試合開始 21
孝太と千佳は、圭吾や浜中と別れると、大助に連絡して、今すぐ会えないかとお願いした。
大助は何か用事があり、少しかかるとのことだったため、孝太達はファーストフード店に入って、大助を待つことにした。
昼食を浜中にご馳走してもらい、空腹なわけじゃないため、孝太達はドリンクとポテトだけ注文すると、空いていたテーブル席に座り、これまでのこと、これからのことを話し始めた。
「何か、不良グループに入るなんて、本格的にぐれたみたいで、親に言ったら、すごい反応が返ってきそう」
「いや、そもそも言う必要ねえって。心配させるだけだろうし」
「私の家は、基本的に全部報告するんだよね。当然、孝太のことも報告してるから」
「報告って、僕について何を言ってるんだよ?」
「さあ、何だろうねー?」
千佳が親に何を言っているのか、孝太は知るのが怖くて、あえて聞かないことにした。そして、話題を変えようと思い、スマホを使いつつ、今更ながらライトについて調べた。
「でも、ライトって、自称不良グループというか、やってることはボランティアとかイベントの手伝いばっかみたいだよ」
「そうなの?」
「まあ、だから美優と翔の件でも協力してくれるし、僕らとしては助かるんだけど」
思えば、今日ダークが襲撃してきた時、助っ人として来てくれた工平可唯という人物もライトの一人とのことで、今のところライトに所属する人達に対して、嫌な印象は一切なかった。
「それじゃあ、不良グループに入ってたなんて武勇伝をいつか話せると思ったけど、そんな感じじゃないの?」
「いや、そんな理由でライトに入ったのかよ?」
「それだけじゃないけど、何か若気の至りというか、そういうのあると良くない?」
「千佳、あんま変なことにはかかわるなよ?」
「変なことって?」
「その、何と言えばいいかわかんねえけど……」
そこで、千佳はニヤリと笑みを浮かべた。
「いやらしいこと、考えてない?」
「そ、そんなんじゃねえよ! ただ、僕は千佳の心配を……」
「ありがと。安心して。そういうことは好きな人にしかしないから」
そう言うと、千佳は真っ直ぐ孝太を見た。と思ったら、急に顔を真っ赤にした。
「ちゃんと段階は踏むからね! もう! 孝太が変なこと言うから、変な感じになった!」
「いや、変な感じにしたのは千佳の方だろ!」
そこで、少しだけ孝太達はお互いに黙り、それから笑った。
「僕、絶対に邪魔じゃないですか?」
そんな声が聞こえて顔を向けると、困った様子の大助がいた。
「大助、いつからそこにいたの?」
「いやらしいことがどうこうという話をしていた時ぐらいですかね?」
「一番聞かれたくないとこから聞かれてる!」
千佳がますます顔を赤くして、孝太は戸惑いつつ、それ以上に大助が戸惑っているだろうと思い、一先ず自らの心を落ち着かせた。
「ごめん、今日はそんな話をするために呼んだんじゃなくて、美優と翔が大変なことになってて……今日、学校に不良達が来た以上に大変なことになってるんだ。それで、僕達にできることを大助にも考えてほしくて呼んだんだ。まず、座ってくれねえかな?」
「その前に、大助も何か注文してきたら?」
「はい、それじゃあ、飲み物だけ頼んできます。少し待っていてください」
それから、孝太と千佳は何も話すことなく、妙な空気にしてしまったことをお互いに反省した。不思議なことに、千佳と何の言葉も交わすことなく、お互いの思いが理解できたような、そんな感覚を孝太は持った。
「お待たせしました」
「ああ、こっちに座ってくれ」
そして、大助が孝太の隣に座ったところで、改めて今の状況を説明していった。
大助は不良達が襲撃してきた直後、窓から外に出て、そのまま離れてしまったため、そこで何があったかも知らなかった。そのため、最初にその経緯から説明した。それから長い時間をかけつつ、TODのターゲットに美優が選ばれてしまったこと、翔が美優を守るため一緒に行動していること、孝太達も何かできないかと行動していること、そうしたことを詳しく説明していった。
