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TOD  作者: ナナシノススム
ウォーミングアップ
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ウォーミングアップ 07

 美優は剣道着から制服に着替えると、部室を出た。そこには、スマホで暇をつぶしている様子の千佳と、特に何もしないでどうしていいか困っている様子の大助がいた。

「千佳に大助も、どうしたの?」

「美優、お疲れ。サッカー部の試合も終わったし、暇だったから美優を待ってただけだよ」

「美優さん、お疲れ様です」

 千佳は一段落ついたのか、スマホをポケットにしまった。

「試合の結果、5-2で勝ったよ」

「良かった! あ、でも、2点入れられちゃったんだ?」

「うん、ちょっと孝太の調子が悪くてねー」

「そうなの? どうしたんだろう?」

 そんな美優の質問に対して、千佳はニヤニヤと笑みを浮かべた。

「美優、ホントにわかんないの?」

「え、何が?」

「まあ、しょうがないかなー」

 何だか千佳が自分のことをからかっている様子だと感じつつ、美優は意味がわからなかった。

「あと、翔は4点決めて、あとの1点も翔のパスのおかげで決まったし、ホント大活躍だったよ」

「そうなの!? 翔、やっぱりすごい……」

 自分のことのように喜んでしまったから自重しようと思ったのと、千佳がさっき以上にニヤニヤしているのを見て、美優は言葉を止めた。同時に顔が熱くなってしまい、今、自分がどんな顔をしているのだろうかと恥ずかしくなってしまった。

「美優、翔のことが好きなんだね」

「あ、いや、そうじゃなくて!」

「誰が見たってわかるって! 大助もわかるでしょ?」

「何がですか?」

「うん、大助もわかるって!」

「千佳、それはさすがに強引だよ……」

 そう言いつつ、美優は自分の気持ちを整理した。そして、自分の気持ちが何なのか、今はまだわからないという結論がすぐに出た。

「……好きとかわからないよ。前に話したけど、私は両親がいないし……うん、わからないよ」

 美優が生まれた時、体の弱かった母親は亡くなってしまったと、祖父母から聞いている。それだけでなく、父親は祖父母に認められていないようで、未だに会ったことがない。結果、美優は両親のことをほとんど知らない。そのことは、美優の悩みになっている。

「そんな美優が、翔に応援の言葉を送った件について、何でか詳しく教えてください!」

 千佳は冗談を言う調子で、マイクを持っているかのように右手を美優の口元に近付けた。

 悩みを打ち明ける時は、どうしても暗い気持ちになってしまう。でも、千佳がいつもこうして明るく受け入れてくれることで、美優は救われている。

「大したことじゃないんだよ。先月ぐらいに、学校の近くに捨て犬がいたの、覚えているかな?」

「ああ、何か子犬がいて、美優が引き取ったんだよね?」

「うん、その時にあったことなんだけど……」


 学校の近くに捨てられた子犬は、多くの生徒の目を引いていた。ただ、ちょっとした餌を与える人がいるぐらいで、その犬を引き取ろうとする人はいなかった。

 そんな中、元々、犬が好きだったこともあり、美優はその犬に一目惚れすると、一緒に暮らす祖父母に相談して、家で飼うことを決めた。そして、日が暮れ始めていたものの、すぐ犬を拾いに行った時、そこには翔がいた。

 翔は普段着で、パッと見た印象だと、思わず不良みたいだと感じた。柄の濃いシャツだけでなく、ネックレスやチェーンといったアクセサリーも目立ち、普段話したこともないため、怖いとすら思ってしまった。

