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TOD  作者: ナナシノススム
前半
99/273

前半 39

 孝太と千佳は、必要な買い物を終えると、圭吾がいる中古バイクの販売店に向かっていた。

「買い物に付き合ってくれて、ありがとうございました!」

「別に、これぐらい容易いよ」

 圭吾の指示もあり、ライトのメンバーが車を運転してくれたため、買い物は予定よりも早く終わった。それだけでなく、孝太が入りづらい店に行った際、車で待っているという選択ができるようになったことが、孝太にとっては何より助かった。

「それより、翔はホントに大丈夫だったの?」

「何度聞かれても答えは変わらねえよ。ただ、犯人と戦ったみてえだし、やっぱり無茶したな」

「もう、ホントに危なっかしいよね」

 千佳が怒るのも無理ないと思いつつ、孝太は翔が撮ったという、犯人の後ろ姿の写真をじっと見ていた。

「これだけだと、誰だか全然わからないよね」

 千佳はそんな風に言ったが、孝太の考えは違った。

「何かしらか、スポーツをやってる奴には見えるな」

「殺し合いとスポーツは違うでしょ」

「いや、そうじゃねえって。サッカーもそうだけど、どのスポーツでも体力は必要だし、それで走り込みをするんだ。そうすると、自然にフォームとかが良くなって、それこそ陸上選手に近い走りになるケースも多いんだよ」

「そうなの?」

「実際、中学の時、うちは陸上部がなかったけど、サッカー部とか野球部の奴でチームを組んで、駅伝に参加したら、それなりにいい結果が出たんだよ。ただ、しっかりフォームを見てもらえるわけじゃねえし、陸上経験がある奴と比べると、微妙に違うんだよ」

 そう言いつつ、孝太は改めて写真に写る人物のフォームを入念に見た。

「こいつも、陸上経験がある奴の走りって感じじゃねえな」

「動画ならまだしも、こんな写真でわかるものなの?」

「ホントにキレイなフォームって、どこで止めてもキレイに見えるんだ。反対に、汚いフォームはどこで止めても汚く見える。こいつは、キレイといえばキレイだけど、どこか違う気がするんだ」

「というか、孝太、走りについて詳し過ぎない? 陸上の経験あるの?」

 千佳の意見を否定できなくて、孝太は苦笑した。

「サッカーだけやってても、緋山春来に勝てねえって悩んで、一時期色んなスポーツに触れたことがあるんだよ。正直言って、迷走してたって感じだけど、無駄じゃなかったかもな」

「何か、それだとスポーツマニアみたいだね。顔を隠して、これは誰の走りでしょう? みたいな問題とか、答えられるんじゃない?」

「そんなマニアックな問題あるかよ。それに、僕が参考にしてる人は何人かいて、みんな似てるし、それを並べられたら当てられる自信ねえよ」

「そうじゃなかったら、当てられそうってわかっただけでいいや。あ、でも……」

 千佳が若干引いていて、孝太はここで話を止めようかと思った。ただ、千佳がまだ話を続けようとしていたため、もう少し付き合うことにした。

「孝太が参考にしてる、キレイなフォームって、誰なの?」

「ああ、身近なとこだと翔だよ。体育の授業でジョギングしてるのを見た時から、スポーツの経験があるんだろうなってすぐわかったし、それこそサッカーの経験があるんじゃねえかって、何となく思ってたんだ。まあ、翔があんな感じだったから、詮索しなかったけどな」

