、すぐにわかった。
「二人とも、戻ったんだな。必要な物は用意できたか?」
「はい、これだけあれば、大丈夫だと思います」
「それじゃあ、それをバッグに詰めていこう。途中で荷物が移動したりすると、それだけでバランスが崩れて危険だ。ここは俺に任せろ」
「あ、でも、下着……あまり翔に見せたくない物は、紙袋に入れたままにしたいんですけど、カバンに入りますかね?」
「そんなこと、わざわざ言わなくていいぞ。とりあえず、荷物を入れてって、隙間があれば新聞を丸めて埋めればいい。難しく考えなくても大丈夫だ」
自分だけならまだしも、圭吾にまで変な気を使わせてしまったように感じたが、それに触れると悪化すると思い、孝太は言わないでおいた。
「丁度良かった。ランも来たみたいだぞ」
「え?」
圭吾の言葉を聞いて、孝太と千佳は外に目をやった。しかし、そこに翔の姿はなかった。
「いませんけど?」
「この音は、俺がランに託したバイクの音だ。わかるだろ?」
「え?」
孝太は耳を澄ませてみたものの、どの音のことを言っているのかわからなかった。しかし、しばらく集中していると、微かにバイクの音が近付いてくるのがわかった。そして、はっきりと認識できるようになったところで、バイクに乗った翔が姿を現した。
「圭吾さん、耳がいいんですね!」
「何を言ってる? この音を聞き取るぐらい、簡単なはずだぞ?」
「え?」
「ああ、そうですよね! 千佳もそう思うよな!?」
「え? あ……はい!」
いつも千佳がしていることを咄嗟にやってみたため、普通に不自然な感じになってしまったと孝太は感じた。ただ、圭吾が嬉しそうに笑顔を見せたため、それは杞憂だったと感じた。
「いいバイクは、音でわかるんだ。それを知ってくれて、嬉しいぞ」
正直なところ、音でバイクの良し悪しを判断するなど、今の自分には不可能だと思ったが、孝太は何も言わないでおいた。それは千佳も同じだったようで、孝太と同じように黙っていた。
翔は入り口のすぐ近くにバイクを止めると、ヘルメットを外した。そんな翔を出迎えるように、孝太達は外に出た。
「翔、また無茶したみたいだけど、大丈夫だったの?」
「見てのとおり、大丈夫だ。だが……また美優に心配をかけてしまった。千佳と孝太も心配しただろうし、悪かった」
翔が素直に謝ると思っていなかったため、孝太は反応に困った。しかし、少しずつでも翔がまた変わり始めているのだろうと思えて、少しだけ嬉しくもあった。
「JJと名乗る男については、残念だが目撃情報などもない。鉄也を中心に監視カメラを調べてもらってもいるが、カメラを避けてるのか、それらしき人物は映ってないそうだ」
「自分が撮った写真は後ろ姿だけですし、着替えられたら、何の手掛かりもないですよね」
「あ、でも、孝太がスポーツ経験者なんじゃないかって言ってたよ!」
千佳がそんな風に言ったが、孝太自身、そこまで確信を持っているわけではないため、普通に困ってしまった。
「孝太、どういうことだ?」
「いや、写真を見ただけだし、確証はねえんだけど、走ってる時のフォームがキレイだと思ったんだよ。ただ、陸上をやってる奴の走りかっていうと、何か違う気がして、僕達みてえにサッカーとか……あとは野球とかバスケとか、何か走りが絡むスポーツの経験があるんじゃねえかと思ったんだよ。翔は、そういったこと、感じなかったか?」
孝太の質問に対して、翔は少しの間黙り込んで、考えている様子だった。それから少しして、何か思うところがあったような反応を見せた。
「言われてみれば、孝太の言うとおりかもしれない。上手く表現できないが、格闘技とかをやっているって感じでなく、単に運動神経がいい……それこそスポーツ経験者と言われると、しっくりくる気がする。何かヒントになるかもしれないし、この話は、みんなにも共有しよう」
「いや、さっきも言ったけど、確証はねえよ?」
「俺も確証はないが、同じように感じたんだ。だから、伝えるべきだろう」
「そういうことなら、俺から全員に知らせておく。今、光は休んでるようだが、セレスティアルカンパニーの方にも調べてもらおう。それより、ある程度の物は用意できたぞ。バッグに入れた後、バイクに固定しようと思うが、それでいいか?」
「はい、お願いします」
「それじゃあ、俺の方でやっておくぞ」
「ありがとうございます」
そうして、圭吾がバッグを取りに行ったところで、千佳は少しだけ慌てたような様子を見せた。
