前半 03
光は軽く仮眠を取っただけで、ほとんど徹夜に近い状態だった。そんな光を瞳は心配した様子で見ていた。
「光、無茶は良くないよ?」
「大丈夫だよ。おかげでTODに関する情報は整理できたし、ダークに接触するのも何とかなりそうだからね」
TODについて知ったのは、昨日のことだ。これまで知らなかったことを知るというのは、知るべき情報が多いということでもある。そのため、昨日だけでも多くの情報が光の中に入ってきた。そうした情報を、光はしっかりと整理して、全部を使えるものにすることができた。
そして、ダークとの接触についても、待ち合わせ場所が見晴らしの良い公園を指定されるなど、いくつか問題があったが、解決策はすぐに思い付いた。これは単純なもので、孝太達に位置情報を発信する機器を持たせる。ただこれだけだ。これはスマホの位置情報でもある程度できるものの、光が用意したのは発信器に近いもので、より正確な位置を特定できるようにした。こうすることで、ライトのメンバーを孝太達にあまり近付けない形で配置できるだけでなく、孝太達を見失うリスクを減らすこともできるため、こちらにとって利点しかないと光は考えた。
また、ディフェンスをダークに接触させる試みも、ある程度の目途が立っていた。それも単純なもので、ディフェンスは、光の監視が目的のようで、昨夜からセレスティアルカンパニーの外で待機している。こちらからも監視しているが、交代で休憩を取っているようで、特に移動することもなく、一晩中ずっと動かなかった。それだけ光の監視をしているのは、光と会うために翔と美優が来ると確信に近い考えを持っているようだ。そう判断したため、ダークのメンバーがどこに集まっているかわかった後は、光自身もそこへ向かうつもりだ。そうすれば、ディフェンスは光を追跡してきて、自然とダークと接触させることができるはずだと結論を出した。
その時、扉をノックする音が聞こえた。
「圭吾様が見えました」
「ああ、ありがとう」
社員の言葉に返事をするように礼をすると、扉が開き、圭吾が入ってきた。
「それでは、失礼します」
社員はそう言うと、部屋を後にした。
「圭吾様なんて言われるのは、慣れないから気持ち悪いぞ」
「僕の親友だから、丁重に扱ってと伝えたからね」
元々、圭吾とは改めて詳細を詰めるため、この時間に会うつもりだった。その際、瞳などの案内がなければ入れないとなると面倒だったため、いわゆる顔パスで圭吾を副社長室まで通すようにお願いしていた。その結果、圭吾は普段受けることのない形の扱いを受け、戸惑っている様子だった。
「何度も言うが、こんな俺を中に入れて、この会社は大丈夫か?」
「何の問題もないよ。それで早速だけど……」
その時、圭吾のスマホが鳴った。圭吾はスマホを操作すると、光の方に目を向けた。
「孝太から連絡が来た」
「丁度いいね。これからすることを説明するよ」
「それじゃあ、出るぞ?」
圭吾はそう言うと、スマホに出た。
「圭吾だ」
「圭吾さん、おはようございます」
「丁度、光のとこに来てて、これからどうするか聞くところだ」
「そうなんですか?」
「孝太君、おはよう。千佳ちゃんも一緒なのかな?」
「はい、千佳です。おはようございます」
「光さんもおはようございます」
こちらから連絡するつもりだったのに、孝太達から連絡が来た件について、光は色々と思うところがあった。それは、孝太達が何か不安を抱えているかもしれないというもので、少しでも気持ちを落ち着けようと、いつもより明るい口調で話すことに努めた。
「二人ともおはよう。こっちから連絡するつもりだったんだけど……」
「昨夜、両親も心配して、千佳が僕の家に泊まったんです。それで、今は千佳が着替えたいからと千佳の家に向かってるところで、ダークとの待ち合わせには間に合うと思うんですけど、少し時間の余裕がないかもしれないので、連絡しました」
「それは連絡してきてもらって良かったよ。これからどうするか、僕の方で考えたんだけど、聞いてもらっていいかな?」
「はい、今は駅に向かってるところなので、大丈夫です」
孝太の言葉を受けて、光はパソコンを操作しながら、自分の計画をどう伝えるか少しだけ考えた。
「まず、孝太君と千佳ちゃんには、位置情報を発信する、いわゆる発信器を持ってもらうね。それで、ダークがどこに集まっているか、僕達に知らせてもらうことが第一の目的になるよ。発信器はダークと接触する前に渡すよ」
「わかりました。それはどこで受け取ればいいですか?」
「二人が行きやすい場所で大丈夫だよ。というのも、僕も近くで待機して、圭吾達と一緒に行動するつもりだからね」
「おい、どういうことだ?」
当然の反応ながら、圭吾は驚いた様子だった。
「今、セレスティアルカンパニーの外で、ディフェンスが僕を監視している。これは僕がラン君達と合流すると思ってのことだと思うんだけど、それを利用して、僕を囮にディフェンス……というより、少なくとも可唯君を僕達の計画に巻き込むよ。正直なところ、可唯君さえいれば、ダークを相手に不利な状況にはならないだろうしね」
「確かにそうだが……まあ、光がそう決めたものだし、俺もそれでいいと思う」
「というわけで、発信器は僕が孝太君と千佳ちゃんに直接渡すよ」
「わかりました。それじゃあ、ダークと待ち合わせしてる公園の近くでいいですか?」
「あまり近いとダークに警戒されるから、少し離れたところにしようか。具体的な場所は後で送るよ」
ダークに接触する計画について、大まかではあるものの、伝えたいことを伝えることができた。そのため、光は別の情報を伝えようとキーボードを叩いた。
