前半 34
翔は美優だけでなく、孝太や千佳からも様々なことを言われ、そうして感じたことを上手く整理できないでいた。
「そうだ。美優、何か必要な物はないか? 今後、合流した時に渡すつもりだが、俺が用意しづらい物などがあったら、今のうちに言ってほしい」
そして、多少無理やりに思いつつ、話題を変えた。
「えっと、急に言われると困っちゃうな……」
翔が話題を変えたことについて、美優は特に触れることなく、それに乗ってくれた。ただ、孝太と千佳は、まだ納得いっていないだろうと思いつつ、そちらに目をやったが、二人も特に触れてくることはなかった。
そこでふと、翔は千佳を見て思うところがあった。
「そういえば、今更だが、千佳はすごい格好だな」
「うん、すごいでしょ! ママとパパがサバイバルゲームを趣味にしてて、買ってもらったの!」
「サバイバルゲーム……それじゃあ、防弾チョッキとか、持っていないか? 銃を使ってくる奴がいるから、美優に着せたいんだ」
「それなら、確かママとパパが持ってたから、借りるよ! あ、でも、二つだけだと……」
「俺は大丈夫だ。美優と翔の分があればいい」
途中、冴木が話に入る形で、防弾チョッキは千佳が両親に借りるといった話でまとまった。
「それより、美優は着替えとか、どうしてるの?」
「うん、それは冴木さんが用意してくれているから、大丈夫だよ」
「え、でも、下着とか、困るんじゃないの?」
千佳の意見はもっともなもので、冴木が美優の下着まで用意しているとは考えづらい。そんなことを冷静に考えられるぐらい、しばらく沈黙が続いた。
「千佳、そういうことは、翔のいるところで言わないでくれるかな?」
この場にいないのに、美優の怒った顔が、翔は容易に想像できた。それは千佳も同じだったようで、怯えた表情になっていた。
「美優、ごめん! でも、困っていると思って……翔、スピーカーを切ってもらっていいかな?」
「ああ、別に構わないが……」
「あ、でも、美優は冴木さんと一緒なんだよね?」
「俺が気になるなら、少し外に出ているから、その間に話せ。念のため、帽子とマスクをして顔を隠すし、問題ないだろう」
冴木が気を使うようにしてそう言った後、車のドアの開閉音が聞こえた。それを受け、翔はスマホを操作すると、スピーカーを切った。
「美優、これでスピーカーを切った。千佳にスマホを渡すから、お願いしたいことを言ってくれ」
「うん、ありがとう」
「千佳、美優が俺達に頼みづらいこととか、そういうのを聞いてほしい」
「うん! 任せてよ!」
千佳は意気揚々といった調子でスマホを受け取ると、会話を聞かれるのを避けるように、少し店の奥へ行った。
「もしもし? さっきはホントにごめんね。それで、下着の話だけど、この前一緒に買ったとこのでいいよね? あ、でも、最近美優の胸、少し……」
「ところで! 翔は何か必要なものとかねえのか!?」
普通に千佳の声が聞こえてきたため、聞いたらまずいと判断したのか、孝太は気を使うようにして、大きな声を出した。そんな孝太に内心感謝しつつ、翔は今後バイクで移動することを考えて、必要な物を頭の中で整理した。
「圭吾さん、ある程度の荷物を運べるようにしたいんです。どうすればいいですか?」
「そうだな。ヘルメットなどを入れるだけなら、リアボックスでいいが、他の物も運ぶとなれば、バッグを後ろに固定するのがいいだろう。コードとネットを併用するのがお勧めだから、用意する」
「ありがとうございます」
「確認してなかったが、ヘルメットやライダースーツは、どれを使う?」
「ヘルメットはフルフェイスの物で、ライダースーツもサイズさえ合えば、何でもいいです。ただ、難しいかもしれないですが、できれば黒は避けたいです」
ヘルメットもライダースーツも、一般的に黒が多かったように記憶しているが、翔は黒を避けたい理由があった。
「悪魔は黒いフルフェイスヘルメットに、黒いライダースーツを着ていました。それが一般的だからだと思いますが、美優や冴木さんと合流する時、向こうを驚かせないよう、別の色の物にしたいんです」
「それなら、どちらも白を基調にした物にしよう。あと、ライダースーツはジャケットのような物がいいだろう。こっちにあるから、サイズを確認してくれ」
「ありがとうございます」