「そういえば、翔の筋トレがキレイだなんてことを美優が言ってて、私は意味不明だったんだけど、孝太はわかる?」

「走りと同じだよ。筋肉というか、身体の使い方が上手いって言えばわかるか?」

 この質問に対して、千佳がしばらく固まってしまったため、孝太は色々と察した。

「ごめん、さすがにマニアック過ぎた」

「ううん、もっと長い時間をかけて、孝太を理解しようと思えたし……だから、もっと聞きたい!」

「相変わらずポジティブだな」

「あれ? でも、翔を参考にするようになったのは、最近でしょ? その前は誰を参考にしてたの?」

「ああ、それは当然……」

 その時、孝太は今まで何となく気付いていたことを、はっきりとした形で認識した。同時に、パズルのピースがハマっていくように、頭の中が整理され、一つの結論が出た。

「まあ、聞かなくてもわかるよ。また緋山春来なんだよね? 高校サッカー界で一番の司令塔だなんて言いつつも、やっぱりまだ気にしてるんでしょ?」

「……そりゃあ、ずっと目標にしてた人が、急にいなくなったのに、何も感じねえって方がおかしいだろ。ただ、それに固執するのは良くねえって考えはホントだし、今は司令塔として、誰にも負けねえと思ってるよ」

「うん、私もそう思うし、応援するからね!」

 普通に千佳と話しながら、孝太は出したばかりの結論について、それが正しいかどうかを分析していた。そうして、これまでのことを振り返った時、確信に近い形で、この結論は正しいのだろうと感じた。

 しかし、そのことを千佳には悟られないようにしようと、孝太は平静を装った。とはいえ、千佳に対して、そんな誤魔化しは無駄だった。

「孝太、何か隠してるよね? 普通に気になるんだけど?」

 まるで心を読まれているようで、孝太は千佳のことを怖いとすら感じた。ただ、そんな千佳が相手だからこそ、素直に伝えようとも思えた。

「これまで、翔が僕達に隠してたことが何なのか、わかったかもしれねえんだ。でも、それは僕じゃなくて、翔から聞くべきことだと思うから……」

「あ、そういう系なんだね! 確かに、それを孝太から聞くのは違うよね! 私は孝太が何か悩んでると思って、何か相談に乗れればと思っただけだから!」

「いや、言わなくてもわかってるから、そこまで言わなくていいって」

 孝太はそう言った後、ふとバックミラーに目をやると、運転している人と目が合った。

「あの、変な気を使わせてますよね? ホントにすいません」

「いや、初々しくていいよ。ただ、俺もそんな青春を送りたかった」

 そう言われたことも含め、変な気を使わせてしまったと孝太は察した。それは千佳も同じなようで、すっかり静かになった。

 そうして、少し気まずい空気が流れつつ、圭吾がいる中古バイクの販売店に到着すると、孝太と千佳は車を降りた。

「遅い時間だし、二人とも後で家まで送るよ」

「そんな、悪いですし……」

「俺達が安心するために、家まで送りたいって話だよ。お願いだから、家まで送らせてほしいとか言えば、聞いてくれるかな?」

「すいません……いや、ありがとうございます。それじゃあ、お願いします」

 改めて、ライトが不良グループと呼ばれていることに疑問を感じつつ、こうした厚意を素直に受けようと、孝太は思った。というより、厚意を受けない方が、むしろ相手に悪いと気付いた形だ。

 そして、孝太と千佳は店の中に入った。その時、入り口の近くに置いてあった大きなバッグ、ヘルメット、ネットやケーブルのようなもの、その他様々な小物が目に入り、これらが翔のために圭吾が用意した物だろうと、すぐにわかった。

「二人とも、戻ったんだな。必要な物は用意できたか?」

「はい、これだけあれば、大丈夫だと思います」

「それじゃあ、それをバッグに詰めていこう。途中で荷物が移動したりすると、それだけでバランスが崩れて危険だ。ここは俺に任せろ」

「あ、でも、下着……あまり翔に見せたくない物は、紙袋に入れたままにしたいんですけど、カバンに入りますかね?」

「そんなこと、わざわざ言わなくていいぞ。とりあえず、荷物を入れてって、隙間があれば新聞を丸めて埋めればいい。難しく考えなくても大丈夫だ」

 自分だけならまだしも、圭吾にまで変な気を使わせてしまったように感じたが、それに触れると悪化すると思い、孝太は言わないでおいた。

「丁度良かった。ランも来たみたいだぞ」

「え?」

 圭吾の言葉を聞いて、孝太と千佳は外に目をやった。しかし、そこに翔の姿はなかった。

「いませんけど?」

「この音は、俺がランに託したバイクの音だ。わかるだろ?」

「え?」

 孝太は耳を澄ませてみたものの、どの音のことを言っているのかわからなかった。しかし、しばらく集中していると、微かにバイクの音が近付いてくるのがわかった。そして、はっきりと認識できるようになったところで、バイクに乗った翔が姿を現した。