 ただ、翔は穏やかな表情で、犬の頭を撫でていた。

「ごめんな。家で飼ってやりたいが、家は厳しいところだから、無理なんだ。いい人に拾われるといいな」

 翔の優しい言葉に、優しく犬の頭を撫でる手。たったそれだけで、美優は翔という人物に心から惹かれてしまった。

 その時、翔がこちらに目を向けて、美優は少しだけ慌てた。

「あ、堂崎君だよね? 私、同じクラスの水野美優なんだけど……」

「知っている」

 翔はいつもと同じで、人を拒絶するような態度だった。それを見て、美優は改めて怖いと思いつつ、離れようかと考えたものの、勇気を出して話すことにした。

「その犬、家で飼おうと思って……さっき飼ってもいいって許可をもらえたし、私はずっと前から犬を飼いたいと思っていたから……」

「本当か!? 良かった!」

 そう言うと、翔は嬉しそうに犬を抱きしめた。

「俺が飼えれば良かったが、無理だから困っていたんだ。水野さん、ありがとう」

「えっと……どういたしまして。堂崎君も犬が好きなの?」

「いや、そういうわけじゃない。ただ……何かこいつの助けになれないかと思っていただけだ」

 翔と話すのは、初めてだった。何となく怖いという印象があったことと、翔自身が人を避けている様子だったため、かかわることはないと思っていた。ただ、こうして翔と話して、美優は自分の思う翔と、実際の翔が全然違うと感じた。

「こいつのこと、よろしくな」

「あ、うん」

 翔から犬を受け取ったところで、翔とのやり取りは終わり、また特にかかわることのない日常に戻る。そんな風に考えたところで、自然と美優の口から言葉が溢れ出した。

「堂崎君、良かったら、いつか家に遊びに来てよ! この犬、堂崎君に懐いているし、きっと喜ぶと思うんだよね! あ、それだけじゃなくて……堂崎君の好きなこととか、そういうのも教えてほしいというか……」

 途中から、自分でも何を言っているのかわからなくなって、美優は言葉を詰まらせた。その時、翔の目が急に冷めていくのを美優は感じた。

「悪い、俺は誰とも仲良くする気がないんだ」

 人を避ける、いつもの翔が目の前にいる。そう認識すると、美優は無理やり笑顔を作った。

「あ、うん、そうだよね。ごめん、忘れて……」

「ああ、忘れる。じゃあな」

 このまま帰ればいいのに、美優は足が動かなかった。そして、また自然と言葉が溢れた。

「仲良くしてくれなくていいよ。ただ、近くにいたいと思っただけだよ」

 言ってから、何を言っているのだろうかと気付き、美優は顔が熱くなった。

「あ、変なこと言っちゃった! 今度こそ忘れて!」

 翔がどんな表情をしているか、見る勇気すら美優にはなかった。

 それから、少しの沈黙があって、美優にとっては耐えられない時間だった。そんな時間を変えたのは、翔のため息だった。

「俺、堂崎って呼ばれるのは、好きじゃないんだ」

「え?」

「だから、これからは翔でいい。呼び捨てにするか、君付けにするかは任せる」

 予想外のことを言われて、美優は固まってしまった。ただ、これで黙るのは良くないとすぐに頭を切り替えた。

「私も、美優って名前で呼んでほしい! 私も翔って呼ぶから!」

「わかった。美優……俺はあまり人とかかわりたくないんだ。ただ、美優みたいに近くにいたいって言ってくれる人を拒否するほどじゃない。いや、違うな……」

 翔は言葉を選ぶように、間を置いた。

「上手く言えない。ただ……ありがとう」

 翔が突然礼を言った理由も、翔の言っている言葉も、美優は理解できなかった。それでも、美優は頷いた。

「うん! 私もありがとう!」

「……用があるから、もう行く。そいつのこと、よろしくな」

 翔は最後に犬の頭を撫でると、行ってしまった。


「その時から、翔のことが……気になるって言えばいいのかな?」

 翔と何があったか、一とおり話したものの、美優の中では答えが出なかった。しかし、千佳は全部を知ったかのように、満面の笑みを浮かべた。

「何それ!? 青春過ぎる!」

「え?」

「もう何でもいいよ! とにかく、美優は翔の近くにいたいって思ってるんだよね!?」

「えっと……そうだけど?」

「だったら、もうアタックかけなって! 大助もそう思うよね?」

「僕は特に……」

「うん、大助も私と同じ気持ちだよ!」

 千佳の言動はあまりにも強引だったが、むしろそれが美優の背中を押した。

「まだ、翔はいるかな?」

「うん、いるんじゃないかな? じゃあ、早速行くよ!」

 美優は千佳に手を引かれて、そのまま走った。

 美優の頭の中は、まだ整理できないままで、むしろグチャグチャだった。ただ、この後、翔に会って、試合の結果を喜んだり、翔を褒めたり、そんなことが少しでもできたら嬉しい。そんな考えがあることだけは確かだった。

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