「あ、美優に渡す物は紙袋に入れたから、翔は中を見ちゃダメだよ!」
「言われなくても見ないから安心しろ」
翔はわざわざ言わなくていいといった態度で、そう返した。
それから、圭吾は簡単に用意した物を説明した後、慣れた手つきで荷物をバッグに入れると、それをケーブルのようなものでバイクにしっかり固定した後、さらにネットを被せるようにして固定した。
「よし、これで大丈夫だ」
「圭吾さん、ありがとうございます」
「ただ、さっきとはバランスが変わるから、注意して運転しろ」
「はい、わかりました」
翔がここをまた離れようとしていることは、会話の流れで感じた。そのため、孝太は今後の話をしようと思い、口を開いた。
「この後、翔は美優のとこに行くんだろ?」
「いや、こちらの位置が特定された理由がまだわかっていないから、この後は和義の所に戻って、美優達と合流するのは、明日にするつもりだ」
「それなら、私達も一緒に行こうよ!」
「千佳、明日は学校があるみてえだし、さすがに無理だって」
「もう、明日も休みならいいのにー」
今日は休みになったものの、明日は普通に学校があるといった連絡が先ほどあって、千佳は嘆いていた。思えば、今日は様々なことがあり、いつも以上に疲れているため、明日こそ休みたいというのが本音だ。しかし、そういうわけにはいかないと、孝太は諦めていた。
「改めて言うが、孝太と千佳は、美優と俺が無事に戻るのを待っていてほしい。それと、普通にこれまでと同じ日常を過ごしてほしい」
翔の言葉を受け、孝太は先ほど気付いたこともあり、色々と思うところがあった。そのため、少しだけ迷いつつも、一つだけ質問することにした。
「翔、家の人には連絡してるのか? してねえなら、僕から伝えるけど、どうする?」
「いや、連絡しなくていい。というより、連絡しないでほしい」
そう言った後、翔は少しだけ悩んでいるような様子を見せた後、真剣な顔をこちらに向けた。
「変なことを言っていると思うだろうが、俺や俺の家のことを詮索しないでほしい。こう言うと、むしろ詮索したくなると思うが、とにかく詮索しないでほしい」
「いや、ホントにそんなこと言われたら、気になっちゃうんだけど?」
千佳の言うとおりだと思いつつ、孝太は何を言っていいか迷ってしまい、そのまま黙っていた。
「もしかしたら……篠田さんが殺されたのは、俺のことを調べたからかもしれないんだ」
「え、どういうこと?」
「どう言えばいいのか……知ったらいけないことを知ってしまった可能性があるんだ。だから、詮索しないでほしい」
「いや、全然意味がわかんないんだけど?」
千佳はそう言ったが、孝太は翔が何故そう言うのか、納得のいく答えを持っていた。そのため、ここは自分の考えを伝えることにした。
「翔がそう言うなら、詮索しねえし、たとえ何か気付いたとしても、気付いてねえふりをするよ。それでいいよな?」
孝太がそう伝えると、翔は何か察したような反応をした。それを見て、自分の気付きが恐らく翔に伝わったのだろうと孝太は感じた。そのうえで、もう一言だけ伝えることにした。
「ただ、いつか必ず話してくれよ」
「……わかった。俺もいつか必ず話したいと思っている」
今、お互いに話せることは、ここまでだろう。そうした思いを、翔と共有できているように、孝太は思えた。
「何か、孝太と翔だけわかり合ってる感じで嫌なんだけど、そこまで言われたら諦めるよ」
千佳がそう言ってくれて、孝太と翔はお互いに笑った。
「それじゃあ、そろそろ俺は行く」
「ああ、これまで何度も言ったけど、無茶すんなよ? 言っても無駄になりそうだけどな」
「俺は絶対に死なないから、心配するな。それに、みんなの言葉、一つも無駄になんてなっていない」
「あと、僕と翔がいれば、全国大会でも絶対優勝できると思ってる。だから、また一緒にサッカーをやろう。約束だからな」
孝太が言葉で伝えた以上の思いを受け取ったようで、翔は穏やかな表情で笑った。
「わかった。俺も孝太と一緒にサッカーをやりたいと思っている。だから、待っていてほしい」
「ああ、いつまでも待ってるよ」
「あと、みんなでカラオケに行く約束も忘れないでね!」
割り込むように千佳がそう言うと、翔はまた笑った。ただ、孝太はそんな翔の笑顔を、複雑な思いで見ていた。
「それじゃあ、もう行く」
そして、最後は何だか呆気ない感じで、翔は行ってしまった。
そんな翔を、孝太と千佳は黙って見送った。