前半 31
通話を切った後、光は一息ついてから、浜中に目をやった。
「浜中さん、お待たせしてしまい、すいません。早速……」
「いや、私はいくらでも待つよ。監視カメラの映像などを追跡するなら早い方がいいし、みんなに共有する情報をまとめるのを優先していいよ」
「本当ですか? それでは、すぐに終わらせます」
少しの間、翔をサポートするために中断していたが、和義が集めてくれた情報の整理は、既にほとんど終わっている。そこに監視カメラ映像から得られた情報を加えると、光は警察に任せた方が良さそうな暴力団などを一旦除くと、ライトやダークで対応できそうな対象だけに絞った。
そうして情報をまとめると、光はデータベースにそれを載せ、みんなに共有した。同時に、警察に任せるべき対象――自分達で対処するには危険な可能性がある対象に関しては、行うとしても監視までで、深追いしないようにも伝えた。
「すいません、本当にお待たせしました。急いで行いたかった、ライトとダークへの情報共有は、一先ずこれで終わりました」
「大丈夫かい? 私はいくらでも待つよ?」
「あと、データベースを浜中さんなどでも閲覧できるようにしたり、現状特定できていない闇サイトの利用者を特定したり、やることはありますけど、それよりも浜中さんの話を聞かせてください」
「わかったよ。それじゃあ、既に伝えていることもあるけど、警察が追っている連続殺人事件について、詳しく教えるよ。それと、先に大事なことを言わないといけないね。これはあくまで聞き込みであって、私が警察内部の情報を外部に流そうといった目的で行うことじゃないと理解してもらえるかい?」
少し冗談っぽくも聞こえる言い方だったため、光は笑った。
「わかりました」
「あと、光君がこの情報を他の人に共有するのも、あくまで聞き込みの延長ということで、お願いするよ。それじゃあ、話そうか」
浜中はそう言うと、メモを見ながら、これまでの事件発生日時と場所、被害者の詳細、プロファイリングによる犯人の推測、そうしたことを説明していった。光はその話を聞きつつ、パソコンを使って、情報を整理していった。
今回は、警察に動いてもらうために、この事件を利用するつもりだ。具体的な方法としては、対象が事件現場の近くにいたのを目撃したなど、偽りの情報を流すことで、警察の目を向けさせるといった簡単なものになる。そのため、浜中は必要最低限の情報だけを伝えてくれたが、それだけで光は大きな興味を持った。
「この事件、簡単に話を聞いた時点でも妙だと思いましたけど、詳細を聞けば聞くほど、妙な事件ですね」
「そのとおりだよ。それこそTODの件が落ち着いたら、光君達に協力してもらいたいぐらいだよ。なんて言っても、私は捜査に参加させてもらえていないから、難しいだろうけどね」
「そうなんですか?」
「警察が避けているTODの件などを追うとなると、煙たがられるのはしょうがないからね」
浜中は明るい口調だったが、多くの苦労を抱えているだろうことを感じさせるものだった。しかし、それを深堀しても浜中を困らせるだけだと察して、光は触れないでおいた。
「とりあえず、この事件は……言い方が良くないですけど、利用しやすそうです。プロファイリングも意見が分かれているようで、これなら不審者を目撃したといった情報を伝えるだけで、警察は簡単に動いてくれそうです」
「警察としては、情けないとしか言えないけどね。単独犯なのか、複数犯なのか。計画的な犯行なのか、はたまた突発的な犯行なのか。それすらわからないという状態だよ。だから、今のところ捜査は手当たり次第といった感じで、近辺にいた人への聞き込み、刃物の特定は……どこでも手に入る物だと判明したみたいだね。それと、被害者の共通点も調べたけど、何も見つからなかったそうだよ」
「年代が近いので、インターネットを通じて知り合った可能性などは、ないんですか?」
「そうして興味を持ってくれるのは嬉しいけど、今はTODの件を優先しないとダメだよ?」
「そうでしたね。ただ、情報を流すにしても、事件のことは多少なりとも知っておきたいです。それに、この事件は模倣犯の発生を防ぐため、情報規制をしているとのことですけど、僕個人の意見としては、危険を知らせる意味でも情報を共有するべきだと思います。なので、僕の方で情報を整理して、後でみんなにも共有します。これは、あくまで危険を知らせるためのもので、この事件を調べることが目的じゃないですからね」
浜中の言葉を真似するような形でそう言うと、浜中は複雑な表情を見せつつ、笑った。
「ありがとう。本当は、警察だけでそうしたことをするべきなんだけどね。もしかしたら、光君達の行動を良く思わない上層部を中心に、今後光君達を妨害してくるかもしれない。その時、私はどうにか光君達の味方になれるよう、最大限の努力をするよ」
「ありがとうございます。でも、お互い、無茶はしないようにしましょう」
「うん、そうだね」
