試合開始 22
光はTODに関する情報を調べることに限界を感じると、少し視点を変えて、孝太達の話していた、ケラケラと名乗る女について調べていた。
まず、話を聞く限り、ケラケラは麻薬を使用する殺人鬼と考えられた。それをヒントに、光はケラケラが起こしたと思われる事件を探した。
麻薬は基本的に毒薬の一種であり、過剰投与などが原因で亡くなる人もいる。ただ、適量であれば、医療の現場で麻酔として使用されることもあり、単に快楽を得るためのものというわけではない。そうした前提知識を持ちながら調べてみると、いくつか妙な殺人事件を見つけることができた。
それは、毒殺されたという見解のようだが、その死体は不自然なほど笑顔だったそうだ。注目すべきは、被害者が大企業の重役だったり、政治家だったり、影響力のある人が多いこと。また、インフィニットカンパニーに否定的、あるいは懐疑的な意見をいう人ばかりだということだ。
こうして情報をまとめると、明らかにインフィニットカンパニーの者が、自分達にとって邪魔な者を排除しているような、そんな感想を持った。もしかしたら、ケラケラは依頼を受けて人を殺す、いわゆる殺し屋のような存在で、頻繁にインフィニットカンパニーの者から依頼を受けているのかもしれない。そんなシナリオを雑に作ってみたが、光は妙にしっくりきてしまった。
そして、同じような手口で他にも二人ほど、高校生が殺されているというのも、TODを追っている今、気になる情報だった。殺しを仕事にしているとなれば、これまでもオフェンスとしてTODに参加していてもおかしくない。そこまで考えたところで、このケラケラも警戒すべきだと光は判断した。
「瞳、ケラケラと名乗る女について、これらの事件を詳しく調べれば、何かわかると思うんだ。例えば、周辺の監視カメラ映像とかを洗い出してもらうよう、お願いしてもらえないかな?」
「わかった、お願いしておくよ」
「ありがとう」
そうしたお願いを瞳にしつつ、光はケラケラが使用したとされる「デーモンメーカー」についても調べた。すると、デーモンメーカーが関連したと思われる事件などはすぐに見つかった。ただ、そのうえで人の筋力を一時的に増強する薬なんてものを使われた時、どう対処すればいいか。そんなSFどころかファンタジーに近い疑問を解決させるシナリオを考えるのは、なかなか大変だった。
一応、スポーツ選手のドーピング問題などは昔からあり、薬で筋力を向上させることは可能なはずだと知っている。また、遺伝子操作により筋力の増強を図るといった話も聞いたことがある。そういった観点から、光は科学の分野まで広げて情報を集めた。そして、次第に筋肉の構造そのものを調べ始めたところで、自分が迷走し始めていることに気付き、キーボードを叩く手を止めた。
今、光は自分が何を調べているのかすらわからなくなっていた。情報はただ持っているだけだと何の役にも立たない。関連する情報をしっかり整理したうえで、どう利用できるかまで考えられるようになった時、初めて情報というものは役に立つ。しかし、今は断片的に入ってくる情報をほとんど整理できず、バラバラになったパズルのピースを山盛りにしている気分だった。
「光、少し休んだら?」
「いや、既にTODは始まっているし、早急に対処するよ」
「それはわかるけど、光だって何をすればいいか、わからなくなっているんじゃないかな?」
瞳の言うとおりで、光は何も言い返せなかった。その時、圭吾から連絡があり、すぐに通話を繋いだ。
「今、セレスティアルカンパニーの前に着いたぞ」
スピーカーにしたままだったため、圭吾の声は瞳にも届いた。すると、瞳は笑顔を浮かべた。
「圭吾、丁度良かったよ。光ったら根詰め過ぎで、少し休んでほしいのに、全然聞いてくれないの」
「そんな言い方しないでくれないかな?」
「現にそうでしょ? そんなわけで、すぐ中に案内するよ。私が迎えに行くから、少し待っていてね」
「ああ、わかった。待ってるぞ」
瞳は勝手に話を進めると、光に笑顔を向けた。
「じゃあ、行ってくるね」
「……うん、いってらっしゃい」
瞳が部屋を出ていった後、光は軽くため息をついてから、またキーボードを叩いた。
情報の整理など全然できていない状態でも、パズルのピースは多ければ多いほどいい。いつか何かのきっかけで上手く整理できた時、ここで集めたピースの一つが役に立つかもしれない。そう信じて、途中まで調べていた筋肉の構造などについて、光は情報を集めた。
そうしているうちに、瞳が圭吾を連れて戻ってきた。
「ほら、根詰めた顔でキーボードを叩いているでしょ? 完全に迷走していると思わない?」
「ああ、これは重症だぞ。迷走した時の光そのままだ」
いきなり二人から辛辣な言葉を言われ、光は手を止めると笑った。
「僕を弄る時だけ、瞳と圭吾が意気投合するのは相変わらずだね」
「普段の光には、なかなか敵わないから、こういう時だけ弄るだけだぞ」
「そうそう。それに、こうすれば、普段の光に戻ってくれるしね」
ふと、光は大学生だった頃を思い出した。普段、悩んだり迷ったりすることは少ないものの、時にはどうしていいかわからなくなる時もある。そんな時、自分は複雑に考え過ぎてしまい、それこそ迷宮に迷い込んだかのように混乱してしまう。
そんな時、いつも瞳と圭吾は、光のことを慰めるのではなく、反対に弄ってきた。ただ、不思議なことに、こうして二人から弄られると、光はすぐ冷静になれ、頭を整理することができる。