「圭吾さん、耳がいいんですね!」

「何を言ってる? この音を聞き取るぐらい、簡単なはずだぞ?」

「え?」

「ああ、そうですよね! 千佳もそう思うよな!?」

「え? あ……はい!」

 いつも千佳がしていることを咄嗟にやってみたため、普通に不自然な感じになってしまったと孝太は感じた。ただ、圭吾が嬉しそうに笑顔を見せたため、それは杞憂だったと感じた。

「いいバイクは、音でわかるんだ。それを知ってくれて、嬉しいぞ」

 正直なところ、音でバイクの良し悪しを判断するなど、今の自分には不可能だと思ったが、孝太は何も言わないでおいた。それは千佳も同じだったようで、孝太と同じように黙っていた。

 翔は入り口のすぐ近くにバイクを止めると、ヘルメットを外した。そんな翔を出迎えるように、孝太達は外に出た。

「翔、また無茶したみたいだけど、大丈夫だったの?」

「見てのとおり、大丈夫だ。だが……また美優に心配をかけてしまった。千佳と孝太も心配しただろうし、悪かった」

 翔が素直に謝ると思っていなかったため、孝太は反応に困った。しかし、少しずつでも翔がまた変わり始めているのだろうと思えて、少しだけ嬉しくもあった。

「JJと名乗る男については、残念だが目撃情報などもない。鉄也を中心に監視カメラを調べてもらってもいるが、カメラを避けてるのか、それらしき人物は映ってないそうだ」

「自分が撮った写真は後ろ姿だけですし、着替えられたら、何の手掛かりもないですよね」

「あ、でも、孝太がスポーツ経験者なんじゃないかって言ってたよ!」

 千佳がそんな風に言ったが、孝太自身、そこまで確信を持っているわけではないため、普通に困ってしまった。

「孝太、どういうことだ?」

「いや、写真を見ただけだし、確証はねえんだけど、走ってる時のフォームがキレイだと思ったんだよ。ただ、陸上をやってる奴の走りかっていうと、何か違う気がして、僕達みてえにサッカーとか……あとは野球とかバスケとか、何か走りが絡むスポーツの経験があるんじゃねえかと思ったんだよ。翔は、そういったこと、感じなかったか?」

 孝太の質問に対して、翔は少しの間黙り込んで、考えている様子だった。それから少しして、何か思うところがあったような反応を見せた。

「言われてみれば、孝太の言うとおりかもしれない。上手く表現できないが、格闘技とかをやっているって感じでなく、単に運動神経がいい……それこそスポーツ経験者と言われると、しっくりくる気がする。何かヒントになるかもしれないし、この話は、みんなにも共有しよう」

「いや、さっきも言ったけど、確証はねえよ?」

「俺も確証はないが、同じように感じたんだ。だから、伝えるべきだろう」

「そういうことなら、俺から全員に知らせておく。今、光は休んでるようだが、セレスティアルカンパニーの方にも調べてもらおう。それより、ある程度の物は用意できたぞ。バッグに入れた後、バイクに固定しようと思うが、それでいいか?」

「はい、お願いします」

「それじゃあ、俺の方でやっておくぞ」

「ありがとうございます」

 そうして、圭吾がバッグを取りに行ったところで、千佳は少しだけ慌てたような様子を見せた。

「あ、美優に渡す物は紙袋に入れたから、翔は中を見ちゃダメだよ!」

「言われなくても見ないから安心しろ」

 翔はわざわざ言わなくていいといった態度で、そう返した。

 それから、圭吾は簡単に用意した物を説明した後、慣れた手つきで荷物をバッグに入れると、それをケーブルのようなものでバイクにしっかり固定した後、さらにネットを被せるようにして固定した。