ここは中古バイクの販売店だが、ヘルメットなどの関連物は中古だけでなく、新品の物も売られているようで、そちらの売り場に翔は案内された。それについてくる形で、孝太も一緒に来た。
「ヘルメットは、これが軽くてお勧めだ。あと、今の時期なら、このジャケットが、そこまで暑くないし、何より動きやすいんだ。この後、バイクで移動するなら、早速着てみろ」
「はい、わかりました」
自分で選ぶまでもなく、バイクに詳しい圭吾が選んでくれて、翔としては助かった。そして、圭吾が選んでくれたジャケットを着ると、そのままヘルメットも被ってみた。
「どうだ?」
「はい、とてもいいです」
「あと、バッグなども用意するか。それなら、こっちに……」
「みんないた! もう、勝手にいなくならないでよ!」
そんなことを言いながら、千佳は怒った様子でやってきた。
「翔、何それ!? かっこいい!」
「ヘルメットとジャケットを用意してもらったんだ。美優との話はまとまったか?」
そう言いながら、翔はヘルメットだけ外した。
「うん、これから買いに行ったりして、後で翔に渡すよ。あ、中身はわからないようにするから、絶対に中を見ちゃダメだよ?」
「言われなくても見ない」
わざわざそんなことを言わなくていいんじゃないかと思いながら返事をしたところで、翔が懸念したとおり、美優の怒ったような声が微かに聞こえた。
「ああ、美優、またスピーカーにするから、翔にスマホ渡すよ? 翔、スマホ返すね」
千佳は慌てた様子でそう言うと、押し付けるようにしてスマホを渡してきた。翔はそれを受け取ると、またスピーカーに切り替えた。
「美優、スピーカーに変えた。聞こえるか?」
「うん、聞こえるよ。あ、冴木さんを呼ぶから、少し待って。冴木さん、もう入ってきて大丈夫ですよ!」
美優がそう言うと、またドアの開閉音が聞こえた。
「本当に大丈夫か?」
「はい、大丈夫です」
冴木の声が聞こえたところで、翔は今後どうするべきかということを改めて考えた。
「今のところ、二人がどこにいるか特定されていないようなので、引き続き美優のことは冴木さんに任せます。どこか安全に泊まれる場所があるなら、そちらに行ってもいいと思います」
「ああ、自由に使えるホテルや宿泊所を知っているから、それを利用するつもりだ」
「それは安全なんですか?」
「普通の人は利用しない、廃墟のような所を使うようにする。特に予約を入れることもないから、俺達のことが特定されるとは考えづらい。まあ、潜伏先を特定されたことで、不安になっているかもしれないが、本当に安心してほしい」
「……わかりました。お願いします」
冴木の言い方から、セキュリティなどを考慮した場合、あらかじめ用意した潜伏先の方が安全だったのだろうということは、すぐに感じた。ただ、位置が特定されないという点では、そうした場所の方がいいだろうと判断して、翔は冴木の提案をそのまま受け入れた。
「それじゃあ、こっちは……千佳に色々と用意してもらう必要があるが、どれぐらいかかるかわかるか?」
「店が開いてるうちに買い物を終わらせて、あと家に防弾チョッキを取りに行くから、ちょっと遅くなるかも。あ、孝太も、買い物付き合ってね」
「いや、えっと……僕は荷物持ちで、入りづれえ店には入らなくていいんだよな?」
先ほど、下着の話なども出ていたため、孝太の反応はもっともだと思いつつ、翔は触れないことにした。
「バイクで運ぶから、あまり重い物は避けてほしい」
「うん、わかってるよ」
「それじゃあ、その間に、俺は圭吾さんからもらったバイクの慣らし運転をしながら、光さんの所に行ってくる」
今のところ、光と直接会って話す機会がなかったため、このタイミングで会っておきたいと翔は思っていた。
「冴木さん、何かあったら、すぐに連絡してください」
「ああ、わかった」
「美優も……美優の方がわかると思うが、冴木さんに任せておけば、きっと大丈夫だ。だから、あまりネガティブに考えないようにしてほしい」
「……うん、わかった。翔も、無茶しないで、本当に気を付けてね」
「ああ、大丈夫だから、心配するな」
そうして話がまとまりかけたところで、スマホに通知が来たため、翔はすぐにそれを確認した。
「冴木さん、さっき光さんにお願いしていたんですが、ライトやダークが共有しているデータベースの情報を、自由に閲覧できるようにしてもらえたようです。これなら、位置を特定されるリスクは低いと光さんも言っていたので、連携します」
