前半 14
この日、浜中は休暇を取っていて、家でのんびり過ごすつもりだった。そんなところにセレスティアルカンパニーから急なお願いが来て、すぐに出かける準備をすると、外に出た。
そして、車に乗ると、指定された場所まで移動を開始した。
移動しながら、浜中は一年前に亡くなった、先輩の日下のことを思い出していた。
日下は恐らくTODにオフェンスで参加して、ターゲットだった緋山春来を殺した。それが署内の見解だが、そんな単純な話でもないと、ずっと思っていた。それは、新人の頃から日下と一緒に仕事をした、浜中だからこそ持つことができる考えだった。
いわゆる教育係のような形で、日下は自分に様々なことを教えてくれた。それは単に捜査や張り込み、犯人を取り押さえる手段など、実践的なことだけでなく、精神的な面でも多くのことを教えてくれた。そこには、警察の体制に関する問題点や、それを今後どう改善していくべきかといった話もあった。
そうした話は、飲みの席でよくされた。他の同僚や先輩は現状維持で構わないと言い、時には日下をバカにするような態度で、無理に付き合わなくていいと助言されたこともあった。しかし、浜中は日下の話が胸に響いて、むしろ自分から話を聞くようにしていた。
そんなある日、仕事終わりに日下と二人で飲みに行った。その日は日下がいつもより飲み過ぎているように感じて、浜中は心配する言葉をかけた。それに対して、日下は難病に苦しむ娘の話を打ち明けてくれた。
手術の必要があるのに、お金が足りなくてできないこと。どんな犠牲を払ってでも娘を救いたいと思っていること。娘が自分のことを正義の味方と言ってくれるものの、警察自体の問題でそうなれていないこと。そんな自分をずっと情けなく思っていること。そうしたことを日下は泣きながら話した。
結局、それは日下が酔い潰れて話したこととして、浜中は触れないようにした。もっとも、日下が翌日からいつもどおりだったため、話すタイミングがなかったいう理由もある。ただ、日下が酔い潰れただなんて話を他の人から聞いたことがなかったため、自分に本音を打ち明けてくれたことに、どこか嬉しい気持ちもあった。
そんな時、急に日下が姿を消した。そして、何かあったのかと心配していたら、突然亡くなったという報告を受けた。
愛する娘を助けるため、日下はTODにオフェンスとして参加して、ターゲットを殺害した。そうして得た賞金で、娘は手術を受けることができ、今は元気に過ごしている。ただ、本当にそれで良かったのかと、ずっと浜中の中で疑問が消えないでいる。そのため、今こうしてTODの調査にかかわることができるのは、浜中の望んでいることであり、運命的なものすら感じていた。
冴木が用意した潜伏先はそこまで遠くなく、日下のことを思い返しているうちに到着した。そこには既に一台の車が止まっていて、一人の男が外に出ていた。それを確認しつつ、浜中は車を止めると、すぐに降りた。
「浜中さんですか?」
「ああ、私が浜中剛だよ」
「僕はセレスティアルカンパニーから来ました、林和仁と申します。よろしくお願いします」
「ああ、よろしく」
セレスティアルカンパニーの社員も一緒に調査するといった話は、あらかじめ聞いていて、どんな人が来るかわからず、浜中は多少緊張していた。ただ、この林という男性は若く、自分と同年代に見えたため、浜中の緊張は一気になくなった。
「一応、ここは私の管轄外だし、ここでの調査は非公式で、私も君もここにいなかったことにするよ」
「はい、わかってます。こちらとしても、その方が助かりますので、手袋やシューズカバーを用意しました」
確かに、指紋や靴跡などから特定される心配があるため、それらは必須だ。しかし、浜中はそのことをすっかり忘れていたため、林の対応は助かるものだった。
「ありがとう。それじゃあ、早速調べよう」
「はい、お願いします」
浜中と林は、それぞれ手袋とシューズカバーで痕跡を残さないようにした後、建物に向かった。話に聞いていたとおり、出入り口は開いたままになっていたため、簡単に入ることができた。そうして中に入ると、浜中達は警戒しながら、ゆっくり廊下を進んでいった。
「そういえば、先に謝っておきます。いつもダークが迷惑をかけてしまい、申し訳ございません」
「急に何だい?」
「ダークのリーダー、相沢鉄也の補佐をしてる林和義は、僕の弟なんです」
「ああ、そういうことか。それはご苦労だね」