その時、浜中はどこか救われたことを喜ぶような、そんな穏やかな表情を見せた。それを見て、光は浜中の力にもなりたいという、強い思いを持った。
「瞳、この事件の情報は社内でも共有したいから、後でお願いしていいかな?」
「うん、大丈夫だよ」
「ありがとう。じゃあ、お願いするよ」
瞳はいつもどおり、光のことを見守るような形で、自分が話すべき時以外は何も話さないでいてくれる。そのことに、光は改めて感謝の気持ちを伝えた。
「それじゃあ、私はこれぐらいで、もう行くよ」
「少し待ってください。ライトとダークが利用しているデータベースの閲覧を、浜中さんでもできるように公開します」
「そういえば、さっきは聞かなかったけど、それは大丈夫なのかい? 公開ということは、誰でも閲覧できてしまうということだよね?」
浜中の意見は、もっともなものだ。しかし、光は既にその対策を用意しているため、思わず顔がにやけてしまった。
「検索サイトで出てくることもなければ、どのサイトからもリンクされていない、そんなサイトに、浜中さんはアクセスできますか?」
「え?」
「データベースの情報をコピーしたサイトを公開しますけど、そのサイトのURLはどこにも載せませんし、検索サイトの検索結果で出ないようにもします。当然、他のサイトからリンクで来るということもないよう、そうした形でアクセスしてきた者はブロックしますよ」
「えっと、そういう話は苦手で、とにかく大丈夫ということはわかったよ」
浜中が困った様子でそんな風に返したため、光は笑いを堪え切れず、普通に笑ってしまった。
「すいません。浜中さんを困らせてしまいましたね。圭吾もこうした話は苦手で、いつも困らせてしまうんです。浜中さん、圭吾と同じ反応で……笑ってはいけないんですけど、笑ってしまいました」
「その話だけで、圭吾君の気持ちがわかるよ。光君は知っていると思うけど、警察で使用するネットワークの管理について、セレスティアルカンパニーからインフィニットカンパニーへの移行を進めているんだけど、ちんぷんかんぷんだよ」
インフィニットカンパニーの名前が出てきて、光は色々と思うところがあった。それは態度に出てしまったようで、浜中が苦笑しつつ頭を下げた。
「この件も、申し訳ないね。まあ、私が決めたことではないんだけどね」
「警察が決めたことについて、とやかく言うべきではないと思います。ただ、インフィニットカンパニーに任せるのは、おすすめしません。これは、僕がセレスティアルカンパニーの副社長として、利益を考えているから言うんじゃありません。インフィニットカンパニーが管理するネットワークには、問題があります」
「問題って、どういうことか、詳しく聞かせてくれないかい? ああ、でも、聞いたところで私にはわからないだろうね」
「それなら、わかりやすく説明しますよ。そうですね、恐らくネットワークの違いが理解しづらい点として、基本的にどのネットワークからでも、同じようにインターネットを利用できることが挙げられるでしょう」
「その通りだよ。だから、上層部なんかは、単に料金や、匿名性が高いといった利点だけ聞いて、即決してしまったんだ」
「まあ、しょうがないでしょう。大手マスメディアも、インフィニットカンパニーの方が優れているかのように宣伝していますからね」
光は困ったように苦笑した後、話を続けた。
「厳密には違いますけど、わかりやすく言うと、インターネットというのは、誰でも利用できるレジャー施設のようなものと考えてください。ここでは、様々なものを閲覧できるだけでなく、特別な人だけが入れる場所、特定の人とだけやりとりできる場所などがあり、メールなどは手紙を出すサービスと考えてください」
「えっと、レジャー施設かい?」
「レジャー施設でなくても、遊園地や公園、ホテルなど、連想しやすいものなら何でもいいです。そこは公開されているものなので、基本的に誰でも利用できます。ただし、そこへ行く手段がそもそもなければ、利用することはできません。つまり、そこへ行くための道、それと移動手段が必要です。その際に使うのが、ネットワーク……またはネットワークサービスなどと呼ばれるものと考えてみてください」
「なるほど。つまり、ネットワークの違いというのは、道や移動手段の違いで、施設そのもの……ホームページなどは変わらず、同じように見ることができるということかい?」
「理解が速いですね。そんなイメージです。回線が速いなんて言葉がありますけど、それは移動手段として、スーパーカーのようなものを用意してくれているから。利用者が多いと回線が遅くなるのは、道が混んでいるから。そんな風に解釈すると、もっと理解が速いと思います」
「うん、そんなイメージを持ってみるよ」
「あと、インターネットは単なる閲覧だけでなく、こちらから発信したり、時にはファイルをアップロードすることができます。これは、特定の場所に手紙や荷物を持って行くようなイメージを持ってもらえるといいと思います。軽い荷物ならすぐに運べますけど、重いと時間がかかるというのも、重い荷物を積んだせいで速度が落ちているとか、そんなイメージですかね」
