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TOD  作者: ナナシノススム
前半
78/273

前半 18

 気付いた時、鉄也の目には工場の天井が映っていた。

 いったい何があったのか、少しの間、鉄也はわからなかった。

「鉄也、大丈夫?」

 そんな和義の声が聞こえ、ようやく鉄也はこれまでのこと――圭吾と「ケンカ」をしていたことを思い出した。

「俺は負けてねえ!」

 すぐに起き上がろうとしたが、鉄也は身体の自由が利かず、身体を起こすことすらできなかった。

「……俺も負けてないぞ」

 そんな圭吾の声が聞こえ、鉄也はどうにか身体を起こそうとしたが、それは和義に止められた。

「鉄也、今は安静にしないとダメだよ」

「どけ! まだ終わってねえ!」

「いや、終わったよ」

 そう言ったのは、光だった。光は穏やかな口調で、今が緊迫した状況じゃない――ケンカが終わったことを嫌でも自覚させられた。

「審判の僕から判定を言うよ。今回は引き分け。圭吾も鉄也も負けじゃないよ」

「……引き分けだと? そんなの納得いかねえ!」

「同感だ。まだ、決着はついてないぞ」

「二人とも立ち上がることすらできないのに、続行は審判として許せないよ」

 その言葉で、圭吾も自分と同じような状態なんだと鉄也は知った。そうなると、鉄也はますます引き分けなどという結果に納得できなかった。

「だったら、先に立ち上がった方が勝ちでいいな」

「いいぞ。乗ってやる」

 そうして、鉄也はどうにか身体を起こそうとしたが、途中で身体がふらついてしまい、膝をついた状態までしか身体を起こせなかった。それは、圭吾も同じようで、お互いに膝をついた状態で向かい合う形になった。

「やっぱり……二人とも、脳しんとうの危険があるから、しばらく安静にしてもらうよ」

「そんなの関係ねえ!」

「審判は僕と和義君だよ。和義君はどうした方がいいと思うかな?」

「俺も光と同じだよ。鉄也、今回は引き分けってことでいいじゃん」

「いいわけねえだろ! 圭吾とは、絶対に決着をつけるんだ!」

 そう言ったものの、身体の自由は相変わらず利かなかった。そんな状態を、鉄也は歯痒く感じた。

「鉄也、今更かもしれないが……すまなかった」

 そんなことを言われ、鉄也は圭吾に目をやった。すると、圭吾は真剣な目を真っ直ぐこちらに向けてきていた。

「鉄也の言うとおりだ。俺は何度も鉄也を裏切ってしまった。本当に……すまない」

 不意な謝罪に、鉄也は驚きがありつつも、それ以上に怒りがわいてきた。

「ふざけんな! 急にそんなこと言ったって納得しねえからな!」

「ここで決着をつける。俺はそう決めたぞ」

 圭吾が何を言いたいのか、自然と理解できた。そのうえで、鉄也は深い息を吐いた。

「だったら、俺も決着をつけてやる」

 それから、少しだけ沈黙が走った。ここには、ダークとライトのメンバー達が集まっているのに、誰も何も言うことなく、鉄也と圭吾の言葉だけを待っているような、そんな空気を鉄也は感じた。そんな空気に背中を押されるように、圭吾が口を開いた。

「鉄也がボクシングに打ち込んでたのは、今の社会などに納得してなかったからだろ? 鉄也と一緒にボクシングをしてて、自然とそうしたことを感じたぞ。だから、是非ライトに入ってほしいと思ったんだ」