「それとTODに関する情報だけど、毎月10日から15日付近で、東京で暮らす高校生が亡くなった事件の情報を整理して、一年前から先々月までターゲットに選ばれたと思われる高校生を特定できたよ。それで、その高校生だけでなく、周辺で亡くなった人についても調べて、家族が殺されたケースや、同級生が殺されたケースが結構あったんだよね」
「そうなんですか?」
「それで、美優ちゃんやラン君の交流関係……というか、単純に仲のいい人の情報を教えてくれないかな? 念のため、その人に何かあった時、僕達に連絡できるようにしておきたいんだよね。そうすれば、僕達がその人を守れるケースもあると思うからね」
TODのルールはターゲットを守るだけでいいものの、光としてはターゲットだけでなく、誰も死なせたくなかった。そんな思いから、ターゲットの周辺にいる人への被害を懸念していた。
「えっと、美優も翔も人付き合いがあまり得意じゃないので、僕と千佳、あと大助ぐらいとしか普段話してないです。それも、つい最近になって話すようになっただけで……」
「それじゃあ、念のため大助君にこのことを伝えて、僕や圭吾の連絡先を伝えてくれないかな?」
「わかりました! だったら、私の方で早速やっておくよ! 今、光さんや圭吾さんに連絡する時に使ってる、この連絡先でいいんですよね?」
「うん、それで大丈夫だよ」
「じゃあ、私から大助に電話しますね」
千佳の積極的な行動に多少の戸惑いがありつつ、光は計画どおりに進んでいることを嬉しく感じた。
「行動するライトのメンバーは、圭吾と可唯君だけで十分だと思うけど、圭吾に追加で三人ほど選んでもらって、その人達もいつでも動けるように待機してもらっているよ」
「普段、『ケンカ』に参加してもらってる奴らで……いや、『ケンカ』を知らないとわからないか」
「いえ、わかります。ダークが学校に来た時、翔と鉄也って人がやってました。グローブを着けた決闘みたいなものですよね?」
「ああ、それだ。戦力としては可唯頼りになると思うが、それでも多少は頼りになるはずだ。そんな奴を集めたから、安心していいぞ」
「……はい、わかりました」
相変わらず、圭吾は説明が下手で、孝太達を不安にさせているだろう。そんなことを感じつつ、光は笑った。
「大助と連絡できました! 光さん達の話、わかってくれましたよ!」
そこで、嬉しそうな千佳の声が聞こえた。
「大助君の連絡先も教えてもらっていいかな? というか、テストも兼ねてメッセージを送ってもらえると助かるよ」
「じゃあ、それも伝えます!」
それから少しして、光と圭吾のスマホに大助からメッセージが届いた。内容は「よろしくお願いします」という、あまりにも簡素過ぎるもので、光は何となく大助という人物がどんな人物なのか予想できた。
「うん、メッセージは無事に届いたよ」
「俺の方も届いたぞ」
「それなら良かったです!」
「さっき言ったとおり、これまでターゲットの同級生が殺されたケースもあるから、何か少しでも危険を感じたら、連絡してほしいかな。これは、大助君だけでなく、孝太君と千佳ちゃんも同じだからね」
「わかりました」
「わかりました!」
こうして計画を伝えて、多少の不安要素なども解消された。ただ、まだ何の行動も起こしていないのと同然で、実際に行動を起こせば想定外なことが起こるかもしれない。そう考えたうえで、光は改めて頭を整理した。
「今後の行動については、今伝えたとおりだけど、詳細は時間ギリギリまで考えるよ。ただ、大まかには孝太君と千佳ちゃんに発信器を持ってもらう。それで孝太君達がダークの集まっている所に行って、それを把握した時点で僕と圭吾達がそこへ行く。そんな単純なものだから、難しく考えないで、安心してもらっていいよ」
「はい、わかりました」
「ただ、この計画から外れた場合は、二人ともダークの集まっている所を特定することも、それこそダークとの接触も諦めてほしい。とにかく、自分達の安全を確保してね。これは、ラン君の願いでもあるから、絶対に聞いてほしい」
「……わかりました」
「……私も、わかりました」
歯切れの悪い返事で少し心配になったものの、ここで何か言えば逆効果と思い、光は何も言わないでおいた。
「それじゃあ、そんな感じでお願いするよ。後で直接会うけど、よろしくね」
「はい、よろしくお願いします!」
「それじゃあ、切るぞ」
話がまとまったところで、圭吾は孝太達との連絡を切った。
「とりあえずは何とかなり……」
「光、一つだけいいか?」
孝太達との連絡を切った直後、圭吾がそんなことを言ってきて、何か大切な話があるのだろうと光は真剣な目を圭吾に向けた。
「何かな?」
「今も可唯は外にいるんだな?」
「うん、見たかどうかわからないけど、車に乗ってディフェンスの人達と一緒にいるみたいだね」
「少しだけ、可唯と話してもいいか?」
圭吾の方も真剣な目でそう言った。それを受けて、光はどうするべきか、少しだけ悩んだ。というのも、圭吾は普段から不器用で、伝えなくていいことを伝えてしまうことがある。その結果、ダークとの接触が上手くいかなくなる可能性があるかもしれないと思うと、圭吾を止めたいというのが光の本音だった。
ただ、圭吾の真剣な目を見て、光は思考を止めると、笑った。
「瞳は、どうした方がいいと思うかな?」
「圭吾だけじゃなくて、光も一緒に話した方がいいと思うよ」
光が確認するようにした質問に対して、瞳は想定どおりの答えを返した。それを受けて、光は自分の冷静な考えでなく、圭吾の冷静でない思いに乗ろうと決心した。
「それじゃあ、外にいる可唯君達と話しに行こうか」
光がそう言うと、圭吾は黙ったまま頷いた。