「ライトは何をすればいい? 指示を出してくれれば、俺達は何でもするぞ」
「うん、まずは妙な事件が起こった時、都度連絡してくれないかな?」
「妙な事件?」
「具体的には発砲事件とかなんだけど、これまであったことはまとめてあるから、それを確認してくれないかな?」
光はそう言うと、これまで確認できていることを圭吾の方でも確認できるよう、改めて情報を整理するだけでなく、データベース化することにした。思えば、これは最優先でするべきことで、こんなことを怠ってしまった時点で、自分らしくないと感じた。
「その中で、ある不審人物について、特に注意してほしくて……さっき、確認してもらいたいことがあるって言ったけど、このフルフェイスヘルメットを被った人物が、恐らくオフェンスで参加しているようなんだ」
光は監視カメラに映った、その人物の映像や写真を圭吾に見せた。気付けば、映像や写真も当初に比べれば多く集まり、それらを整理するだけでも十分な情報が集まる気がした。
「こいつのことは、ライトのメンバーにも周知して、要警戒してほしい」
「ああ、わかった」
「それと、こいつが乗っているバイクについて、何かわからないかな? というのも、こいつはEB……圭吾は機械が苦手だったね。簡単に言えば、周りのコンピュータなんかを誤作動させる兵器のようなものがあって、こいつはそれを使っているみたいなんだ。でも、最近は車もバイクもコンピュータで制御しているし、EBを使ったら自分のバイクが誤作動を起こす可能性があると思うんだよね。それをどう対策しているか、圭吾に考えてほしいんだ」
「ちょっと、見せてみろ」
「うん、ついさっき、丁度いい映像が見つかったから、是非確認してよ」
監視カメラの映像というのは、どうしても荒いものが多いが、つい先ほど鮮明な映像が見つかり、そこにはバイクが映っていた。バイクの中古販売をしている圭吾にその映像を見せれば、何かわかるかもしれないと光は期待した。
圭吾は、バイクが映った映像を真剣な目で繰り返し見た。そして、何かに気付いた様子を見せた。
「こいつは、随分と古いバイクだな。でも、当時だけでなく、今でも優れた性能だと人気のバイクだ。美品だったら、相当な高値で売れるほどだぞ」
「古いってことは、コンピュータによる制御はしていないってことかな?」
「ああ、恐らくしてないはずだぞ。だから、そのEBとかいうものの影響を受けないんだろう」
「なるほどね。このバイクから、こいつがどこの誰か特定するのは難しいかな?」
「さっき言ったとおり、今でも人気のバイクだから難しい……いや、こいつはバイクを大切にしてないのか、随分ボロボロだな。バイク好きとしては、絶対に許せないぞ」
「圭吾は相変わらず、バイクが好きなんだね」
「さっき言ったとおり、今でも人気のバイクなんだ。俺だって欲しいぐらいだぞ」
「圭吾、話が脱線しているけど、結局何が言いたいのかな?」
光の言葉で、圭吾はようやく本題を思い出した様子だった。
「ああ、そうだな。こんなひどい扱いをしてるとなると、定期的にパーツの交換をしてるかもしれないぞ。中には、製造が終わってる物もあって、そうなると中古に頼るしかない。他の中古ショップとは普段から連絡を取り合ってるから、このバイクに関連したパーツを買った奴がいないか確認する」
「それは助かるよ。できれば、今後そういったパーツを買う人がいないかも調べてもらえないかな? 特に、こいつは大柄だし、体格的に似た特徴の人がいたら気にしてもらいたいかな」
「わかった。他の店でライトのメンバーがいるとこもあるから、伝えておく。さっき言ってた、妙な事件についても、一緒に警戒してもらって、何かあればすぐ報告してもらう」
「圭吾、ちょっと待って」
その時、瞳が何かに気付いた様子で、そんな言葉をかけた。
「光、追加で例のケラケラって名乗る女性の情報も入ってきたから、一緒にお願いしたら?」
「本当? 圭吾、僕も確認するから、ちょっと待ってくれないかな?」
瞳の言葉を受け、光は届いたばかりの情報を確認した。それは、ケラケラと名乗る女が起こしたと思われる殺人事件の現場近くにあった、監視カメラの映像だった。その映像には、どこか不自然に感じる笑顔の女が映っていた。
「この女性、他の事件現場近くの映像にも映っていたの」
「ケラケラと名乗る女のことなら、実際にそいつを見た、孝太と千佳に話を聞かないか? 実は、光と話した後、二人ともライトに入ったんだ」
「それは助かるよ。すぐ連絡して、この映像の女がケラケラなのか、確認してもらっていいかな?」
「ああ、わかった」
そう言うと、圭吾はすぐにスマホを手に取った。それから少しして、相手が出た様子で、圭吾はスマホを耳に当てた。
その間に、光はキーボードを叩くと、これまで集まった情報のデータベース化を完了して、それからライトのメンバー達にアクセス権を与えた。これによって、圭吾達ライトと情報を共有できるようになった。
ついさっきまで迷走していたのが嘘のように、光は自分のやるべきことがはっきりしていた。それは、確実に瞳と圭吾のおかげだ。
「……待て、どういうことだ?」
その時、圭吾は何か驚いた様子で、表情が険しくなった。
「何があったかわからないが、今、光と一緒にいるんだ。スピーカーに切り替えるから、話してくれ」
圭吾がスマホを操作すると、何やら慌てた様子の声が聞こえてきた。
何か大変なことが起きている。そう確信すると、光は手を止めて、孝太達の話に耳を傾けた。