前半 10
「美優、翔、無事か!?」
ようやく美優達と連絡が取れ、冴木は冷静になることなど無視して、とにかく無事を確認したかった。
「怪我などはしていないか!?」
「はい、私は大丈夫です。ただ、翔の方は……」
「俺も大丈夫だ」
とりあえず二人の声が聞けて安心したが、美優の言い方から、翔が少なからず怪我をしているのではないかと心配になった。
「本当に大丈夫か?」
「それより確認したいこと、調べてほしいことがある。さっき冴木さんがメッセージをくれたが……美優には話していなかったな。潜伏先が襲撃されたそうだ」
「え?」
先ほど送ったばかりのため、美優が知らないのも無理なかった。ただ、翔があまりにも淡々と伝えたため、代わりに冴木から話すことにした。
「これまでの経緯、ある程度は伝わっているか?」
「はい、セーギさんだけ潜伏先に残っていたことや、そのセーギさんと連絡が取れなくなって、それで冴木さん達は戻ったんですよね? セーギさんは大丈夫だったんですか?」
美優は動揺した様子で、何を言えばいいか、所々迷いながら話しているように感じた。それを受けて、冴木はどう伝えるべきかと悩んだが、ただ事実を伝えることにした。
「……落ち着いて聞いてほしい。セーギは殺されていた」
「え?」
「セーギを殺したのは、恐らく悪魔だろう。詳しいことは割愛するが、遺体の状況を確認した限り、そう感じた。とりあえず、セーギの遺体は警察に任せるつもりだが……」
「色々と状況を調べたいので、それは待ってもらえませんか?」
不意に光からそんなことを言われ、冴木は言葉を止めた。
「あまり言いたくないけど、警察も信用できないんです。だから……孝太君達に協力してくれた、浜中さんという刑事にお願いしましょうか。通話で話しただけですけど、恐らく、この浜中さんは信用できると思います」
「わかった。任せる」
理由は適当に感じたが、そこまで光が言うなら、ある程度は信用できるだろうと感じた。そう感じるのは、冴木自身、少ししか話していないが、光のことを信用しているからだ。
「それと、信弘には今回のTODから離れてもらった。信弘はTODに参加することがどれだけ危険なのか理解していなかった。だから、『逃げたいなら逃げていい。むしろ、今は逃げる選択をしろ』と俺から伝えた」
「信弘がいても、無駄死にするだけだと思っていた。冴木さんの判断は正しい」
「翔、そんな言い方をするな。まあ……俺も同じように感じた。だから、信弘にはそう言った。というのも、今の言葉は一年前、ターゲットだった緋山春来に言われたことだからだ」
冴木は、この話を翔と美優にもするべきだと強く思い、そのまま続けた。
「一年前の俺は、はっきり言って役立たずだった。恐らく、最後まで一緒にいたとしても、彼を守り切れないだけでなく、俺も殺されていただろう。それは、今も変わらないかもしれない」
弱気な思いを伝えることで、美優が不安になるかもしれない。そう思いつつ、冴木は自分の本音で話すことにした。
「ただ、今度は絶対に逃げない。最後まで美優を守ると約束する。だから、俺も協力させてくれ。これまで、俺は経験者だからと、リーダー気取りで指示を出してきた。だが、それは間違いだった。現に翔が美優を連れ出していなかったら、俺達全員、既に殺されていたかもしれない。優秀なセキュリティのある潜伏先を用意すればいいと思っていた、俺の判断は、完全に間違っていた。本当にすまなかった」
これまで自分が立てた作戦や、判断に誤りがあったことは明らかだ。冴木はそれを認め、ここから仕切り直したいと思っていた。
「何の相談もなく、勝手な行動を取ったことは今も許せないが、翔のおかげで助かった。その件だけは、素直に礼を言う。ありがとう。そのうえで改めてお願いする。俺も協力させてくれ。一年前、逃げた俺がこんなことを言っても、また逃げると思うかもしれないが、今度こそ逃げない。だから、俺を信じてくれ」
