前半 33
孝太と千佳は、翔に会うため、圭吾と一緒にダークの本拠地を後にしていた。途中、地下から出たところで、ライトのメンバーが運転する車に乗せてもらうと、そのまま圭吾と初めて会った、中古バイクの販売店に向かった。
「翔、怪我とかはないですかね?」
「多少の怪我はしてるだろうが、大丈夫だろう」
移動中は、千佳が他愛もない話を時々振っては、圭吾が簡単に答えるという時間が続いた。千佳は、沈黙が嫌いなようで、誰も何も話さなくなったと思ったら、その度に何かしらか話題を振っていた。そんな千佳の心中を察して、途中から孝太も会話に参加するようにした。
そうして、翔との待ち合わせ場所に着くと、運転してくれたライトのメンバーを車に残す形で、孝太達は店の中に入った。圭吾が他の店員に確認したところ、翔はまだ来ていないとのことで、少しの間、待つことになった。
その間、圭吾は翔に渡す予定のバイクを用意すると言って、奥へ行ってしまったため、孝太は千佳と一緒にバイクやパーツを眺めながら、時間を潰した。
そうして待っていても、翔はなかなか来なかった。思えば、翔がどこにいたのかだけでなく、ここまでどうやって来るのか聞いていなかったため、時間がかかること自体は、普通に考えられることだ。しかし、状況が状況なため、少しずつ心配になってきた。
「翔、遅くない? 大丈夫かな?」
千佳も孝太と同じで、心配した様子だ。それを見て、孝太はむしろ気持ちを落ち着けると、笑顔を見せた。
「心配ねえよ。翔はとんでもなく強いし、さっきだってすごかったじゃねえか。心配するだけ無駄だって」
「確かに、孝太の言うとおりかも。でも、それでまた無茶をしてるかもしれないよ?」
「ここに来るだけで、そんな無茶をするとは思えねえよ。まあ、色々と言いたいことはあるから、それは会った時に、ちゃんと話そう」
そんな話をしているところで、店に誰かが来たことを知らせる、入店音が聞こえ、孝太と千佳は入り口に目をやった。
「悪い、思ったより遠くて、遅くなった」
もしかしたら、もう無事な姿を見ることはできないかもしれない。そんな不安すら持っていたが、翔は普段と変わらない様子だった。
そんな翔の様子が意外で、孝太はどう反応すればいいか、困ってしまった。
「もう、そんな普通な感じで来ないでよ! こっちは、すごい心配したんだから! 孝太だって、そうでしょ!?」
ただ、千佳が自分の言いたいことを言ってくれて、孝太は笑った。
「ああ、ホントに心配した。でも、こうしてまた会えて良かった」
「……心配をかけて悪かった。それと、さっきは孝太のおかげで、本当に助かった。改めて、ありがとう」
「僕は高校サッカー界で一番の司令塔なんだ。あれぐらい簡単だよ」
そう言うと、翔はどこか嬉しそうとも、悲しそうとも、どちらにも取れる表情を見せた。
「ラン、来たんだな。積もる話もあると思うが、先に説明させてもらうぞ」
ただ、圭吾がそう言いながら、バイクを持ってきたため、翔の真意を確認することはできなかった。
「圭吾さん、色々とありがとうございます。バイクまで用意してもらって、助かります」
「これぐらい、どうってことない」
「お金は、後で払います。そのまま、自分が買い取るつもりなので……」
「金は必要ないぞ。そもそも、これは売り物でも何でもない、俺の趣味を形にしたものだから、好きに使ってくれ」
「どういうことですか?」
翔が質問すると、圭吾は少しだけ間を空けた後、笑顔で話し始めた。
「これは売り物にならなかったり、廃棄処分になったりしたバイクから、使えそうなパーツを集めて組み上げた物だ。それぞれのいいとこ取りでもあるから、新品のバイクにだって、性能で負けることはないぞ」
「それを自分が使うなんて、本当にいいんですか?」
「使っていいというより、使ってほしいんだ。というのも、このバイクは、いわゆる違法で、公道を走ることを許可されてない。だから、こうしてできあがったものの、十分に走らせることはできなかったんだ」
「……無免許運転の時点で、違法ですからね。そういうことなら、お借りします」
「いや、さっき言ったとおりの事情があるし、真面な状態で返ってくるなんて思ってない。だから、このバイクはランに譲るぞ」
「それは……わかりました。本当にありがとうございます」
所々、違法といった気になる単語があり、心配になりつつ、孝太は翔と圭吾の会話を黙って聞いていた。バイクのことは、ほとんどわからないも同然だが、話を聞いた限り、高性能なんだろうということは、何となくわかった。
