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TOD  作者: ナナシノススム
前半
87/273

前半 27

 美優は、車を運転する冴木の横顔と、窓の外の景色を交互に眺めては、何か話そうと何度も試みたが、今のところ沈黙が続いていた。

 ただ、いつまでも沈黙でいるのは、普通に気まずくもあり、それは時間が経てば経つほど悪化しているように感じた。そのため、何でもいいから話すことはないかと考えていたら、ふと帽子とマスクのことを思い出し、美優は後部座席に目をやった。

「忘れていました。顔を隠した方がいいんですよね? 帽子とかマスクをした方がいいですか?」

 急に話しかけたせいか、冴木は少しだけ驚いたような反応を見せた。それから、少し間を置いた後、冴木は首を振った。

「いや、この車もスモークガラスを使っているから、大丈夫だ。わずらわしいだろうし、必要ない物をわざわざしなくていい」

「わかりました」

 ようやくできた会話も一瞬で終わってしまい、また美優は冴木と景色を交互に眺める作業を再開した。そうしていると、不意に冴木が困った様子でため息をついた。

「すまない。何か話題があればいいんだが、美優ぐらいの年齢の子がどんなことに興味を持っているか、知らないんだ」

 唐突にそんなことを言われて、冴木も似たような心境なんだと気付き、美優は思わず笑ってしまった。

「私も同じです。何を話せばいいかわからなくて……」

「だったら、何でもいいから、美優のことを話してくれないか?」

「え?」

「どんな趣味を持っていて、どんな学校生活を送っているか。家族とはどう過ごしているか。そんな些細なことでいい」

 冴木の言葉を受けると、美優は少し時間を使って、何を話そうか考えた。

「趣味は……特にないかもしれません。ずっと剣道をやってきていますけど、趣味とは違いますし……やっぱり、趣味はないという答えになってしまいます」

「趣味の代わりに、剣道に打ち込んだ時間は無駄にならない。俺はそう思う」

「そうですかね? でも、みんなみたいに、何か趣味とかあった方が良くないですか?」

「そう思うなら、これから見つければいい。大人になってから、新しい趣味を持つ人もたくさんいる。焦らずに、自分のやりたいことをゆっくり探せばいい」

 冴木の言葉は、今の自分が間違っていないと肯定してもらえているようで、美優は嬉しく感じた。

「私は友人もそんなにいないんですけど、孝太と千佳、それに大助といつも一緒で、学校で寂しいと感じることはないです」

「友達というのも、たくさん作ればいいというわけじゃない。これは人によって意見が変わるだろうが、俺は本当に信頼できる人とだけいればいいと思う」

「はい、私もそう思います。あと、家族の話でしたね。今、お祖母ちゃんとお祖父ちゃんと一緒に暮らしていますけど、いつも優しくしてもらっています。それと、少し前に犬を飼い始めましたけど、すごく可愛くて、一緒にいるだけで癒されるんです」

「美優の祖父母と飼い犬は、匿う時に会っただけだが、いい家族だと感じた」

「ありがとうございます。ただ、私は両親が……すいません、少し重い話になってしまうので……それより、冴木さんのことも教えてくれませんか?」

 両親のことをほとんど知らないという話をする気になれず、美優は話をそらした。正直なところ不自然だったため、冴木が不審に思ってもしょうがないと思っていたものの、冴木は特に何も指摘してこなかった。

「俺のことなんて、聞いてもしょうがないだろ」

「そんなことないです。知りたいです」

「……俺のことと言われても、何を聞きたいんだ?」

 冴木は困った様子だったが、美優の提案を快く受け入れてくれた。ただ、美優は何を質問しようかと、少し迷ってしまった。

「本当に何でもいいです。趣味の話とかでもいいですよ」

「ああ、それなら、俺の趣味はチェスだ」

「チェスですか?」

 あまり馴染みのない言葉を返されて、美優は戸惑ってしまった。

「チェスって、将棋みたいなルールのボードゲームですよね?」

「チェスを将棋みたいだと表現するのは日本ぐらいなもので、世界的にはチェスの方が有名なんだ。それこそ、世界中で最もプレイされたゲームだなんて言われているぐらいだ」

「そうなんですか? 将棋は祖父と少しやったことがありますけど、チェスはやったことないですよ?」

「それが普通だろうな。だが、世界的に見ると、それは日本が少数派だからってことみたいだ。そうしたことを知って、俺はチェスを覚えた。一応、オンラインで世界中の人と対戦しているが、それなりに勝率もいいんだ」

 こうして話を聞いていると、美優は自然とチェスに興味を持った。

「私もチェスをやってみたいです。今度、教えてくれませんか?」

「今度って……俺は堅気の人間じゃない。TODが終われば、美優とかかわることはもうない」

「あ、そうですよね……」

 TODのターゲットに選ばれたという特殊な状況だからこそ、こうして冴木と出会い、一緒にいるんだということを、美優は改めて自覚した。ただ、それはどこか寂しさを感じさせるものでもあった。

「あの……迷惑でなかったら、TODが終わった後も、時々会ってくれませんか? さっき、翔と一緒に通話した時に話しましたけど、冴木さんといると何だか安心できるんです。あ、変な意味じゃないですよ! 私も何でなのかわからないんですけど……変なことを言ってしまって、すいません」

 美優は自分ですら何を言っているのかわからなくなってしまい、冴木が困っていないかと心配になった。ただ、冴木は穏やかというか、どこか嬉しそうにすら見える表情をしていた。

