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TOD  作者: ナナシノススム
試合開始
54/273

試合開始 24

 いつの間にか、居眠りをしていたようだ。

 目を開けると、見慣れた景色がそこにあった。

 ふと横に目をやると、そこには大好きな人がいた。

 いつも僕と彼女がいた、公園のベンチ。いつもいたはずなのに、今は何故か懐かしい気分になった。

「早く逃げて」

「え?」

 唐突な彼女の言葉。その意味が僕にはわからなかった。

「早く逃げて!」

 強い口調で言う彼女の言葉を受けながら、僕は意識が遠のいていった。


 目を開けると、そこに美優がいた。それから辺りを見回して、翔は今の状況を理解した。

「……嫌な夢だ」

 思わず、そう呟いた後、翔はスマホを操作した。そして、孝太や圭吾から来たメッセージを確認し、それぞれの状況がわかった。その中で、特にセレスティアルカンパニーの協力が得られたというのは、ずっとしたかったことでもあり、心強いと感じた。しかし、セレスティアルカンパニーがTODにかかわっていた場合は、反対に危険な状況とも考えられるため、安心するわけにもいかなかった。

 それと、冴木さんからも連絡があり、内容は翔と美優の着替えを用意しておいたというものだった。恐らく、二人が寝ている間に置いてくれたのか、ベッドの脇に二人分の着替えが確かに置かれていた。

 その時、美優がモゾモゾと動いたため、翔はスマホから目を離した。それから、目を開いた美優と、丁度目が合った。

「……目を開けて、最初に翔の顔があるなんて、すごい素敵な夢」

「寝ぼけているのか? これは夢じゃない」

「あ……」

 美優は今の状況を理解したのか、顔を赤くした。

「ごめん、忘れて!」

「忘れるも何も、美優の変な言動は今更だろ」

「そんな言い方しないでよ! ……私もそう思うけど」

 寝られたおかげか、美優がいつもと同じ調子で、翔は安心した。

「少しは寝られたみたいで良かった」

「あ、私、どれぐらい寝ていたかな?」

「今は午後7時だから、5時間ぐらいか?」

「ごめん、翔はずっと一緒にいてくれたの?」

「俺もさっきまで眠っていたんだ。だから、気にするな」

 そう言いながら、翔はスマホを操作した。

「孝太達から連絡があって、TODそのものを潰せないかと動いてくれているみたいだ」

「そうなの?」

 それから、翔は現状わかっていることを順に説明していった。その中で、特に自分がライトにいる理由や、結果的にセレスティアルカンパニーの協力を得られたことは強調して伝えた。

「まだ、冴木さん達には報告していないから、後で共有する。本当は圭吾さん達と連絡したいが、それは位置を特定される可能性があると言っていたし、諦めよう」

「翔、ありがとう。これまで、翔が色々と動いてくれていたおかげだよ」

「それは違う。本当なら、もっと早く……」

「翔がライトに入ったことも、TODについて少しでも調べてくれたことも、全部意味があったんだよ! 何より、私が今も生きているのは、翔が助けてくれたからだよ? だから、本当にありがとう」

 その言葉は、これまで自分のしてきたことが無駄でなかったと言ってもらえているようで、翔はどこか胸が熱くなるような気分だった。

「15日の午後7時まで、私は生き残ればいいって話だったけど、もしかしたら、もっと早く解決するかもしれないんでしょ?」

「……美優を不安にさせるかもしれないが、あえて言わせてもらう。できれば、そうしたいと思っているが、動き出したばかりだし、難しいかもしれない。本当にすまない……」

「あ、別に責めているわけじゃないからね! 何か上手く伝えられなくて……何度も言うけど、翔、ありがとう」

 美優はそう言うと、こんな状況にもかかわらず、穏やかな笑顔を見せた。

「どちらにしろ、TODを潰せるかどうか関係なく、私は今から丸5日、生きていればいいんだよね? 大丈夫、私は生きるよ! ……あれ? また変なこと言っちゃったかも」

「変じゃない。丸5日……いや、その後もずっと生きていてほしい」

 そう言いながら、まだ約7時間しか経過していないのかと考えると、翔は憂鬱な気分になりそうだった。ただ、それを表情に出してしまうと、美優をまた不安にさせると思い、そうした思考を頭の中から消した。