「俺の用事はこれだけだ。さっきも言ったが、積もる話があるはずだ。それをじっくり話すべきだと思うぞ」
圭吾は、孝太と千佳、そして翔の伝えたいことを促すような、そんな言い方だった。
それを受け、最初に話を切り出してくれたのは、いつもどおり千佳だった。
「美優は無事なんだよね?」
「ああ、今は冴木さんと一緒にいて、さっきメッセージで少しやり取りしたが、特に襲撃を受けることもないそうだ。和義に調べてもらっていることがわかるまで、何とも言えないが、こちらの位置が特定されていたのは、やはり車やスマホが原因だったのかもしれない」
「その冴木って人は、本当に信用できるの? 私と孝太はちょっと見ただけだし、わからないの」
千佳が自分の聞きたいことをいつもどおり聞いてくれて、孝太は助かった。
「冴木さんは、TODが始まった当初から、数回参加しているそうだ。それで……緋山春来がターゲットに選ばれた時も、参加していたんだ」
「でも、緋山春来は殺されたんだよな?」
「それは、悪魔と呼ばれている、人を殺すことしか考えていないような奴が、オフェンスにいたからだ。冴木さんが一緒にいたところで、緋山春来を守ることもできなければ、巻き添えを受けて、冴木さんまで殺される可能性が高かった。だから、冴木さんだけでも生き残る選択をしてもらったってだけの話だ」
翔の言っていることを理解しつつ、孝太はどこか妙な違和感を覚えた。ただ、それが何なのか、孝太にはわからなかった。
「それから、冴木さんはTODから離れていたようだが、今回こそは逃げないと、参加することを決めたんだ。はっきり言って、俺が一緒にいるより、美優のことを守ってくれると思う。俺は……むしろ美優を危険に晒してしまったからな」
「何があったんだよ?」
「オフェンスが来て、迎撃しようとしたが、思いのほか苦戦したんだ。そうしたら、美優まで戦うことを選択した。あれは、完全に俺が間違っていた」
それから詳しい話を聞き、孝太は翔と美優に対して、そんな行動を取って当たり前だといった、妙な納得があった。そして、翔に変わってほしいことが確実にあることを自覚しつつ、上手く言葉にできなかった。
「もう、翔も美優も、無茶し過ぎだよ! だから、こっちは心配になるんだよ! 孝太だって、そう思うでしょ!?」
「……ああ、僕もそう思う。それと……言っても無駄だと思うけど、それだけ冴木さんが信用できるなら、この件から翔は少し離れるべきじゃねえか?」
孝太はそう言ったが、翔に伝わっていないことは、すぐにわかった。
「俺の目的は、TODに復讐することだ。その目的を果たすまで、離れる気はない」
翔の冷めた目を見て、孝太は自分の言葉など、まったく伝わらないのだろうと確信した。
「翔、美優と連絡するのは、やっぱりダメなのかな?」
不意に、千佳がそんな提案をして、孝太だけでなく、翔も戸惑った様子を見せた。
「位置が特定されるかもしれないとか、冴木さんが信用できるとか、そういう話もわかったけど、やっぱり直接話したいの!」
千佳が強い口調でそう言うと、翔は少しだけ間を置いた後、穏やかな表情になった。
「そうだな。美優も二人と話したいと思うし、連絡してみる」
それから、翔はスマホを操作した。少しだけ時間がかかっていると思いつつ見ていると、翔が反応するようにして口を開いた。
「美優、今は大丈夫か? いや、別に何かあったわけじゃない。今、孝太と千佳と一緒で、美優と直接話したいと言われて、連絡したんだ。スピーカーにしてもいいか?」
そんなことを言った後、翔はまたスマホを操作した。
「スピーカーに変えた。こっちの声は聞こえるか?」
「うん、聞こえているよ。孝太と千佳もそこにいるの?」
美優の無事な声を聞き、孝太はどこか懐かしいというか、上手く表現できない感情を持った。
「美優、良かった! 無事なんだよね!?」
「うん、大丈夫だよ」
「僕も安心したよ」
「二人のおかげで、たくさんの人の協力をもらえたことも知っているよ。二人とも、ありがとう」
「どういたしまして! でも、ホント色々あったから、聞いてよ!」
それから、千佳はこれまで何があったかを、興奮した様子で話した。特に、和義を相手にケンカをしたことや、翔がこちらに来る際にサポートしたことなど、孝太の活躍を強調して伝えていて、孝太は少し恥ずかしくなった。
「翔、やっぱりまた無茶したんだ……」
ただ、美優の一番の感想は、それだった。そんな美優の言葉を受け、孝太は先ほど話していたことを思い出した。