「こんな俺に、そんなことを言ってくれて、ありがとう。ただ、TODが終わったら、美優は日常に戻るべきだ」

「いえ、翔にも話しましたけど、私はこんなことがあると知らないまま、ずっと過ごしていました。だから、こんなことがあると知った今、日常に戻ることはないです」

 そんな美優の言葉に対して、冴木は複雑な思いを持った様子で、ため息をついた。

「いや、これまでどおりの、普通の生活に戻ってほしい。それは、翔も一緒だ。翔を見ていると、どこか痛々しく感じることすらある。だから俺は、若い美優や翔には、普通に過ごしてほしいんだ」

 翔に対する思いについては、美優も同じだった。そのため、冴木の言葉は、冴木が美優に対しても、同じように思っているということを、はっきりと感じさせた。

 ただ、同時に美優は自分の中にある強い思いを改めて自覚した。

「私は、翔が間違っていると思います。でも、翔を止めることができなくて……だから、私も翔と一緒に間違えたいんです。翔がどれだけ間違った道を進んだとしても、私も一緒にその道を進みたいんです」

 話してから、何故そんなことを冴木に言ってしまったのかと気付き、美優は顔が熱くなった。

「すいません! こんなことを冴木さんに話しても、しょうがないですよね?」

「そういうところは、あいつにそっくりだな」

「え?」

「いや、こっちの話だ。翔のような人を放っておけないという気持ちを否定する気はない。というのも、翔の思いも否定する気がないからだ」

 そう言いつつ、冴木はどこか寂しげな目をしていた。

「ただ、普通の幸せを感じながら過ごしてほしいとも思う。なかなか難しいな」

「こんなことを言うと、失礼なのかもしれませんけど……」

 美優は少しだけ迷いつつ、思っていたことを伝えることにした。

「翔と冴木さん、どこか似ているように感じるんです。話し方とかもそうですけど、それ以上に、何か雰囲気と言えばいいんですかね?」

 どう伝えればいいかわからず、美優は言葉を濁すような形になってしまった。ただ、冴木は何か思うところがあったようで、ため息をついた。

「美優の言っていることは、俺も感じている。だが、あれが本来の翔だとは思えない。それこそ、誰かの真似事をしているように感じるぐらいだ」

「わかります。翔は、これまで人を避けていましたし、今も人をほとんど信用していません。それも、どこか無理をしているように見えて、何かしてあげたいんです。でも、私にできることは何もないみたいです。さっきも、翔を止めたかったんですけど、無理でした」

 本当は、翔と一緒にいたかった。今、一人になった翔がどれだけ無理をして、どれだけ危険なことをしているかと考えると、万が一のことがあるのではないかと不安になってしまう。そうした思いが不意に大きくなり、美優は胸に手を当てた。

「大丈夫だ。翔は強い。それに、今は他の仲間に会うため、一人で移動しているというだけだ」

 冴木は、ゆっくりとした口調だった。それは冴木自身、翔に思うところがあってのことのようだった。

「だが、このまま翔を一人にさせるようなことは、絶対にダメだ。そんなことをさせたら……俺と同じだ」

「え?」

「俺は一人になることを選択した。その結果、今の俺は弱い。上手く言えないが、翔には俺のようになってほしくないな」

 冴木の言っていることを、美優はほとんど理解できなかった。ただ、上手く言葉にできないだけで、思っていることや感じていることは同じのようだった。

「TODを潰すなんて、今まで考えたこともなかったが、翔のためにそんなことができたらいいと本当に思う。だが、それは俺が今までできなかったことだ。だから、他の人に任せたいと思う。それで、俺は……」

 その時、一瞬だけ冴木がこちらに目をやった。

「命を懸けて、美優を守る。それだけ約束する」

 その言葉を受けて、やはり冴木といると安心する。そんな風に美優は思えた。ただ、そう思える理由は、何だかよくわからなかった。

「……ありがとうございます」

「いつの間にか、話がそれてしまったな。そうだな……チェス、本当に覚えたいというなら、後で教える。いつもポータブルチェスという、小さなチェスを持ち歩いているんだ」

 元々、こんな話をするとは、冴木も想定していなかったようで、強引な形で話題が戻った。ただ、美優も同じように思っていたため、冴木に合わせるようにして、話題に乗ることにした。

「はい、教えてほしいです。さっき話したとおり、私は趣味がないので、チェスを趣味にしたいです」

「人によって合う合わないはあるから、無理に合わせなくていい。だが、チェスが美優の趣味になってくれたら、嬉しい」

「はい、わかりました。あ、他にも聞きたいことがあるんですけど、冴木さんは格闘技みたいなことって、やっていますか?」

「妙な質問だな」

「その……私自身が自分のことを守れるようになれたら、翔や冴木さん達の危険が少しでも減ると思うんです。私は剣道をやっていますけど、さっき竹刀もボロボロになってしまいましたし、何でもいいので教えてほしいんです」

 美優の言葉を受けて、冴木は少しだけ間を置いた後、口を開いた。

「俺が習ったのは、空手と合気道だ。特に合気道は、力の弱い人でも、相手の力を利用して倒すといった技術だから、美優に合うかもしれないな」

「だったら、それを教えてほしいです。あと、冴木さんって、普段は何をしているんですか?」

 冴木とは年齢も離れているため、何を話せばいいのかと、美優は心配していた。しかし、こうして話していると、話したいことや聞きたいことが次から次へと生まれ、いつの間にか何から話せばいいかと迷うほどだった。

 そうして過ごす冴木との時間は、これまで自分が経験したどの時間とも違うもので、どう表現していいか、よくわからなかった。

 ただ、美優は、どこかこんな時間をずっと望んでいたような、そんな気分で、この時間を大切にしたいと思った。

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