翔と美優には、ここまで伝えていいと思えたからこそ、冴木は全部を伝えた。この判断だけは間違っていないと確信を持った。ただ、実際にどう思われるかはわからないため、不安な思いを持ちながら、返事を待った。
「冴木さん、そんな風に言ってもらえて、私は嬉しいです。ありがとうございます。翔も……翔?」
そんな美優の声だけが聞こえ、冴木は複雑な気分だった。それこそ、叫びたくなりそうなほど不安になりながら、翔の言葉をじっくり待った。
すると、翔のため息が通話を通してでもはっきり聞こえた。
「俺も冴木さんのことを信用している。だから、情報を共有したい」
「ありがとう。あと、色々と言いたいことはあるが、俺も翔を信用している。一緒に美優を守ってほしい」
「わかった。それで、早速本題だが、さっきチンピラのような連中に襲撃された」
「おい、どういうことだ?」
「五人ほどが襲撃してきたが、全員迎撃したから大丈夫だ。あと、二台の車に追跡されたが、それもさっき止めた。今は特に追跡してくる車もないようだ」
翔の淡々とした話し方と、話している内容が一致せず、冴木は理解に戸惑った。
「オフェンスは五人で、悪魔、ケラケラ、須野原先生、まだ正体のわかっていない二人という認識は間違っていないな?」
「ああ、そうだが……それより、迎撃したってどういうことだ?」
「言葉のとおりだ。最低でも骨折はしているだろうから、もう美優を襲ってくることはない」
「何ですぐに逃げなかった?」
「逃げたら、また襲ってくる可能性がある。だから、相手をした。何か問題があるか?」
相変わらず、翔は淡々とした話し方で、あまりにも冷静過ぎるように感じた。それは、これまで感じてきた翔に対する不安を大きくするものだった。
「美優が一緒にいるんだ。とにかく美優の安全を第一に考えて、今後は逃げてほしい」
「後のことを考えれば、逃げないで倒した方が、結果的にいいはずだ」
「……そう思うなら、それでいい」
こんな通話だと、自分の思いは伝わらないだろう。そう判断して、冴木はここで止めることにした。
「話を戻します。これは光さんにも協力してほしいことです。これまでどうだったかわかりませんが、不特定多数に対して、オフェンスと同じような指示が出ている可能性があります」
「……もっと早く、その可能性を考えるべきだったね」
翔が何を言っているか、冴木はわからなかったが、光は何か納得した様子で呟いた。
「翔、どういうこと?」
「さっき美優には話したが、TODは色々とルールに穴がある。オフェンスの勝利条件がターゲットの殺害でなく、ターゲットの死亡になっていることが、その一つだ。ただ、これまではオフェンスの知り合い……特に関係が深い知り合いを警戒すればいいといった程度にしか考えていなかった」
そこは冴木も警戒していた部分だ。しかし、翔はその先に考えを進めていた。
「だが、何かしらかの方法で、不特定多数に協力を仰いでいるかもしれないんだ。少なくとも、さっき襲撃してきたチンピラ達は、仲間同士って感じじゃなかった。やっているのがオフェンスなのか、TODを運営している奴なのかわからないが、そんなことをされているとしたら、警戒するべき対象は、ほぼ全員ということになる」
「ラン君、今僕が考えられる可能性を伝えるし、早速調べるよ。インターネット上には人の闇みたいなものもあって、誰かに対する恨みつらみを吐き出す人なんかがいるけど、それが行き過ぎた時、その人を呪ってほしいといった要望を出す人もいるんだ。中には、お金を渡すから、その人に危害を加えてほしいなんてお願いを不特定多数に対して発信する人もいるよ。それを使って、TODにかかわる誰かがオフェンスの協力者を集めているかもしれないね」
「光さん、それをされているとして、どう対策すればいいですか?」
「僕がセレスティアルカンパニーの副社長だからこそ、ラン君は協力をお願いしたんでしょ? 情報が相手なら僕の出番だし、ラン君の期待に応えるよ。早速だけど、美優ちゃんと……ラン君達が乗っているワゴン車かな? それを不特定多数に発信しているサイトを見つけたから、共有するよ」