「だったら、最初からそう言え! いきなり光の相手をさせられて、負けたらライトに入れだ? それで俺が納得するわけねえだろ!」

「どうしても鉄也にはライトに入ってほしかった。それなら、光が相手をした方が確実だと思ったんだ」

「ふざけんな! 俺は……」

 その先を言いかけて、鉄也は言葉を止めた。

「きっと俺から頼むだけで、鉄也は協力してくれたんだろうな」

「……そんなわけねえだろ」

「だったら、何で俺がダークを作ろうと誘った時、何も言わずに協力してくれたんだ?」

 圭吾の質問に、鉄也は少しの間、何も言えなかった。

「別に、俺も光に不満を持ってた。だから、誘いを受けた。ただそれだけのことだ」

「俺は鉄也に協力してほしいと思って誘ったぞ。これは、ライトに入ってほしいと思った時も同じだ。鉄也の納得いかないことと、俺の納得いかないことは似てると感じたんだ」

「何を根拠にそんなこと言えるんだ?」

「これは俺の勘違いかもしれないが、鉄也は納得いかないことを我慢してるようで、いつも表情や態度に出てるぞ? それを見て、俺も同じように思ってると勝手に共感してた。鉄也は、俺に対してそんなことを感じたことはないか?」

「そんなの、あるわけねえ!」

 強がりでそう言ったが、鉄也も圭吾に対して、共感できる部分が多くあった。そうしたことを見透かされているかのように言われ、鉄也は自然と否定するような言い方になった。

「それに、不器用な俺と違って、鉄也は器用だ。鉄也に協力をお願いする理由は、これだけたくさんある。反対に、鉄也に協力をお願いしない理由を見つける方が難しいぐらいだぞ」

「だから、最初からそう言え! そうしたら……俺は最初から協力した」

 鉄也は、それまで意地を張って伝えていなかった言葉を、今ここで初めて伝えた。

 何となく、今の世の中に納得いかないといった考えを、鉄也は幼少期から持っていた。それはいつしか鉄也の心を荒ませ、誤った方向へ進めようと作用していた。そして、弱い者が強い者に従う世の中なら、自分が誰よりも強くなればいいという考えを生み出した。

 そうしたことを察した両親は、それを解消する何かを必死に探した。そうして見つけたのが、ボクシングだった。

 当初は暴力的だと母親が反対したものの、ボクシングには自分の力をコントロールするといった側面もあり、器用な鉄也が自らの力を技術として学んでいく姿を見て、両親は鉄也にボクシングを学ばせることを決めた。そして、鉄也自身も自らの力を技術に変換していくような感覚が楽しく、様々な技術を覚えることに没頭していった。

 ただ、鉄也が試合などに参加することを両親は許さなかった。それは万が一のことがあるからと両親が心配したためだったが、それだけが理由じゃないと、鉄也は薄々気付いた。

 両親は、あくまで鉄也を制御することが目的で、暴力を発散するものとしてボクシングを用意しただけだった。そうしたことに気付いてしまうと、鉄也は何を目標にボクシングをしているのだろうかと、疑問を持ち始めてしまった。

 そんな時に出会ったのが、圭吾だった。

 ボクシング経験のない、初心者としてやってきた圭吾のスパーリング相手をした時、ガード越しでもわかる強烈なパンチを受け、鉄也はこれまで味わったことのない、気持ちの高ぶりを感じた。そして、圭吾に負けたくないという、強い思いを持ち、それが自然と鉄也の目標になった。そのため、圭吾とのスパーリングは、いつも止められてしまったものの、鉄也にとって充実した時間だった。

 そんなある日、圭吾から紹介されたのが光だ。

 今の社会に納得がいっていないこと。そんな社会を変えたいと思っていること。そうした鉄也の思いを光は言い当てると、協力を求めてきた。

 しかし、圭吾の紹介とはいえ、鉄也は光を信用できず、すぐに断った。というより、光に任せっきりの圭吾の態度が気に食わず、意地を張った形だ。

 そんな鉄也に対して、光は「ケンカ」を提案した。それはわかりやすい挑発だったものの、光に痛い目を見せてやろうと鉄也は乗った。しかし、結果は圧倒的な実力差を突き付けられたうえで、鉄也の敗北に終わった。

 それから、鉄也はライトの活動に参加するようになった。先ほどは意地を張って文句を言ったが、実のところライトの活動全部に不満があったわけではない。

 まずは人を増やそうと、鉄也の提案でインターネットを利用したメンバー募集を行い、それでやってきた和義に対しては、どこか放っておけず、一緒に暮らそうと提案した。それから一緒に過ごして、和義は鉄也の良き弟分のような存在になってくれた。それは今も変わっていない。