「よし、これで大丈夫だ」

「圭吾さん、ありがとうございます」

「ただ、さっきとはバランスが変わるから、注意して運転しろ」

「はい、わかりました」

 翔がここをまた離れようとしていることは、会話の流れで感じた。そのため、孝太は今後の話をしようと思い、口を開いた。

「この後、翔は美優のとこに行くんだろ?」

「いや、こちらの位置が特定された理由がまだわかっていないから、この後は和義の所に戻って、美優達と合流するのは、明日にするつもりだ」

「それなら、私達も一緒に行こうよ!」

「千佳、明日は学校があるみてえだし、さすがに無理だって」

「もう、明日も休みならいいのにー」

 今日は休みになったものの、明日は普通に学校があるといった連絡が先ほどあって、千佳は嘆いていた。思えば、今日は様々なことがあり、いつも以上に疲れているため、明日こそ休みたいというのが本音だ。しかし、そういうわけにはいかないと、孝太は諦めていた。

「改めて言うが、孝太と千佳は、美優と俺が無事に戻るのを待っていてほしい。それと、普通にこれまでと同じ日常を過ごしてほしい」

 翔の言葉を受け、孝太は先ほど気付いたこともあり、色々と思うところがあった。そのため、少しだけ迷いつつも、一つだけ質問することにした。

「翔、家の人には連絡してるのか? してねえなら、僕から伝えるけど、どうする?」

「いや、連絡しなくていい。というより、連絡しないでほしい」

 そう言った後、翔は少しだけ悩んでいるような様子を見せた後、真剣な顔をこちらに向けた。

「変なことを言っていると思うだろうが、俺や俺の家のことを詮索しないでほしい。こう言うと、むしろ詮索したくなると思うが、とにかく詮索しないでほしい」

「いや、ホントにそんなこと言われたら、気になっちゃうんだけど?」

 千佳の言うとおりだと思いつつ、孝太は何を言っていいか迷ってしまい、そのまま黙っていた。

「もしかしたら……篠田さんが殺されたのは、俺のことを調べたからかもしれないんだ」

「え、どういうこと?」

「どう言えばいいのか……知ったらいけないことを知ってしまった可能性があるんだ。だから、詮索しないでほしい」

「いや、全然意味がわかんないんだけど?」

 千佳はそう言ったが、孝太は翔が何故そう言うのか、納得のいく答えを持っていた。そのため、ここは自分の考えを伝えることにした。

「翔がそう言うなら、詮索しねえし、たとえ何か気付いたとしても、気付いてねえふりをするよ。それでいいよな?」

 孝太がそう伝えると、翔は何か察したような反応をした。それを見て、自分の気付きが恐らく翔に伝わったのだろうと孝太は感じた。そのうえで、もう一言だけ伝えることにした。

「ただ、いつか必ず話してくれよ」

「……わかった。俺もいつか必ず話したいと思っている」

 今、お互いに話せることは、ここまでだろう。そうした思いを、翔と共有できているように、孝太は思えた。

「何か、孝太と翔だけわかり合ってる感じで嫌なんだけど、そこまで言われたら諦めるよ」

 千佳がそう言ってくれて、孝太と翔はお互いに笑った。

「それじゃあ、そろそろ俺は行く」

「ああ、これまで何度も言ったけど、無茶すんなよ? 言っても無駄になりそうだけどな」

「俺は絶対に死なないから、心配するな。それに、みんなの言葉、一つも無駄になんてなっていない」

「あと、僕と翔がいれば、全国大会でも絶対優勝できると思ってる。だから、また一緒にサッカーをやろう。約束だからな」

 孝太が言葉で伝えた以上の思いを受け取ったようで、翔は穏やかな表情で笑った。

「わかった。俺も孝太と一緒にサッカーをやりたいと思っている。だから、待っていてほしい」

「ああ、いつまでも待ってるよ」

「あと、みんなでカラオケに行く約束も忘れないでね!」

 割り込むように千佳がそう言うと、翔はまた笑った。ただ、孝太はそんな翔の笑顔を、複雑な思いで見ていた。

「それじゃあ、もう行く」

 そして、最後は何だか呆気ない感じで、翔は行ってしまった。

 そんな翔を、孝太と千佳は黙って見送った。

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