 その瞬間、翔は何か嫌なものを感じた。

「いや、何かおかしくないか?」

 そして、不意にそんな言葉が出た。それは、無意識に出た言葉だったため、翔自身も驚いた。

「え、何が?」

「ああ、その……いや、上手く説明できる自信がないし、美優を不安にさせるだけだ。だから、聞かなかったことに……」

「そんなことない! 私は翔の話を聞きたい!」

 美優から強く言われ、翔は少しだけ戸惑いつつ、話すことにした。

「何か、違和感があるんだ。ただ、その違和感の正体が何なのかわからない」

 正体のわからない違和感は、次第に嫌な予感という、何の根拠もないものへ変わっていった。ただ、そんな嫌な予感というものを、翔は無視できなかった。それは、先ほど見た夢も関係していた。

「ここから逃げた方がいいのかもしれない」

「え?」

「何の根拠もない。だが、何か嫌な予感がする。今はそうとしか言えないが……」

 先ほど見た夢の中で、翔はある言葉を言われた。普段、夢の内容などほとんど覚えていないが、その言葉は頭の中にしっかり残っていた。

『早く逃げて』

 それは、翔が無意識のうちに気付いた「何か」に対する、警告だったのかもしれない。そう考えると、ますますここにいるべきではないと思えた。

「翔がそう言うなら、逃げるよ」

 そう言った美優は、穏やかな表情だった。

「正直なところ、ここに来ることも不安だったし、それは今でも変わらないの。でも、翔が一緒にいてくれるから、私は大丈夫なんだよ。だから、翔がここから逃げた方がいいと言うなら、私は翔と一緒に逃げるよ」

「……俺を信用するなって言ったが、全然聞く気がないんだな」

「そんなの当たり前だよ。私は翔のことが大好きで、一緒にいられるだけで幸せなんだもん」

 美優の言葉を聞いて、翔は胸の鼓動が強くなるのを感じた。そして、何の根拠もないものの、自らが持った嫌な予感というものを信じることにした。

「俺と美優の二人だけでここを出よう。できれば車を使いたいが、どうすればいいか……」

「車を使うって、運転できないと、どうしようもないと思うけど?」

「ああ、俺が運転する。無免許だが、こうした時のためにしっかり覚えたから、信用してほしい」

「あ、そうなんだ……」

 美優が動揺した様子だったが、翔は深く考えずに、どうここを離れるかだけを考えた。

「何か、車に行く口実がほしい。忘れ物をしたとか言って通じるか……」

「あ、それなら、竹刀を車に置きっ放しにしちゃったから、本当に取りに行きたいし、それを言えばいいんじゃないかな?」

「本当か? それで鍵を借りることもできる……いや、鍵は車に残していたな。いざという時、誰でも車を使えるようにするためだろう。それを利用させてもらう」

「でも、みんなを騙すみたいで、何だか悪いね……」

 美優がそう言うのも当たり前だった。しかも、そんな行動を取る理由が、嫌な予感がするからというだけだ。そうしたことを改めて自覚し、翔は自分の判断が誤っているかもしれないと不安に感じた。

「でも、私は翔と一緒にいるよ。あと、ここを出るためには、どうすればいいかな?」

 しかし、美優の言葉を受け、翔はとにかく外へ出る手段を考えることに集中した。

「管理室の存在も厄介だ。恐らく、そこで出入り口を封鎖できるだろうから、どうにかしないといけない」

「確かにそうだね。でも、管理室の操作って、誰でもできるのかな?」

「そうか、冴木さんは恐らくできるだろうが、他の人はそうとも限らない。他の人が管理室にいる時、美優が竹刀を取りに行きたいと言って……」

「冴木さん以外の人に管理室を任せるようにするのは、簡単じゃないかな? 何か、冴木さんに相談があるとか言えば、それで変わってくれるでしょ?」

 そこまで話がまとまったところで、どうにかここを離れる算段は付いたように感じた。そのため、翔は実際に行動することに決めた。

「奥が管理室という話だった。まずはそこに行って、冴木さんがいた場合、美優の言うとおり相談したいことがあると部屋に呼び出そう。それで管理室の操作を冴木さん以外がすることになるはずだ。それから、部屋に入る前に美優から竹刀を取りに行きたいとお願いした後、冴木さんを部屋に残して、車まで行こう」

