ウォーミングアップ 06
サッカー部の練習試合は、5-2で城灰高校が勝った。
途中、また孝太のミスによって2点目を入れられた後、作戦を変え、翔がディフェンスのサポートをするようになった。それ以降、追加点を許すことなく、2点の失点で抑えることができた。
反対に、翔は相手の隙をつくと、カウンターを仕掛け、一気にボールを前線まで運ぶと、最後は味方にパスを出し、それが点になった。
結果的に今日の翔の成績は、4ゴールに1アシストと、全部の点にかかわる大活躍だった。
「翔、助かったよ。それと、ごめん。途中から……」
「別に調子の悪い時なんて誰にでもある。気にするな」
関心がないといった雰囲気の翔を前に、孝太は言い訳することすらできなかった。
「孝太、翔、彼女が取材したいそうだ。受けてくれ」
顧問の南波先生からそんなことを言われ、目を向けると、そこには見覚えのある女性記者がいた。
「孝太君、こんにちは。堂崎君は初めまして。篠田灯よ。前から孝太君の取材をさせてもらっているんだけど……」
「すいません、家が厳しいので、取材はお断りします。私のことを記事にするのも控えてください」
翔はそれだけ言うと、行ってしまった。そんな翔の態度に、篠田は呆気に取られている様子だった。
「ごめんなさい、翔はどうも人付き合いが不得意なのか、いつもあんな感じなんです」
「そうなんだ? 『高校サッカー界を代表するエースストライカー現る』なんて記事を書きたかったけど、やめておくわ」
「今日は僕の調子が悪かったですし、翔のことを書けないとなると、記事にすることないですよね?」
「そうね。でも、いつか堂崎君が取材を受けてくれることを期待して、話だけ聞かせてほしいわ。記事には絶対しないから安心して」
「はい、わかりました」
孝太が篠田の取材を初めて受けたのは、冬の大会で全国まで進んだ時だった。城灰高校が全国大会まで進むのは初めてだったため、その際は多くの人が取材を申し込んできた。しかし、全国大会では早々に敗退してしまったこともあり、一回きりの取材で終わったのがほとんどだった。
そんな中、篠田だけは定期的に孝太に取材を申し込み、地方紙や複数の雑誌で特集記事を載せてくれた。元々、孝太はサッカーをしている人から注目されていたものの、それが一般の人にも注目されるようになったのは、そうした篠田の功績といっても過言ではない。そのため、今ではすっかり心を許して、孝太は様々なことを篠田に話している。当然、信用もしているため、篠田が記事にしないと言った以上、絶対記事にしないだろうと確信して、今日も取材を受けることにした。
「堂崎君は、この時期での入部、さらにはレギュラー入りということみたいだけど、経緯を聞いてもいいかしら?」
「はい、先日、体育の授業でサッカーをやったんですけど、翔がどんどんと点を決めてくれて、あそこまで攻撃的な選手なんて見たことなくて、すぐに僕の方からサッカー部に入ってほしいと誘ったんです。でも、当初は全然話を聞いてくれなくて、さっき翔が言ってましたけど、家が厳しいから無理だと断られたんです」
「そうなんだ? それでよく入ってくれたわね」
「毎日、しつこいほど誘ったら、嫌々ながら入ってくれました」
「押しに弱いなら、何度も取材を申し込めば、受けてくれるかしら?」
「いえ、嫌われる寸前ぐらいまでやった結果なので、篠田さんはやめた方がいいと思います」
「それもそうね」
篠田は明るく笑った。いつもこうして柔らかい雰囲気で取材してくれるため、孝太は改めて話しやすいと感じた。
「それにしても、堂崎君、本当にすごかったわね」
「さっきも言いましたけど、あんな攻撃的な選手は他にいないので、同じチームで活躍してくれると、本当に嬉しいです。家が厳しいとのことなので、試合に参加するのは難しいかもしれないですけど、今日の練習試合にも来てくれましたし、どうにかしてくれると信じてます」
