ウォーミングアップ 08
翔は着替えながら、今日のことを思い返していた。
練習試合とはいえ、自分がサッカー部の試合に参加した。その事実を、翔は上手く整理できないでいた。
「翔、マジですごかったな!」
「ホント、大活躍だったぜ!」
そんな風に声をかけられたが、翔は顔を向けることなく、口を開いた。
「別に、大したことはしていない」
その一言で周りは察したのか、それ以上、翔に声をかけてくる者はいなかった。
誰とも仲良くする気はない。そんな考えは、物心付いた時から何となく持っていた。しかし、そんな考えを変えるきっかけとなる言葉を、ある日かけられた。
『ただ、近くにいたいと思っただけだよ』
その言葉をある人から言われたことで、大きな変化があった。そのことは自覚している。ただ、今はあの時と状況が違う。だから、今度こそ誰とも仲良くしないし、なるべくかかわらないようにする。そう決めたはずだった。
それなのに、同じ言葉を別の人――美優から言われて、また変わってしまったのかもしれない。だから、孝太の誘いを断り切れずにサッカー部に入り、今日の練習試合にも参加した。はたして、それはいいことなのだろうか。そんなことを翔は考えていた。
気付けば、他の部員は着替えを終えて出て行ったようで、翔一人になっていた。考え事をしていると、あっという間に時間が過ぎてしまう。改めて、そう思いつつ、翔は着替えを終えた。
そのタイミングで、孝太が入ってきた。
「翔、まだいたのかよ?」
「……ああ、少し考え事をしていた」
試合後のミーティングなどもないようで、このまま帰っていいと言われている。そのため、翔は特に孝太と話すことなく、帰ろうとした。
「翔、少しだけ話せねえかな?」
しかし、そんな風に孝太から言われて、翔は考えを変えた。
「何だ?」
「翔は何でみんなと仲良くしようとしねえんだよ? いつもぶっきらぼうで、はっきり言って感じ悪いって」
「俺は誰とも仲良くしたくないし、かかわりたくもない。そう思っているから、こうしている。それだけだ」
あらかじめ、こんな時が来るのを無意識に想定していたのだろう。そのため、何となくこう言おうと思っていたことが、スラスラと翔の口から発せられた。
返しも早かったため、孝太は狼狽えた様子だった。それを見て、翔はこのまま帰ってしまおうと考えた。
「じゃあ、俺は帰る」
孝太の方が出入り口の近くにいたが、そのまま横を通り過ぎて、部室を出ようとした。しかし、そんな翔を止めるように、孝太が翔の腕を掴んだ。
「美優とは仲良くしてくれねえかな?」
美優の名前が出て、翔は動揺しないようにしようと努めた。
「どういう意味だ?」
「美優、あまり人付き合いが得意じゃねえのに、さっき翔の応援をしたじゃん? あんなの、普通はありえねえんだよ。翔と美優の間に何があったのかは、わかんねえけど……」
「別に……少し前、偶然話すきっかけがあっただけだ」
「翔だって、美優に対しては何か思うとこがあるんじゃねえかな?」
孝太の言葉を否定できなくて、翔はどう返していいかわからなくなってしまった。孝太の言うとおり、ついさっきまで、翔は美優のことを思い返していたぐらいだ。しかし、翔は必死に心を冷ましていった。
「何もない。俺は誰とも仲良くしない。それを変えることは絶対にない」
その言葉で、孝太は諦めたのか、翔の腕から手を放した。それを確認して、翔は改めて部室を出ようとした。
「僕は美優のことが好きなんだよ!」
しかし、そんなことを急に言われて、また翔は振り返った。そこには、ただ真剣な目を翔に向ける孝太がいた。
「でも、美優は僕のことなんて、単なる幼馴染としか思ってねえんだよ! だから、諦めるしかねえって、さっき気付いたんだよ!」
「孝太、何を言っているのか、俺にはわか……」
「美優は翔と仲良くなりてえと思ってんだよ! だから、仲良くしてくれよ!」
孝太が熱い気持ちを向けていること。孝太の言うとおり、美優も自分に対して何かしらか思いを持ってくれていること。どちらも翔は理解した。
そのうえで、翔は自分の考えをはっきりと決めた。
「悪い、俺は誰とも仲良くしたくない。美優と話したのも、サッカー部に入ったのも、全部間違いだった。今後はかかわらないでくれ」
それだけ言うと、翔は部室を出た。そこには、複雑な表情をしている美優がいた。
「……あ、ごめん。盗み聞きするつもりはなかったんだけど……」
目に涙を浮かべている美優を見て、翔は何か言葉をかけようと思った。しかし、そんなことをしてはいけないと自分に言い聞かせると、そのまま美優達を残して、その場を後にした。