「それで、大助にも何かしらか協力してほしいんだ」
「えっと……」
「大助がこうしたトラブルを避けたがってるのはわかってる。不良達が来た件もそうだけど、大助は争いが嫌いだもんな」
「孝太君の言うとおりです。すいません、僕に協力できることはないと思います」
大助がそう言うのはわかっていた。そのうえで、大助を呼んだのは、大助自身も変わってほしいと思ったからだ。
「大助はネガティブというか、もっと色々できることがあるのに、それをしねえで、もったいねえと思うんだ。体格的に恵まれてるのに、何のスポーツもしてねえのもそうだ。別にそれでケンカをしろとか、そんな話をするつもりはねえよ。ただ、美優と翔が危険な状況に置かれてる今、何か大助のできることを探してほしいんだよ」
大助は気弱な性格で、いじめの対象になっていた時期もあった。それは孝太が接するようになってから改善されたものの、大助自身が何か変わらないと、いつか同じことの繰り返しになるんじゃないかと心配していた。そうした思いがあり、孝太は大助にも相談したかった。
「正直言って、僕達も何をしていいかわかってねえし、不安なんだ。だから、美優達だけじゃねえ。僕達のことも助けてほしい。ライトに大助も入れなんて言わねえ。一歩下がってくれていい。ただ、それで何かわかることがあったら、僕達に教えてほしいんだ」
そこまで伝えると、大助は悩んでいるのか、少しの間、黙っていた。それから、孝太の方に目をやった。
「最初に言ったとおり、僕にできることはほとんどないと思います。不良グループに入る度胸もないです……。それでも、何かできることがあるなら、それをしたいです。なので、孝太君も千佳さんも何かわかったら教えてほしいです。それで、僕に何ができるかわかりませんけど、何か僕も美優さんと翔さんの力になりたいです」
それは、今の大助が出せる精一杯の答えなのだろう。そう思えたため、孝太は自然と笑顔になった。
「大助まで巻き込んで、本当にごめん。でも、さっき言ったとおり、今は一人でも多くの人の力が欲しいんだ」
「孝太、それは違うよ! 巻き込んだのは、TODなんてゲームを開催した、ひどい奴だよ!」
その時、しばらく周りには誰も座っていなかったのに、店員が周りのテーブルを掃除しに来た。
「何か、出てけって感じじゃない?」
「うるさくし過ぎたかな? 僕の家が近くだし、そっちで話すか」
「そうしよっか」
小声でそう話した後、孝太達は店を出ると、そのまま孝太の家へ向かった。
しかし、途中で人だかりを見かけ、孝太達は足を止めた。
「何だよ、これ?」
美優の家があるはずの場所にあったのは、所々焦げ付いた瓦礫だった。また、周辺の家にも多少の影響を与えたようで、窓ガラスが割れていたり、壁の一部が黒ずんでいたり、一目で異様な光景と思える状態だった。
「孝太!」
不意に呼ばれて目をやると、そこには孝太の母親がいた。
「ああ、母さん、何があったの?」
「水野さんの家、ガスが原因なのか、爆発があったそうよ」
ターゲットに選ばれた美優の家で爆発があった。そう聞いた瞬間、孝太はとにかく嫌な想像しか浮かばなかった。
「美優の祖母ちゃんと祖父ちゃん、それにペットのミューは……」
「不幸中の幸いなのか、誰も家にいなかったみたいよ」
「それなら良かったけど……」
孝太が想像した以上に、美優は危険な状況なのかもしれない。そう認識して、孝太は大きな不安に包まれた。
「孝太君、ごめんなさい。やっぱり僕はかかわりたくないです」
そんなことを大助が言って、それが当然なのだろうと孝太は理解した。むしろ、こんなものにかかわろうとしている孝太と千佳の方がおかしいのだろう。そこまで理解したうえで、孝太の考えは変わらなかった。
「大助、付き合わせて悪かった。ただ、何かわかったことがあったら、何でもいいから教えてくれ」
「はい、わかりました。すいません、今日はもう帰ります」
最後に大助はそう言うと、行ってしまった。
そんな大助を見送った後、孝太と千佳は崩壊した美優の家を呆然と見続けた。