ダークによるものと思われる犯罪のうち、サイバー犯罪は和義が中心になって起こしているだろうと言われている。それにより、これまでもいくつかの大企業が損害を受け、その対応を警察としてもたくさんしてきた。ただ、その和義の兄として、感じる責任の大きさは想像できなかった。そんなことを察して、浜中は林に同情した。
「僕は高卒でセレスティアルカンパニーに入ったんですけど、和義はコンプレックスを感じたのか、僕が担当してるシステムにハッキングを仕掛けたんです。それで、当然ながら僕も両親も叱ったんですけど……それから和義は家を出て、いつの間にかライトを経てダークにいると光さんから聞きました」
「そういえば、セレスティアルカンパニーのシステムがダウンしたなんて話を聞いたことがあるよ。その犯人、和義君だったんだね」
この件は、警察の方でも捜査したものの、いつの間にかうやむやになって捜査が終わってしまった。その真相を浜中は今更ながら知ることができた。
「今、光さん達がダークと接触して、どうにか協力してもらえないかと動いてます。それで、また和義とも兄弟として普通に話せるようになれればいいんですけどね」
「何の保証もないけど、きっとできるよ」
「そうですか。ありがとうございます」
そんな話をしながら廊下を進んでいると、廊下の先で倒れている人の姿を確認して、浜中達は足を止めた。
「遺体の状況は私が確認するよ。君はシステムの確認が目的だよね?」
「はい、そうです。それじゃあ、お願いします」
そう言うと、林は奥の方へ進んでいった。一方、浜中は遺体の状況を入念に確認した。
話に聞いていたとおり、戦隊もののヒーローを意識したようなコスプレをしていて、顔は確認できなかった。一瞬、マスクを外そうかと思ったものの、頭部に刺さったナイフを動かすことになると判断して、やめておいた。
それから、浜中は腹部と胸部の銃創を確認した。腹部の銃創は一つしかないが、胸部の銃創は複数あり、そのことから当時の状況が想像できた。それは、腹部に一発銃弾を受けて動きを止められた後、胸部に受けた複数の銃弾が致命傷になったのだろうというものだ。ただ、そう考えた時、頭部に刺さったナイフがどうも引っかかった。
直接の死因を特定しようと思った時、胸部に銃撃を受けたこと、頭部をナイフで刺されたこと、どちらが直接の死因になったかわからなかった。それは、既に亡くなった人に対して、さらに致命傷を与えたということになり、わざわざそんなことをした人物のことを想像すると、妙な寒気すら感じた。
ただ、これまでTODが関係していると思われる事件の被害者の中に、似たようなケースはいくつもあった。自分が捜査に参加したこともあり、遺体の状況を見て、前にも見たことがあるような既視感すら浜中は持っていた。
この犯人は、確実に標的を殺すという、強い意思を持っているのだろう。胸部への銃創だけ見ても、明らかに数が多く、単に殺害が目的なら、ここまで撃つ必要はないように感じた。また、これまで浜中が見てきた他の遺体も、必要以上に多くの銃弾を受けていた。そのことについて、「狂っている」という感想しかこれまで持っていなかったが、何故こんなことをするのかと深く考察した。
その時、林が早足で戻ってきた。
「浜中さん、システムの状態は確認できました。それで、ここを借りた冴木さんに、すぐ知らせないといけないことが見つかったので、一旦連絡します」
「丁度良かったよ。私の方も冴木って人に聞きたいことがあったからね」
「それでは、通話を繋いでもらうよう、お願いしますね」
林はスマホを操作した後、それを耳に当てた。
「瞳さん、こちらの調査はある程度終わりました。今、光さんは対応できないと思うので、後で報告します。それと、今すぐ冴木さんに話したいことがあるので、通話を繋いでくれませんか?」
林がやり取りしている様子を見ながら、浜中は自分が話すべき内容を頭の中で整理していた。ただ、そのうえで自分から話せることはあまりないとも感じた。
「わかりました。ありがとうございます。浜中さん、瞳さんと通話を繋いでるんですけど、これからスピーカーに切り替えて、冴木さんとも通話を繋ぎます」
「ああ、お願いするよ」
「それでは、スピーカーに切り替えますね」
林がそう言うと、林のスマホから微かに音が聞こえ、スピーカーに切り替えたことが浜中からもわかった。
「繋がったのかな? 浜中剛です」
「はい、宮川瞳です」
「俺は冴木だ。何かわかったか?」
特に自己紹介もほとんどないまま、冴木から質問され、さらには林から目線を送られたため、浜中は自分が最初に話さないといけないのかと、少しだけ慌てた。
