試合開始 30
しばらく移動した後、翔は車をまたコンビニに止めた。それから、光にダークの件などを確認するため、連絡したいとメッセージを送った。
すると、孝太達と通話中であることや、ダークとの接触に孝太達が協力したいと言っていることなど、何故そうなったのかわからない報告が次々と届いた。その流れで、翔は通話に参加して、詳しく話を聞くことにした。
「光さん、圭吾さん、少しだけ孝太達と話す時間をもらってもいいですか?」
「うん、そのつもりで通話に参加させたわけだし、構わないよ」
「俺も大丈夫だぞ」
「ありがとうございます」
光と圭吾の許可をもらったうえで、翔は少しだけ何を話すべきかと考えた後、口を開いた。
「早速本題に入るが、孝太と千佳はあまりかかわるなと言っただろ? ライトに入ったり、今度はダークと接触しようとしたり、あまりにも危険だ」
「私達は翔と美優のために……」
「美優のことは俺が守る。本当に危険なんだ。無事に美優と俺が戻ってくるのを待っていてほしい」
「そんなの、翔だって同じじゃん!」
「俺は違う。言っただろ? 俺はTODで大切な人を失った。だから、復讐したいんだ。こういった言い方は良くないかもしれないが、美優を守ることも、俺にとってはTODに対する復讐だ」
そんな翔の言葉に、千佳は何も返せない様子だった。
これでわかってくれただろう。翔はそんな風に感じたが、そこで孝太の息遣いが聞こえた。
「だったら、僕は翔と同じだ。僕もTODで大切な人を失った。いや、TODのせいだったんだと今回知った。だから、僕もTODに復讐したい」
あまりにも意外な言葉で、翔は言葉を失ってしまった。
「翔と美優のためだけじゃねえよ。僕もTODをどうにかしてえ理由があるんだ」
「どういう意味だ?」
「僕は高校サッカー界で一番の司令塔だなんて言われてるけど、全然嬉しくねえんだ。緋山春来は僕なんかより優れた選手だった。だから、僕は尊敬してたし、絶対勝ってやると勝手にライバル視してた。でも、去年突然亡くなって、僕は目標を見失った」
孝太の言葉を、翔は黙って聞いていた。
「緋山春来が亡くなったのは、TODのターゲットに選ばれて、殺されたからだと知った。だから、僕は翔と同じだ。サッカーをやるうえで目標にするほど大切な人を、TODのせいで失ったんだ。そんな僕もTODに復讐させろよ!」
通話越しでも、孝太の強い思いは十分伝わった。しかし、翔の中には複雑な思いがあり、どう返すべきなのか、わからなくなってしまった。
「緋山春来は……孝太はとっくに緋山春来を超えていると思う。だから、そんなことに拘るな」
「それは翔も同じだよ」
不意に美優からそんなことを言われ、翔は隣に目をやった。
「孝太にも言いたいんだけど、私は復讐なんてしてほしくないと思っているの。さっき、翔は私を守ることも復讐だと言ったけど、だったら私を守ってくれなくていい。……守ってもらっているのに、こんなことを言って、ごめんなさい。でも、孝太達のことを否定するのは、翔自身を否定することになっているよ? それで……私は翔が壊れてしまいそうで怖いの」
自分はまた美優のことを不安にさせてしまった。そのことを自覚すると、翔は深呼吸をした。そうして、様々な思いを胸に仕舞いながら、冷静に何をするべきかだけを考えた。そして、一つの決断をした。
「光さん、圭吾さん、絶対に孝太達が危険にならないようにサポートしてください」
孝太達を止めるということは、自分自身を止めることだ。美優の言葉から、翔はそう判断すると、孝太達に協力してもらうことを決断した。
「うん、できる限りのサポートをするよ」
「ライトも全力でサポートするぞ」
そんな言葉を受けて、翔は胸に手を当てた。
「ダークとの接触は、孝太と千佳にも協力してもらおうと思う」
「もう、早くそう言ってよね」
「千佳、せっかく翔が考えを変えたんだから、そんなこと言うなよ」
「そっか! えっと……何だろ? ありがとう!」
千佳があまりにも適当で、翔は思わず笑ってしまった。そして、こんな状況で笑える自分に少しだけ驚きつつ、今は何をするべきか考えることに集中した。
「光さんや圭吾さんがどう考えているかわかりませんが、孝太達がダークへの参加を希望していると伝えて、ダークをおびき出すのがいいと思います」
「うん、僕も同じように考えていたよ」
「すぐ近くで俺達ライトが待機して、孝太達の安全は確保するぞ」
「それは難しいと思います。鉄也は慎重な性格ですし、ライトが待機していたら、すぐ気付くと思うんです」
「人数を減らして待機すればいいんじゃないか?」
「それだと、戦力不足じゃないですか? いや、自分が合流して一緒に待機すれば、どうにかできるかもしれませんね」
「いや、それはやめた方がいいかな。ラン君と美優ちゃんは、引き続き二人だけで行動するのが一番だと思うよ」
「え、翔と美優って、今二人きりなの?」
割り込むように千佳から質問され、そういえば説明していなかったかもしれないと今更気付いた。
「どういうことだよ!?」
「ああ、何か違和感というか、嫌な予感があって……」
