前半 35
光はデータベースの公開だけでなく、浜中から聞いた事件の情報もまとめ終え、一息ついていた。
既にライトとダークも本格的に動き始め、ちょっとしたチンピラなどを何人か既に捕まえたといった報告も来ている。また、警察の方へ先ほどあった暴走車に関する通報という形で、いくつか情報を流したことで、大型トラックを使ってきた運送業者などは早速捜査が入ったそうだ。
また、警察が追っている連続殺人事件を利用する計画については、闇サイトを利用している暴力団などに捜査が進むよう、偽の情報を既にいくつか通報した。こちらについて、すぐ警察が動くことはなさそうだが、あえて警察に通報があったという事実を暴力団の方にも伝わるようにしたため、それだけでちょっとした抑止力になるだろうと光は考えている。
そうして、ある程度は他の人に任せられる状況になり、光は今更ながら多少の疲れを感じた。それこそ、今のうちに昼寝でもしようかと思うほどだった。
ただ、そんなタイミングで翔から連絡が来たため、光は気持ちを引き締めるように息を吐いてから、電話に出た。
「ラン君、どうしたのかな?」
「今、大丈夫ですか?」
「うん、少し落ち着いたところだから大丈夫だよ」
「先ほど、今起こっている連続殺人事件の情報を連携してくれましたが、それを見た冴木さんが、被害者の共通点に気付いたんです」
「ちょっと待ってもらえるかな? 浜中さんも通話に参加させたいんだけど、いいかな?」
この事件について、浜中は少しでも手掛かりがほしいと思っているようだったため、被害者の共通点なんて大きな手掛かりがあるなら、それを連携したかった。そう考え、光は浜中も通話に参加させることを提案した。
「はい、できればすぐ警察にも動いてもらいたいので、是非お願いします」
「それじゃあ、通話に参加させるよ」
浜中には、先ほどスマホを渡したため、光はそちらの方に連絡した。
「どうしたんだい?」
「さっきの今で、すいません。先ほど、例の連続殺人事件について、情報をみんなに共有したんですけど、ラン君が被害者の共通点を見つけたみたいなんです」
「そうなのかい?」
「見つけたのは冴木さんです。それで、早速話しますが……この事件の被害者は、全員TODの元ターゲットだそうです」
あまりにも意外な言葉に、光と浜中は少しの間、言葉を失ってしまった。
「それは本当なのかい?」
「冴木さんはTODが始まってから、六回ディフェンスとして参加しています。それで、この連続殺人事件の被害者は、第一回目から第四回目のTODで、それぞれターゲットに選ばれた人だそうです。ちなみに、殺された順番と、ターゲットに選ばれた順番も同じだそうです」
「そうだとしたら、次は第五回目のTODでターゲットに選ばれた人が狙われるってことかい?」
「自分と冴木さんは、そう考えています。それで、冴木さんから、その元ターゲットの名前と、当時の住所を教えてもらったので、そちらを光さんに連携します。これから、この人がどこにいるか、すぐに特定してもらったうえで、警察などに保護をお願いしたいんです」
そう話している間に翔からメッセージが来て、光はすぐに確認した。
「わかった、僕の方ですぐに調べるよ。浜中さんにも連携するので、警察の方にも動いてもらっていいですか?」
「それは……難しいかもしれないね」
浜中が困った様子で言葉を濁した直後、翔の微かなため息が聞こえた。
「TODが絡んでいるとなると、やはり警察は動かないですか?」
「……本当に申し訳ないね。今回の事件とは関係ない形で、不審者につけられているとか、何か事件を目撃してしまったとか、そんな嘘の通報をして、対応してもらえるといいけど……今は、先ほどの暴走車について捜査している人ばかりだから、すぐには動いてくれないかもね」
「そういうことなら、こっちで対処します。今、圭吾さんと一緒にいるので、ライトやダークに保護してもらいます」
「ラン、どういう状況かわからない。スピーカーに切り替えろ」
「はい、わかりました。簡単に説明すると、TOD絡みのことは、やはり警察の方で動きづらいようで、それまでこちらで対応する必要がありそうです」
「何よそれ? どうにかしてもらえないの?」
「千佳、浜中さんも望んでねえことだし、強く言うなよ」
圭吾だけでなく、千佳や孝太の声も聞こえ、二人も一緒なんだと感じつつ、光は元ターゲットについて、既に有力な情報を手に入れていた。
「良かった。当たり前だけど、情報を隠しているわけじゃないし、連絡先だけでなく、スマホから位置情報なんかもわかったよ。試しに連絡をしてみようか。少し待っていてね」
光は仕事の関係で連絡する際に使用している方のスマホで、通話を試みた。しかし、相手が通話に出ることはなかった。単に忙しいとか、知らない番号からの連絡で不審に思われているとか、そんな理由で出ないのだろう。そんな風に考えられたが、無事が確認できない状況に、光は多少の不安を持った。
「連絡してみたけど、出ないね。とりあえず、位置情報を共有するよ」
「ありがとうございます。ここは……すぐ近くですね。だったら、今すぐここに向かいます」
「翔、美優との約束、もう忘れちゃったの!?」