「ごめん、私はほとんど報告できることがないんだけど、遺体の状況から犯人の心理を考察してみたよ。先に質問したいんだけど、頭部に刺さったナイフについて、冴木さんは何か心当たりがありますか?」
「ああ、それはセーギ本人が持っていたものだ」
「それじゃあ、これらから犯人を特定するのは難しいということですね。話を戻すけど、犯人は必要以上に被害者を攻撃していて、その心理を考えてみました。確実に殺したいと考えてのことだと思いますけど、人がどうやったら死ぬかわかっていないからこそ、過剰に攻撃してしまっているという側面もあるように感じます」
「どういうことだ?」
「……信じたくないですけど、単なる一般人が犯人じゃないかと思うんです。少なくとも、殺し屋とかヤクザとか、そうした人による犯行には見えなくて、それこそ子供がやったことのように感じるんです」
言いながら、浜中はそのことを恐ろしいと感じていた。それは、子供が遊びの一つとして、人を殺しているようなもので、そんなことをする者がいるなど、考えたくなかった。しかし、浜中の中では、これが現状の結論だった。
「あと、最初に攻撃するのは、腹部のようです。当てやすいし、それで相手の動きを止めることが目的だと思うので、腹部への攻撃を対策したら、相手の裏をかけるかもしれません」
「わかった。参考にする」
少しでもこの情報が役立ってくれたらいい。そんな思いを浜中は持っていた。
「林からも質問があります。冴木さん、この場所や車を借りる時、特殊なIDを使いましたね? この場所は重役が潜伏先として用意するためのもので、一般の人が使うことは普通できません。用意した車も、防弾仕様だそうで、そちらも一般の人は使えないものですよね?」
こちらの話が終わった直後、林の話に切り替わり、浜中は話についていくのが大変だった。
「ああ、そうだが……それは、刑事に聞かれたくない話だ」
「今、私は休暇を取っていて、ここにいないことになっているので、ここで聞いたことは全部聞かなかったことにします」
「そうしてもらえると助かる」
何か面倒なことになると思い、浜中は冴木の話を、ここだけの話として受けることにした。
「話を続けます。冴木さんが使用した特殊なIDから、この場所と車が特定されてる可能性があります。さっきシステムに触ってみて、冴木さんが使ってるだろうIDが見つかりました。それを辿ったところ、ワゴン車を借りたことまで簡単に特定できました」
「そうなのか?」
「もしかしたら、冴木さんは元々マークされてたのかもしれません。それで、あらかじめこのIDが特定されてた場合、それを使って何をしたかが筒抜けになります。その結果、この場所や車のことが知られてしまったんだと思います」
ここに来たばかりなのに、そこまで調べられたのかと、浜中は感心した。
「先に確認したい。今回、美優の家族を匿うために別で潜伏先を用意した。そっちも特定されているのか?」
「そこは別のIDで借りたんじゃないですか? 少なくとも、こちらからは確認できません」
「それなら良かった。それじゃあ、今後どうすればいいか教えてくれ」
「美優さんと翔さんは、今すぐ車を乗り換えるべきだと思います。どういった方法かわかりませんけど、現状のままだと二人の位置……というより、車の位置を特定されてるように感じます。だから、不安要素を消していきましょう」
「わかった。丁度今、別の車を確保しようと動いている。どうすれば特定されずに済むか、指示を出してほしい」
「わかりました。瞳さん、協力してくれますか?」
「うん、大丈夫だよ」
浜中は話についていくことすら難しく、黙って聞いていることしかできなかった。同時に、何かもっと役に立ちたいと感じた。
「私にできることがあれば、協力したい!」
「この場所からは離れましょう。それと、ここの調査は警察にお願いして、それでわかったことを知らせてほしいです」
「私も警察の人間だけど、わかったよ。ただ、TODが絡んだ事件は情報が隠されるから、ほとんど情報が出てこないかもしれないね」
そう言いながら、浜中は改めて日下のことを思い出していた。
日下の言うとおり、警察の体制には問題があり、真面な捜査すらできていない。そのことを理解したうえで、セレスティアルカンパニーと協力しながらの捜査に、浜中は手応えのようなものを感じていた。
「後で、どんな問題になっても関係ない。全力で協力するよ」
きっと今後も自分は役立たずだろう。そう思いながらも、浜中は警察として協力しようと決心した。