「そうね。私も取材していて、あんな選手は初めて見るわ。がむしゃらというか、自分勝手にも見えたけど、エースストライカーは、あれぐらいでいいと思うわ。だからこそ、取材したいんだけどね」
「その点は、本当にごめんなさい」
「まあ、しょうがないわ。後半はディフェンスもできるってところを見せてくれたし、まだまだ底が見えないわね」
「僕がしっかりしてれば、もっと翔は活躍できたと思うんですけど……」
そこで、篠田はニヤッと笑みを浮かべた。
「あれはしょうがないわ。まさか美優ちゃんがねー」
「え!?」
「これについては、私から詮索しないわ。まあ、悩んでいるなら、親友の大助君にでも相談しなさい」
これまで取材を長い期間受けていたため、孝太のことだけでなく、孝太の周りの交流についても、篠田には話してきた。その結果、孝太が美優に片思いしていることも、篠田には知られていたようだ。そのことを今更ながら、孝太は恥ずかしいと感じた。
「高校生なんだから、青春しなさい。報われない思いでも、納得できるようにしなさい」
「はい、ありがとうございます」
「……何だか、おばさんくさいわね。話を変えて、いつもしている質問だけど……今、緋山春来に勝てると思うかしら?」
篠田の言ったとおり、最後にはいつも、この質問をされる。緋山春来は孝太と同学年で、中学サッカー界を代表する司令塔の一人だった。学校が違ったため、何度か公式大会でも対戦することがあったものの、そのたびに孝太は緋山春来に圧倒されてしまった。
周りは孝太と緋山春来をライバル関係だと言っていた。しかし、孝太の認識は違った。自分と緋山春来の間には、確実に差があり、どうしても敵わない相手だった。それは、緋山春来のいるチームと対戦して、勝ったことが一度もないという点からも、はっきりしていた。
そのため、孝太の目標――尊敬する選手は、プロの世界で活躍する有名な選手でなく、緋山春来だった。同い年の中で、どちらが一番の司令塔になれるか。それだけを考えて、中学時代の孝太はサッカーをやっていた。そして、いつか緋山春来に勝ちたいと思い続けていた。
しかし、その夢が叶うことは、もうない。それは、緋山春来が一年前に亡くなったからだ。
「いつもと同じような答えになってしまうんですけど、今でも、僕は彼に勝てないと思います。一年前の彼より、今の自分は実力があると思います。でも、彼が生きてたら、今の自分よりもさらに実力を上げてると思うんです」
そう考えているからこそ、努力を続けることができる。そんな思いもあるものの、こうした気持ちが永久に果たされないというのは、孝太にとって辛いものだ。しかし、それも少し変化があった。
「でも、翔と一緒なら、緋山春来が相手だったとしても、絶対に勝てると思います! 今日の練習試合で、それを感じました!」
そんな孝太の言葉に、篠田は穏やかな表情を見せた。
「うん、いい傾向だと思うわ。これもいつも言っていることだけど、緋山春来に縛られないようにしなさい」
「……はい」
これまで、この篠田の言葉を上手く受け入れることができなかった。しかし、今日の孝太は、この言葉を素直に受け入れられた気がした。
「それじゃあ、今日もありがとう。また話を聞かせてね」
「自分勝手に話しただけで、ごめんなさい」
「それでいいの。私の取材は相手を知ることが目的だから、むしろこれがいいの」
こうしたことを言ってくれるから、孝太は篠田の取材をまた受けようと思える。そんなことを改めて感じつつ、孝太は頭を下げた。
「ありがとうございます」
「礼を言うのは、私の方よ。改めてありがとう」
篠田は最後に笑顔を見せた。その笑顔を見て、孝太はもっと話をしたいと思った。そんな風に思わせるということは、篠田が優秀な記者ということなのだろう。そんなことを思いつつ、孝太は笑顔を返した。