「ああ、わかった」
それから、翔はスマホを操作して、冴木に光から来たメッセージを伝えた。
「確認できた」
「今は、ライトとダークのメンバーが、闇サイトの利用者に対処してくれています。それと、警察が追っている連続殺人事件の情報を利用して、警察にも動いてもらうみたいです」
「ああ、そういうことみたいだな。こういった情報操作は、光に任せるのが一番のようだな。丁度、利用しやすい事件があったのは、こちらにとって好都合……いや、この事件は……」
冴木は何かに気付いたような口調だったが、そこで言葉を詰まらせた。
「冴木さん、どうしたんですか?」
そう聞いたのは、冴木と一緒にいる美優だった。こちらからは姿が見えないため、口調で判断するしかなかったが、冴木の様子を直接見ている美優がそう言ったことで、冴木が動揺しているようだと感じた。
「冴木さん、話してください」
そのため、翔は少しだけ強い口調で、そう言った。
「翔に話していいのか……いや、話しておくべきなんだろうな。この連続殺人事件の被害者は、全員TODのターゲットに選ばれた奴だ」
一瞬、冴木が何を言っているのか、翔は理解できなかった。
「待ってください。どういうことですか?」
「TODが始まった時から俺はTODに参加していたって話を、既にしただろ? この事件の被害者、全員俺がTODに参加した時のターゲットだ。年齢や住所などを見ても、間違いない」
「何でそんなことが……」
「それはわからないが、被害者が殺された順番は、ターゲットに選ばれた順番と同じだ。それで、俺はTODに六回参加しているが、五回目に参加した時のターゲットは、今も無事なはずだ」
翔はまだ整理し切れていなかったが、冴木の伝えたいことを理解すると、それだけ考えようと頭を切り替えた。
「その人は、どこの誰ですか? 犯人の標的が、TODの元ターゲットなんだとしたら、いつか美優が標的になるかもしれません。誰を標的にするかわかっている今、防げるなら防ぎにいきます」
「そう言うと思って、伝えるべきか迷った。だが、翔の意見もわかるから、元ターゲットの情報を、俺のわかる範囲で伝える。メッセージで情報をまとめて送るから、光達に伝えて、対応を考えてもらえ」
「わかりました。その元ターゲットがどこにいるかわかったら、自分も……」
「さっきの話、翔は理解していないのか!? 美優を悲しませるようなことは、絶対するな! こんな奴の相手をしようなんて、絶対に考えるな!」
元ターゲットの所へ行き、襲撃してくるかもしれない犯人の相手をしようと考えていたが、冴木の強い言葉を受け、翔は何も言えなくなった。
「光のおかげで、警察を動かすことができる状況なんだ。警察にとっても、追っている事件の情報が入ったってことで、すぐに動いてくれるはずだ。だから、翔は無茶をするな」
「本当に警察がすぐ動いてくれるなら、自分は何もしません。ただ、警察の体制を考えれば、そうはならないと思うんです」
「確かに翔の言うとおりかもしれないが……」
「光さんにお願いすれば、一緒にライトやダークのメンバーも動いてくれます。自分だけで、どうにかしようとは思っていません」
そこまで伝えたものの、冴木は納得いっていないようで、何の言葉も返ってこなかった。
「翔、約束して」
そこで、不意に美優がゆっくりとした口調で、そう言ってきた。
「翔自身と、その元ターゲットの人の安全を第一に考えて、相手を倒そうとか、そんなことは考えないようにしてほしい」
そこまで言われ、翔は先ほど言われたことをまた思い出した。そして、改めて復讐などしてほしくないといった、美優の思いを受け取った。
「わかった。約束する」
「冴木さん、その元ターゲットのこと、教えてくれませんか?」
「……美優がそう言うなら、わかった。翔、すぐにメッセージを送るから、確認してくれ」
それからすぐに冴木からメッセージが来て、そこには元ターゲットの名前や住所などが記載されていた。
「これを光達に伝えれば、すぐ特定してくれるはずだ」
「わかりました。それじゃあ、一旦切って、光さんに連絡します」
「くれぐれも気を付けろよ」
「わかっています。美優との約束は守ります」
それだけ伝えた後、翔は通話を切ると、そのまま光に連絡した。