「ちゃんと覚えているから、自分自身と、この元ターゲットの安全を第一に考えている。それで、犯人が襲ってくる前に、この人と合流して、どこかに匿うのが一番だと思ったんだ。圭吾さん、鉄也と和義に、どこか潜伏できそうな場所を確保するように伝えてください。それと、ライトとダークのメンバーで、周辺の警備などをお願いしたいです」
「いや、とにかく翔に無茶しねえでほしいと思って、さっき美優はお願いしたんだよ。何で、そういうことは気付かねえんだよ?」
「それだってわかっている。ただ、できることがあるのに、何もしないなんて、そんな選択はしない」
翔が孝太達と揉めるのも無理ないと思いつつ、光はどうするべきかと考え、ここは翔に味方することにした。
「ラン君の言うとおり、すぐに犯人が襲ってくる可能性がどれぐらいあるかって話もそうだし、そもそも犯人の標的が本当に元ターゲットなのかもわかっていない。まあ、四人も殺されているから、単なる偶然とは思えないし、とにかく保護を優先するのは賛成だよ」
「私も……こっちは少し時間がかかりそうだけど、この元ターゲットの所に向かうよ」
「こいつの目的はわからないが、元ターゲットを狙っているってことは、そのうち美優を狙うかもしれない。だったら、先にどんな奴か少しでも把握しておきたいし、できれば捕まえたいんだ。これは復讐とかでなく、美優のためだ」
そこまで翔が伝えたところで、少しの間が空いた。
「わかった。何か言いくるめられてる気がするけど、いいよ。孝太もそう思ってるかな?」
「ああ、まあ……僕も千佳も、納得はしてねえからな。だから、絶対に無茶だけはすんじゃねえよ?」
「ああ、わかっている。それじゃあ、千佳と孝太は、さっき言ったとおり、美優から頼まれた物とか、必要な物を集めてほしい。圭吾さんも、さっきお願いしたとおり、鉄也達に潜伏できそうな場所の確保をお願いしてください」
「俺も一緒に行くぞ?」
「いえ、元ターゲットの安全を確保できたら、すぐにまた動きたいんです。だから、さっき話したバッグなど……あと、バイクに乗っている時も通話できるように、イヤホンマイクも欲しいです。そうした、まだ自分でも気付いていない、必要な物を集めてもらえませんか?」
翔がそんなお願いをしている間に、光はデータベースの方へ元ターゲットの情報を載せ、全員に共有させた。
「急いだ方が良さそうだし、元ターゲットの情報は、みんなに共有したよ。近くに誰かいれば、ラン君と合流してもらうよ」
「ありがとうございます。それじゃあ、自分は早速行きます。光さん、自分のスマホにナビを表示してもらっていいですか?」
「うん、すぐできるよ」
「圭吾さん、ナビを確認できるよう、スマホをバイクに固定したいんですけど、どうすればいいですか?」
「だったら、これを使えばいいぞ」
「ありがとうございます。それじゃあ、自分はもう行くので、こちらは切りますね」
慌ただしい感じで翔が通話から抜けて、光と浜中だけで通話している状態になったところで、二人はお互いにため息をついた。そのタイミングが同じだったため、光は思わず笑ってしまった。
「無茶ばかりしていますけど、僕達でサポートしましょう」
「うん、そうだね。さっき言ったとおり、私もすぐ向かうよ」
「はい、お願いします。僕は引き続き、元ターゲットに何度か連絡してみます。それで、少しでも話せたら、身の安全を確保するよう、提案します」
「うん、よろしくね。それじゃあ、私も切るよ」
そうして浜中との通話も切ると、光はまた一息ついた。
「光、元ターゲットの人に連絡するぐらいなら、私でもできるから、少しだけでも休んでよ」
心配した様子の瞳を見て、そこまで自分は疲れているように見えるのかと感じると、光は苦笑した。
「これで光が倒れたら、もっとみんなを困らせることになるよ?」
「確かに、瞳の言うとおりだね。それじゃあ、ここは任せるよ」
そう言いつつ、光は元ターゲットの位置情報を改めて見たところで、どこか違和感を覚えた。
元ターゲットは、先ほどから移動することなく、一ヶ所に留まっているようだ。ただ、完全に止まっているわけでもなく、微妙に移動しているのか、うろうろとしているように感じた。
光は、どこか店にでも入っているのかと思いつつ、何かがおかしいと感じた。ただ、疲れからか、上手く頭が働かなかったため、そこで考えるのを諦めた。
「それじゃあ、少し横になるよ」
「うん、少しでも休んで」
光は部屋を出ると、そのまま仮眠室に向かった。
ネットワークの管理となると、24時間、誰かしらかが監視する必要があり、時には昼間作業をした後、深夜に追加で作業が発生するケースもある。そんな時、少しでも休めるように用意されたのが仮眠室だ。
副社長の自分がいると、他の社員が気を使ってしまうのではないかと思いつつ、仮眠室には他に誰もいなかったため、光は安心したように息をつくと、早速横になった。
そうして、頭を休めようとしたが、先ほど感じた違和感が気になり、自然とそのことを考えた。
思えば、元ターゲットがいる位置は特定したが、そこがどんな場所なのかは調べなかった。そんな風に思ったところで、光は身体を起こした。
「あの場所……」
そして、今はまだ休む時じゃないと判断すると、光はすぐに仮眠室を出た。