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TOD  作者: ナナシノススム
前半
85/273

前半 25

 篠田は、なかなかタクシーを捕まえられずに苦労したが、どうにか駅前でタクシーに乗ると、真っ直ぐ会社に向かってもらった。

 篠田の会社は、サイト上にコラムを載せるといった仕事を中心にしながら、他の新聞社や出版社から依頼を受けて取材をしたり、記事を書いたりと様々なことをしている。やっていること自体はフリーライターに近く、実際、篠田を含め、ここに勤めている記者は、みんな自由に動いている。駅から少し遠いため、移動に車が必須といった不便な点もあるが、好きなことができる今の会社に、篠田は満足している。

 会社の前に到着すると、篠田は料金を払い、タクシーを降りた。そして、財布に入れたIDカードをかざすと、入口のロックを解除し、中に入った。

 篠田のデスクは二階にあるため、階段を上がると、篠田は軽くドアをノックしてから部屋に入った。

「おう、篠田、お疲れ」

「お疲れ。一人なの?」

「ああ、みんな取材に行ってるよ」

 部屋の中にいたのは、同僚一人だけだった。ただ、昼間は取材へ行く人が多いだけでなく、そもそもメールなどで済ませて会社にほとんど来ない者も結構いるため、これが当たり前でもあった。

「僕もホントは取材があったんだけど、篠田のために残ったんだよ。今度、何かおごってね」

「私、あなたに貸しが二つぐらいあった気がするけど、気のせいかしら?」

「いや、えっと……」

「そういえば、まだご馳走してもらっていなかったわね。あと一つ貸しがあるし、何をご馳走してもらおうかしらね」

「ちょっと待ってよ! 今回の情報はすごいから、これで貸し借りなしにしてよ!」

「えー、どうしようかなー」

 ここにいるのは、みんなフリーライターに近いため、特に上下関係などもなく、お互い対等な立場だ。そのため、こんな感じのやり取りもよくしている。そのことも、篠田がここを好きな理由の一つだ。

「とにかく、データを送るから、確認してよ」

「わかったわ。すぐに見るわよ」

 マナーの一つとして、基本的にパソコンの貸し借りは、しないようにしている。これは一般的な会社でも同じところが多いが、特に情報を扱うここでは、ルールとして決められているわけじゃなくても、それぞれが自主的に守るようにしている。

 そのため、篠田は自分のデスクに座ると、パソコンの電源を入れた。ただ、起動するまで少々の時間がかかり、しょうがないと思いつつ、じれったいと感じた。

 そこで、ふと同僚がこの場に残っていることについて、篠田は思うところがあった。

「データを送ってくれれば、あとはこっちで確認するだけだし、取材に行っていいわよ?」

「……いや、スケジュールも変えちゃったし、色々と説明もしたいから残るよ」

「何? 私のこと、口説きたいのかしら?」

「いや、その……」

 冗談のつもりだったが、同僚が上手く答えられずにいるのを見て、むしろ篠田が困ってしまった。

「そんな反応しないでよ。ただの冗談よ」

「ああ……そうだよな」

 合わせるようにして、無理に笑う同僚を見つつ、篠田は冴木のことを思い出していた。

 未だに謎が多く、知れば知るほど、もっと知りたいと思える人。篠田にとっての冴木は、そんな人物だ。そして、それは篠田が初めて会うタイプの人物でもあった。

 知らないことを知りたい。それは、誰しもが持っている欲求の一つだ。ただ、篠田は他の人よりも、その欲求を強く持っている。それは、幼い頃からそうだった。

 そのため、学生時代の篠田は、とにかく人から話を聞くようにしていた。そんな時によく聞いていたのが、いわゆる噂話で、誰が誰に好意を持っているか、誰が誰を嫌っているかといった話だった。

 そうしていると、次第に篠田は他のみんなから何歩も下がったところで、ただ眺めているだけのような状態になっていた。それは、自然とみんなを観察するような感じになり、さらにみんなのことを知ることができた。ただ、そうしたことを繰り返していると、いつの間にか知り過ぎるようにもなってしまった。

 男女問わず、様々な人と話をしていたため、時には告白されたこともあった。ただ、篠田が告白を受けたことは一回だけで、それもすぐに別れてしまった。その理由は、相手のことを知りたいと思えなかったからだ。

 もしも交際したら、どうなるか。相手の性格を考えれば、こうなるだろう。こんなことがきっかけで、ケンカになるかもしれない。そんな風に予想できてしまうと、気持ちが冷めてしまい、相手を好きだなんて思いを持てなかった。

 しかし、冴木は違う。今は脈なしに近いものの、何かのきっかけで交際することになったとして、どんな関係になるか、まったく予想できない。だからこそ、篠田は冴木に好意を持っていた。