 社会に納得していない不良達は、軽犯罪などを繰り返し、さらに社会から孤立していっている状態だった。そうした者達に「ケンカ」を提案し、こちらが勝てば協力を求めた。それは、光だけでなく、鉄也達もそれぞれ高い実力を有しているため、常に負けなしで、ドンドンとメンバーも増えていった。

 ライトの活動は、まず不良達の地位向上を目的に、ボランティアやイベントの手伝いに参加するなどして、とにかく評価を上げるところから始まった。それについて、鉄也は納得いかない部分がありつつも、とりあえずは従っていた。

 それから社会を変えていこうと、不当に大金を稼ぐ大企業の重役を陥れて失脚させたり、大規模な詐欺グループを反対に騙して壊滅させたり、そうした活動も行ってきた。ただ、光の方針で犯罪はしないと決められていたため、できることには限界があった。そのことについて、鉄也と光は何度も衝突したが、光の方が強いからという理由で、ずっと従っていた。

 そんなある日、圭吾からライトを離れ、ダークを結成しないかと誘われた時、鉄也は二つ返事で了承した。それは、初めて圭吾本人から自分を誘ってくれた瞬間だったため、表には出さなかったものの、非常に喜んだ。

 しかし、ライトの壊滅を目的とした、初めての「ケンカ」をした時、光だけでなく圭吾も姿を見せないことに疑問を持ちながらも、鉄也はライトのメンバー四人を倒し、最後の一人を残すだけになった。それは光の体力を少しでも消耗したうえで、圭吾に倒してもらおうと考えてのことだったが、そこで現れたのは、ライトに戻ることを宣言した圭吾だった。

 既に四人を相手にし、体力を消耗した状態で圭吾を相手にするなど、どう考えても無謀だった。そう判断すると、鉄也は圭吾を相手にすることを拒否した。

 それから、鉄也はダークのリーダーとして、ライトの壊滅を目標にするようになった。それだけでなく、これまで禁止されていた、富裕層を狙った詐欺やサイバー犯罪も行うようになった。

 そうしたことを思い返しているうちに、鉄也は気付いた。自分のしていることは、圭吾や光への反発、反抗でしているものだった。そう考えると、急に自分の考えがあまりにも幼いと感じて、思わず笑ってしまった。

「鉄也、もう遅いかもしれないが、協力してほしい。今、TODというゲームが開催されてて、それをどうにかしたいんだ」

「TODの話はさっき聞いた。ダークとしても放っておけねえと思ってる」

「だったら……」

「ただ、圭吾の言うとおり、遅過ぎだ。今更、協力をお願いされても、俺達は協力しねえからな」

 鉄也の言葉に、圭吾はどこか諦めにも近い、険しい表情を見せた。それを見て、鉄也は息をついた。

「これから俺達で、このTODを潰す。ただ、俺達だけでやるのは、しんどそうだ」

 その言葉に、圭吾は少し驚いたような表情を見せた。それを見て、鉄也は笑みを浮かべた。

「だから、俺達に協力しろ。勘違いするな。俺達が協力するんじゃねえ。圭吾、それと光。おまえ達が俺達に協力するんだ。間違えるなよ」

 その言葉を受け、圭吾と光は笑った。それだけでなく、和義を含め、他のダークのメンバーや、ライトのメンバーまで安心したような表情を見せた。それを見て、鉄也は圭吾との、それこそ子供のようなケンカに周りを巻き込んでしまっていたことを自覚しつつ、まだ意地は張り続けることにした。

「それと、俺達ダークの目的は、ライトの壊滅だ。それだけは、今後も変わらねえからな。いつか、圭吾とは絶対に決着をつける。その時は俺が勝つからな」

「ああ、俺もそのつもりだぞ。今度こそ、俺が勝つ」

 そこまで話したところで、急に力が抜けてしまうと、鉄也と圭吾は、マットに伏せるようにして倒れた。

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