「なるほど、ここまでは何となくだけどわかったよ。それじゃあ、セレスティアルカンパニーとインフィニットカンパニーのネットワークでは、どんな違いがあるんだい?」
浜中の質問を受けたところで、光はどこか自分の会社を宣伝する機会を与えられたように感じて、自然と笑みが浮かんだ。
「基本的なことは変わりません。ただ、大きな違いを挙げるとすれば、道に設置された監視カメラの数ですかね。先ほど言ったとおり、インターネットは、こちらから発信することができるものです。その中には、犯罪を助長するような情報から、違法なファイル……荷物に例えるなら危険物としましょうか。そうした物が、他の人の所へ行ってしまったり、時には誰でも手に入るように公開されてしまったりもします。そうした時、誰がそれをそこに置いたのか、確認する手段が僕達のネットワークは豊富なんです」
「確かに、セレスティアルカンパニーは、事前の犯罪抑止などもしているね」
「これは、僕達が管理するネットワーク……さっきの例えでいえば、僕達が管理する道を利用してくれた時だけ、できることです。でも、他の道を利用された場合は、誰がやったのか特定できません。インフィニットカンパニーが挙げる、匿名性が高いという言葉は、そのことを指した言葉です」
「待ってほしい。それは、あくまでセレスティアルカンパニーからは、わからないという意味だよね? インフィニットカンパニーからすれば、自分のネットワークを利用している人達の情報は把握していそうだし、それは匿名性が高いと言えるのかい?」
浜中が確信に迫ってくれたため、光は軽く笑った。
「その通りです。一応、匿名性という部分について、もう少し話しましょうか。それぞれが管理するネットワークというものは、完全に独立していないケースもありまして、それこそどこかで道が交差していたり、同じ道を通ったりしていることがあるんです。その場合、途中で僕達が管理している道を通ることになるので、その人物の特定などは十分可能になります」
「ああ、そういうこともあるのかい?」
「そのうえで、僕達のネットワークはあらゆるところに広がっているので、僕達のネットワークを使っていないつもりでも、実は使っているって人、結構いるんです。ただ、インフィニットカンパニーは違います。完全に僕達のネットワークと違う道を形成しているので、そちらを利用されると、僕達は何の把握もできなくなります」
「なるほど。どちらにしろ、やっぱり匿名性が高いというのは、セレスティアルカンパニーに対しての言葉みたいだね」
「僕達は、警察などに情報提供していますからね。結果的に、僕達のネットワークは、警察などに対しても匿名性が低いといった印象を与えています。それをインフィニットカンパニーは利用して、宣伝文句にしているんです」
そこまで話したところで、浜中は深刻な表情になった。
「そうなると、インフィニットカンパニーのネットワークに移行するのは、大反対だよ。今後インターネットを利用した犯罪があっても、情報が入りづらくなるということだよね?」
「それだけならいいですけど、インフィニットカンパニーは、自分達のネットワークを利用した人達の情報を簡単に得られます。それは、警察内部の情報が簡単に盗まれてしまうということです。あと、これは都市伝説や陰謀論と言われていますけど、インフィニットカンパニーのネットワークが犯罪に使われているだけでなく、インフィニットカンパニー自身も犯罪にかかわっているなんて話もあります。そんな状態で、警察が利用するネットワークをそちらに移行するというのは、危険としか言えません」
「同感だよ。参ったね……」
浜中は笑うしかないといった様子で苦笑した。
「そういえば、最近提供されるスマホが変わったんだよ。これも良くないのかい?」
「おすすめはできないですね。瞳、浜中さんにスマホを用意できないかな?」
「多分、できるからお願いしておくよ」
「ありがとう。浜中さん、今後僕達と連絡する時や、後で連携するデータベースを見る時などは、これから渡すスマホを使ってください」
「わかったよ。むしろ、そんな物まで用意してもらって助かるよ。ありがとう」
そうして、一通り話を伝えたところで、光は時計に目をやった。
「こんなに時間をもらってしまい、すいませんでした」
「いや、貴重な話を聞けたよ。ありがとう」
「瞳、スマホの件、お願いしていいかな? 僕はデータベースの公開と、浜中さんから聞いた事件のことをまとめるよ」
「うん、わかった。それじゃあ、浜中さん、一緒に来てもらっていいですか?」
「ああ、お願いするよ。光君、改めてよろしくね」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
そうして、部屋を後にした浜中を見送ると、光は頭を切り替えるように顔を上に向けた後、少ししてからパソコンのモニターに目を戻し、キーボードを叩いた。