「その違和感、孝太君も持っているみたいだよ。僕から説明するけど、何かおかしなことが起こっていると、ラン君、美優ちゃん、孝太君、そして僕も感じている。それをいち早く察知したラン君は、ディフェンスとも離れて、今は美優ちゃんと二人でいるんだよ」
光がわかりやすく説明してくれて、翔としては助かった。
「二人でいるって、大丈夫なのかよ?」
「今は止まっているが、基本的に車で移動しているから大丈夫なはずだ」
「車で移動って、誰が運転してるんだ?」
「……何かあった時のため、車の運転をできるようにしていたんだ。詳しいことは言いたくないから聞かないでくれ」
「……そう言われたら、何も聞けねえよ」
どこか呆れた様子すら感じる孝太の言葉に、翔は思わず苦笑してしまった。ただ、今はそれよりも考えたいことがあった。
「話を戻します。ダーク側は待ち合わせ場所を指定できますし、何かあった時、戦力的に不安があります。どう対策するんですか?」
「確かにランの言うとおりだ。どうするのがいいか……」
「それなら、朗報があるよ。恐らく、ラン君達を待ち伏せしようと思ったんだろうね。今、セレスティアルカンパニーの近くに止まっている車があって、可唯君が車内にいることを社員が確認してくれたし、恐らくディフェンスの人達で間違いないと思うんだよね。だから、僕を囮にしてもいいし、可唯君を含めたディフェンスの人達を、ダークに接触するよう誘導すればいいんじゃないかな?」
光の作戦は、翔の考えもしなかったことで、とにかく驚きしかなかった。同時に、光が敵だった場合、自分達は何もできないだろうと思い、光が味方であることを心から祈った。
「光さんの作戦で、自分も大丈夫だと思います」
「それじゃあ、その準備を進めるよ。とりあえず、ディフェンスが乗った車を監視して、いざという時は追跡できるようにしておくね。それと、今は遅い時間だし、ダークに参加したいと応募したところで、接触するのは明日になると思うから、今夜はそれぞれ明日に備えて休んでほしいかな」
光の提案には、全員が納得した。それから、それぞれが今後するべきことを整理した。
翔と美優は、違和感の正体を突き止め、安全の確保ができるまで、引き続き車での移動を続けること。孝太と千佳はダークへの参加希望を送り、ダークからの反応を待つこと。光や圭吾を含むライトは、孝太達のサポートをすること。そう整理したうえで、翔達はお互いに問題ないか確認し合った。
そうして話もまとまり、通話を切ることになったところで、翔は伝えるべきことを伝えていないと気付いた。
「ケラケラも警戒する必要があるが、それ以上にフルフェイスヘルメットを被った人物……冴木さん達が悪魔と呼んでいたから、俺も悪魔と呼ぶが、この悪魔にだけは絶対にかかわるな。ターゲットとディフェンスだけでなく、ターゲットの家族や身近な人まで標的にする、本当に危険な存在だ」
「ああ、わかってるよ。既に知ってるかわからねえけど、美優の家で爆発があった前後で、その悪魔って奴を近くで見たって人がいたんだよ。正直言って、怖いと思ってるし、そんな奴とは頼まれてもかかわらねえよ」
「それなら良かった。ただ、本当に危険な存在だから、とにかく警戒してほしい。これは、光さんと圭吾さんも同じです。何度も言いますけど、絶対にかかわらないようにしてください」
「うん、わかっているよ。僕も圭吾も十分に警戒するよ」
「ライトのメンバーにも警戒するように言ってある。だから、安心しろ」
そこまで聞くことができて、翔は多少なりとも安心できると、軽く息をついた。
「こっちの心配ばっかしてるけど、翔と美優が一番危険なんだ。絶対、無事に戻ってきてくれよ?」
「ホントだよ! 二人とも、ホントに気を付けてね」
不意に孝太と千佳からそんな言葉を受け、翔と美優は笑った。
「大丈夫だ。必ず無事に戻る。孝太と千佳も気を付けてくれ」
「うん、私も無事に戻ると約束するよ!」
そんな言葉を送ると、孝太達は安心した様子で、笑い声が聞こえた。
「光さんと圭吾さんも、よろしくお願いします」
「うん、任せて」
「ああ、任せろ」
「それじゃあ、切りますね」
最後にそう言って、翔は通話を切った。それからすぐ、自然とため息が出た。
孝太や千佳まで巻き込んでしまったことについて、翔はまだ不安を感じていた。はたして、自分の判断は正しかったのか。その答えは見つかりそうになかった。
「翔、大丈夫だよ」
そんな翔の気持ちを察した様子で、美優がそんな言葉をかけてきた。その言葉は、何の根拠もなかったが、翔は何故か安心できた。
「ああ、そうだな。ダークの件も含め、向こうに任せようと思う。今夜、俺達は移動を繰り返して、とにかく無事を確保しよう」
「うん、私は翔に任せるよ」
相変わらず、美優が翔のことを信用し切っていて、改めて心配になった。ただ、それを翔は受け入れることにした。
「じゃあ、また移動しよう。眠たくなったら、いつでも寝てくれ。むしろ、俺が休む時は美優に監視をしてもらいたいから、休める時に休んでくれ。この車、後部座席を倒せば横になれるみたいだし、それを利用しよう」
「うん、わかった。じゃあ、ちょっと横になるよ」
美優はそう言うと、後部座席へ移動して、少しだけ操作に戸惑いながら椅子を倒した後、横になった。
そして、翔はエンジンをかけると、また車を走らせ、その場を後にした。