その直後、送られてきたのは、美優の顔写真や簡単な経歴、それと冴木が借りて現在は美優と翔が乗っているワゴン車の特徴とカーナンバーが掲載されたサイトだった。そのサイトは掲示板のようで、様々な人が情報を出して、お互いに共有しているようだった。
「ラン君、直近の位置情報などが掲載されているよ。何か位置情報を発信するものがあるんじゃないかな?」
「待ってください。それはいつからですか?」
「ちょっと前って感じだよ。さっき、道の駅に行った辺りかな?」
そんな光の言葉を受け、翔は何か気付いたのか、息を吐く音が聞こえた。
「冴木さん、このカーナビの位置情報は何の対策もしていないのか?」
「いや、そんなことない。システムを弄って、位置情報を誤認させるようにしているはずだ」
「だが、こちらの位置が特定されている理由は、これしか考えられない。このカーナビは、さっき初めて起動したんだ」
「ラン君、そういうことならすぐにカーナビを止めた方がいいよ」
「わかりました。すぐに止めます」
冴木は話についていくことすらできず、これまで準備したつもりが全然足りていなかったと自覚した。そして、先ほど思ったとおり、改めて仕切り直すべきだと強く感じた。
「こうした話に、俺はついていけない。だから……俺は助けてほしいし、協力したい。俺が用意した潜伏先が特定されたのも、同じ理由か?」
「ちょっと待ってください。……そういった場所の情報はなさそうです。それより、先ほど話したサイトの方を、セレスティアルカンパニーの社員に荒らしてもらうよう頼みました。これで、ラン君達は大丈夫じゃないかな。うん、早速動いてくれたみたいだね」
確認すると、先ほど光から教えてもらったサイトに、とんでもない量の書き込みがあり、もはや何の情報を伝えているのかわからない状態になった。
「それじゃあ、潜伏先を特定された理由を考えましょうか」
「光さん、孝太達は大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。さっき移動したけど、別に……いや、まずい!」
急に、光は慌てたような声を上げた。
「光さん、こっちはもう大丈夫です。孝太達のサポートを優先してください」
「うん、じゃあ、僕は抜けるね」
結局、最後まで何が起こっているか冴木は理解できなかった。そのうえで、伝えたいことをただ伝えることにした。
「俺は美優と翔、二人に合流したい。何度も言うが、一緒に美優を守りたいんだ」
「どういった方法で、潜伏先を特定したかはまだわかっていない。別に俺一人でも美優を守ることは……」
「翔、私も冴木さんと合流した方がいいと思うよ?」
美優は気を使っているような口調で、そんなことを言った。
「私は冴木さんといると、何だか安心できるというか、こんな状況でも本当に安心できて……あ、翔と一緒にいても安心できるんだけど、えっと、何て言えばいいんだろう? また変なことを言っちゃったけど、冴木さんのことは、本当に信用できると思うの。だから、拒否しないでほしい」
美優が庇うように言った言葉は、冴木のためでなく、翔のための言葉だろう。そう感じつつ、冴木は思わず目に手を当てた。
「……美優がそう言うなら、そうする。冴木さん、どうやって合流すればいいと思う?」
「こちらの位置をどうやって特定しているか、ある程度わかってから合流した方がいいだろう。とりあえず、俺はできる限りのことをする。まずは新しい車を用意するつもりだ。それを含め、多少の時間がかかるだろうから、それまでは翔に美優のことを任せる。翔、美優のことを守ってくれ」
「わかった。それじゃあ、このまま移動を続ける。また何かあれば連絡する」
「ああ、わかった」
そうして、翔達との通話は切れた。
冴木は路肩に車を止めると、目を拭いつつ、気持ちを落ち着かせた。そして、決心したように真っ直ぐ前を見ると、また車を走らせた。