「何か、悪戯をしているみたいでドキドキするね」

 先ほどまで、みんなに悪いと罪悪感を持っていた美優が、どこか楽しんでいるように見え、翔は少しだけ戸惑った。しかし、今はここを離れることを優先したかったため、特に指摘しないでおいた。

「それじゃあ、お互い着替えたら、すぐに行こう。俺はここで着替えるから、美優はシャワー室の方で着替えてくれ。冴木さんが着替えを用意してくれたみたいだし、それに着替えよう」

「うん、わかった」

 冴木の用意してくれた着替えは、動きやすいTシャツとズボンだった。そして、翔と美優は着替えを終えると、部屋を出ようとしたが、そこで足を止めた。

「バッグは置いていこう。部屋で話すのに、持って行くのは不自然だ」

「あ、そうだね。ちょっと待って」

 美優はスマホや家の鍵といった、最低限持てる物をポケットに仕舞うと、バッグをベッドに置いた。

「うん、行けるよ」

「それじゃあ、改めて行こう」

 翔達は部屋を出ると、これまで行っていない、廊下の奥へ向かった。どこが管理室かわからないまま、とにかく廊下を進むと、奥の部屋から冴木がやってきた。どうやら、廊下にある監視カメラの映像を見て、翔達が来たことに冴木は疑問を持ち、自ら管理室から出てきたようだ。

「どうした? 腹が空いたなら、リビングの方へ行け。篠田が夕食を用意してくれているはずだ」

「いや、今すぐ冴木さんに話したいことがあるんだ。少しだけ部屋で話せないか?」

 不審に思われる心配もあったが、翔が真剣な目を向けると、冴木はすぐ頷いた。

「わかった。セーギに管理室を任せるから、少し待て」

 そう言うと、冴木はスマホを使って、セーギに管理室まで来るようお願いした。それから少しして、セーギだけでなく、可唯も一緒にやってきた。

「管理室の平和は、このセーギに任せろ!」

「わいもどうなっとるか見たいねん。せやから、一緒に来たで」

「……ああ、さっき説明したとおり、お願いする。何かあれば、すぐに連絡しろ」

 動揺した様子の冴木を見て、セーギと可唯に任せて大丈夫なのだろうかと疑問を持った。しかし、むしろここを離れようとしている翔にとっては好都合だと、前向きに考えることにした。

 そして、部屋まで戻ったところで、翔は美優に目配せをした。それを受けて、美優は緊張した様子で口を開いた。

「あ、あの、車に竹刀を忘れてしまったので、取りに行ってもいいですか? 近くにあると、安心するんです」

「それなら、俺が一緒に行く。冴木さん、少しだけ待ってもらっていいか?」

「ああ、わかった」

 もしも、ここで冴木が一緒に行くと言った場合は、どう残すか考える必要があった。そう考えると、ほとんど無策で無謀な作戦だったが、運は翔達に味方してくれた。

 そうして、翔と美優は車まで行くことができた。

「美優、不自然じゃないよう、後部座席に乗れ。それで、竹刀を探しているふりをしろ」

 監視カメラに声が入ると思い、翔は小声で美優に指示を出した。そうして、美優が後部座席に乗ったところで、翔はシャッターの開閉ボタンを操作した。

 外から中への侵入を防ぐ目的で、外からシャッターを開けるのは困難だっただろう。しかし、中から外への脱出となれば、緊急時に避難することも想定されるため、簡単にシャッターを開けられる仕組みになっていた。このことも、運が翔に味方しているようだった。

 翔は急いで運転席に座ると、鍵を回してエンジンをかけた。そして、まだ完全にシャッターが上がり切っていなかったが、車を発進させた。

 天井をシャッターが擦る音を聞きつつ、無事に外へ出ると、そのままアクセルを踏み込み、翔は車を道路に出した。

「無事に出られたね!」

「はっきり言って、運が良かっただけだ。だが、出られたならこれでいい。しばらく走らせて、ここから離れる」

「うん、わかった」

 改めて、自分の行動が正しいのだろうかと、翔は疑問を持った。しかし、今はとにかくここを離れようと、運転することに集中した。

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