「パソコン、起動したか?」

「……ええ、起動したわ」

 篠田は頭を切り替えると、パソコンを操作した。

「色々な情報があるけど、まずは篠田が知りたがってた、堂崎翔君についてだよ。これを見てよ」

 社内でパソコンを通してのやり取りをする際は、チャットを利用している。そうして、送られてきたデータに、篠田は目を通した。そして、すぐ異常に気付いた。

「これは、どういうことかしら?」

「はっきり言うと、堂崎翔なんて人間は存在しない……正確には、つい最近まで存在しなかったってことだね」

 これまで翔について調べたものの、ほとんど情報が見つからなくて、おかしいとは思っていた。ただ、何かしらかの理由で見つからないだけだと考えて、それで終わっていた。

 しかし、同僚が見つけたものは、そんな解釈を覆すものだった。

「調べてみると、堂崎翔に関する情報って、つい最近更新された情報しかなかったんだよね。だから、あえて最近更新がない情報を調べてみたんだよ。そしたら、そこには堂崎翔に関する情報が全然なかったんだよね」

 同僚が調べたのは、翔の学歴についてだ。それは、一つ一つ見た時、特におかしな点は何もなかった。ただ、複数の情報を併せて確認した時、明らかにおかしな点があった。

 それぞれの情報には関連があり、同じことを表しているはずだ。それにもかかわらず、翔に関する情報は所々抜け落ちていて、いわゆる不整合が発生していた。そして、奇妙なことに翔の情報があるのは、最近更新があったものだけで、更新がしばらくないものに翔の情報が存在することはなかった。

「これまで、どこの幼稚園、小学校や中学校に通っていたかはわかったけど、そこで何をしていたかって情報は全然見つからなかったのよね。ただ、これを見ると……」

「そもそも、そこに通ってすらないってことみたいだね。試しに、幼稚園、小学校、中学校、全部に問い合わせして、色々と確認してみたけど、堂崎翔なんて人は通ってなかったって答えが出たよ」

「待って。翔君がどこの幼稚園に通っていたかなんて、十年ぐらい前の情報でしょ? それが、つい最近作られた情報だってこと?」

「ご覧のとおり、そういうことだよ。つまり、堂崎翔という人物は、過去にこんな経歴があるという設定を付けたうえで、つい最近できた人物ってことになっちゃうんだよね」

 まだ半信半疑な部分があり、篠田は様々な情報を確認した。しかし、同僚が出したのと、同じ結論しか持てそうになかった。

「何でこんなことになっているのかしら?」

「そこがまた重要なんだよ。次はこれを見てよ」

 そうして新たに送られてきた情報を篠田は確認した。

「これは……何?」

「マジで驚くよね。まさか、こんなやばい奴がいるなんて……」

「こいつ、悪魔じゃない!」

 同僚から送られてきたのは、ある人物に関する情報だった。そして、それは篠田達が悪魔と呼んでいる存在の正体を示すものだった。

「確かに、悪魔みたいな奴だけど……」

「そうじゃないの! 説明している暇はないわ!」

 情報というものは常に変わっていくもので、時には改ざんされてしまうこともある。それを知っているからこそ、篠田は紙として残そうと、印刷することにした。そうして、複数のページで印刷の操作をした。

 それから、簡単にでも情報を誰かに伝えようと、篠田はスマホを出した。ただ、誰に連絡するかというところで、少しだけ戸惑ってしまった。

 気持ちとしては、冴木に連絡したいところだったが、今はなるべく他の人と連絡しないようにしている状況だと知っているため、連絡できなかった。それなら光に連絡しようと考えたところで、突然スマホの電源が落ちた。それだけでなく、パソコンのモニターも消えてしまった。

「あれ? パソコンが落ちちゃったよ」

 同僚も同じ状態のようで、そんな声を上げた。篠田は何があったのかと思いながら、何かの拍子に復活しないかと、適当にキーボードを叩いたり、電源を入れ直そうとしたり、色々な操作をしてみた。しかし、パソコンが起動することはなかった。

 その時、ドアが開く音が聞こえて、篠田はそちらに目をやった。そこにいたのは、フルフェイスヘルメットを被り、ライダースーツを着た、悪魔だった。

「おい、どうやって入ったんだ?」

「ダメ! そいつは……」

 不審者だと思って悪魔に近付いた同僚を、篠田は止めようとした。しかし、悪魔は銃を向けると、同僚の腹部を撃った。そして、腹部を押さえるようにして体勢を低くした同僚の頭に向けて、悪魔は容赦なく、もう一発撃った。

 目の前で人が……それも同僚が殺され、篠田は何も考えられなくなり、固まってしまった。

 悪魔は、こちらに銃を向けると、何の躊躇もなく引き金を引いた。篠田は、これまで感じたことのない衝撃を腹部に受け、そのまま膝をついた。

 その瞬間、篠田はそれまで自分の経験してきたことが頭に浮かんできた。それは、いわゆる走馬灯だったのかもしれない。しかし、それは悪魔が篠田の頭に向けて銃を撃った瞬間、呆気なく終わってしまった。

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