「さっき話してたんだけど、あまり翔に無茶をしてほしくねえって、僕達も思ってるんだ」
「うん、そうだよ! 美優からも言ってよ!」
そんな風に言うと、翔はこちらを避けるような、冷たい目になった。
「私は何度も言っているけど……また言うね。翔には、復讐とかしてほしくないの」
美優がそう言ったが、その言葉は翔に伝わっていないようだった。
「私も美優と同じ気持ちだよ。孝太も同じでしょ?」
「うん、僕も同じだよ」
そこまで言ったところで、ようやく翔は口を開いた。
「孝太達だって、これまで無茶をして……」
「僕達も少し距離を置こうと思ってる。そしたら、翔も考えてくれるか?」
孝太がそう伝えると、翔だけでなく、千佳まで驚いた様子を見せた。
「え、そうなの!?」
「千佳まで驚くなよ……。ダークやライトとは、今後も何かしらか、かかわりたいと思ってる。でも、正直言って今の僕達だと、足手まといになることもあると思う。少なくとも、美優を襲う可能性のある奴を倒すとか、そんなこと、僕達にできるとは思えねえよ」
今後、孝太達にできることといえば、監視カメラを使った周辺の確認ぐらいだろう。それによって、翔をサポートできたという事実はあるものの、あれは特殊な状況で、今後も同じようなことがあるとは思えなかった。
「それと、誰も力になってくれねえって状況は、もう終わったんだ。圭吾さんに鉄也さん、それに光さんを中心に、ライトやダーク、それにセレスティアルカンパニーや、浜中さんのような刑事まで協力してくれるようになったから、少し距離を置こうと思ったんだ」
「……割って入ってすまない。俺は必ず美優を守る。美優を任せてくれたということは、翔が俺を信用してのことだろ? それで納得できないということは……何かTODに個人的な思い入れがあってのことだろう」
冴木がそんな風に伝えると、図星だったのか、翔は顔を背けるような反応をした。
「個人的な思い入れってことなら、僕もあった。緋山春来がTODのターゲットだったと知って、それでTODを自分の力でどうにかしてえと思ったんだ。でも……これは光さんに会って思ったことだけど、今の状況を受け入れて、できることをするべきだと気付いたんだよ。だから、僕は緋山春来に拘らねえで、高校サッカー界で一番の司令塔として、精一杯やることにしたんだ」
翔は顔を背けたままだったが、孝太は続けた。
「大切な人がTODに巻き込まれて、それで殺されたって言ってたけど、いつまでもそのことに拘るべきじゃねえと思うんだ」
「私もそう思うよ! というか、これまで翔が色々やったから、これだけ協力してくれる人ができたんだし、翔はもう十分過ぎるほど、復讐できてるよ!」
千佳が加わる形で思いを伝えると、翔はこちらに顔を向けた。ただ、その表情を見て、翔の考えは変わっていないと、すぐわかった。
「あいつは……俺のせいで死んだんだ。だから、これで終わりなんて、考えられない。俺は絶対に復讐する」
翔に自分達の言葉が伝わることはないだろう。そんな諦めを孝太は持った。そして、それは千佳も同じのようだった。
「篠田さんとセーギさんが殺されたこと。須野原先生が自殺したこと。桐生真さんの件もそうだよ。全部、私のせいだと翔は思っているの?」
不意に美優がそんな質問をして、翔はすぐに反応した。
「そんなこと、思うわけないだろ! 美優のせいなんかじゃない!」
「だったら、翔の大切な人が亡くなったことも、翔のせいじゃないんだよ」
その言葉に対して、翔は何も反論しなかった。
「何があったのかは聞かないつもりだったけど……翔の大切な人を殺したのは、みんなが悪魔と呼んでいる人なんだよね?」
「ああ、そうだ。あいつを放っておけば、また誰かが……美優が殺されるかもしれない。俺は、あいつを殺してでも、それを止めたい」
「そんなこと、私は望んでいないし、翔の大切な人も絶対にそんなこと望んでいないはずだよ。誰かを恨んだり、復讐しようなんて思ったり、そんなことだけはしないでよ」
その時、翔は右手で、左手首に着けたミサンガに触れた。それから目を閉じると、少しの間、そのままでいた。
そして、翔は目を開けると、右手で強く左手首を握った。
「わかった、頭の中には入れておく。だが、これで距離を置くつもりはない」
「……うん、そう言うと思ったよ。でも、ありがとう」
美優の伝えたいことが全部伝わったわけではないだろうと思いつつ、自分や千佳が伝えても伝わらなかったことが、少しだけ翔に伝わった。
何の根拠もないものの、孝太はそんな風に感じた。