試合開始 20
圭吾達との通話を切ると、光は入ってきた情報を改めて整理していた。
「確かに、城灰高校を鉄也達が襲撃したみたいだね。それで、水野美優という名前の女子高生が今回のターゲットで、今はディフェンスの人達と行動を共にしている。そこにはラン君と可唯君がいるというわけだね」
「何というか、単なる偶然なのかな? 鉄也達が襲撃したタイミングで、その高校の生徒がターゲットに選ばれるって、何だか変じゃない?」
「確かに、瞳の言うとおりだよ。もしかしたら、ターゲット……いや、オフェンスやディフェンスも全部ランダムでなく、意図的に選んでいるのかもしれないね」
光はキーボードを叩きつつ、頭の中であらゆる可能性を考えていった。それは、限られた情報を基に、納得のいくシナリオを作っていくようなものだった。
「まず、ダークがTODを開催している可能性は考えたいね。理由はわからないけど、ラン君はTODについて知っていたみたいだし、クラスメイトがターゲットに選ばれたとなれば、絶対に何かしらかの行動を取ると予想できる。実際、今は一緒に行動しているわけだしね。それを防ぎたくて、ラン君を襲撃したのかもしれないよ」
「でも、それだとダークの行動に矛盾があるというか、どちらかというとダークは利用されたんじゃないかと思うの。光の言うとおり、ラン君がオフェンス側にとって邪魔になることは予想できると思うよ。だから、ダークを使ってラン君を襲撃したんじゃないかな?」
「そうだとすると、ますます意図的なものを感じるね。だって、ラン君が最初にダークの襲撃を受けたのは、昨夜だって話だよ? でも、ターゲットがわかったのは今日って話で、時系列がおかしくなるんだよ」
「確かにそうだね。それじゃあ、ラン君にダークを襲撃させた人がいるとしたら、あらかじめ知っていた……それこそ、TODを開催する側に近いのかもしれないね」
こうして瞳が様々な意見を言ってくれるため、光は多角的な視点で何が起こっているか考えることができる。ただ、今回は考えれば考えるほど、迷宮に入っていってしまうような、妙な感覚があった。
「ただ、そうだとしても、何だか、理由が見えないね」
「どういうこと?」
「人が何かする時には理由がある。でも、今回の件に関しては、そうした理由が見えないんだよ。それこそ、今はこうして意図的なものがあるんじゃないかと推測しているけど、実際は本当に単なる偶然なんじゃないかと思えるぐらい、どのシナリオも破綻してしまう。これは、なかなかの強敵だね」
言ってから、難しい表現をしてしまったかと思ったが、瞳も同じ気持ちなのか、頷いた。
「何だか……ただ混乱すればいいといった意思を感じるかな。だから、その理由を考えようとすれば、光も私も混乱するに決まっているでしょ?」
「……何か、妙にしっくり来るね」
光は一旦頭をリセットすると、別の視点から調べることにした。
「ラン君……本名は堂崎翔君というそうだけど、堂崎家といえば、確か大富豪だったはずだよ。そんな人がTODについて知っているのも妙だね。いったい、どういうことなのか……え?」
光は堂崎翔について調べようとしたが、何の情報もないことを確認して、驚きの声をあげた。
「ラン君も可唯君と一緒で、どこの誰かわからないね」
「どういうこと?」
「わからない。それこそ、堂崎翔って名前すら偽名なんじゃないかと思えてきたよ。そんなラン君と可唯君がターゲットと一緒にいるというのもどうなのか……ああ、もうわからなくなってきたよ!」
頭がパンクしてしまい、光は頭を抱えた。そんな光を支えるように、瞳は肩に手を置いた。
「光、落ち着いて。光なら、大丈夫だから」
それから、瞳は笑顔を見せた。
「この世に不可能なことなんてないんでしょ?」
その言葉で、光は改めて頭をリセットした。そして、気持ちが落ち着いてくると、自然と笑顔になった。
「うん、この世に不可能なことなんてないんだよ。今、起こっていることを順番に整理していこう。まずは社員からの報告をまとめるよ」
現状ある情報を使ってシナリオを作っても、納得のいくものができない。それは、情報が足りていない証拠だ。そう判断すると、光は今起こっていることを順に調べていった。
その中で注目したのは、先ほどあったとされる、発砲事件についてだ。それは、バイクに乗った者が銃を発砲し、その後、ワゴン車を追っていったというもので、TODに関する情報そのものだった。
銃を発砲した者は、恐らく光達が追っている人物で間違いないようだった。そして、恐らくワゴン車にターゲットが乗っていたということも容易に推測できた。
「今回のケースで、通信障害や、システムのエラーなどは起こっていないかな?」
「報告はないみたいだよ。これまでも、毎回あったわけじゃないし、EBを使う必要がなかったってことかな?」
「それか、EBを使うのもリスクがあるということかな。今は車やバイクもコンピュータで何かしらか制御しているし、そんなところでEBを使えば、車なんかが暴走して自分まで危なくなる可能性もあるだろうしね」
「そう考えると、バイクに乗っているのにEBを使うなんて、常にリスクしかないんじゃない?」
「そういうことになるね。まあ、バイクのことは圭吾に確認しようか。この後、来てくれるし、その時に聞いてみるよ」
現状、光達が追っていた人物は、今回のTODでもオフェンスで参加しているようだとわかった。それは、ターゲットの美優にとって、良くない状況としかいえなかった。だからこそ、美優を守るために何かできないかと考えた。
その一つの手段として、TODそのものを潰せないか考えるのは、確実に何かしらかの進展が望める。そう信じて、光はキーボードを叩いた。
「今後は圭吾達、ライトからの報告もみんなに共有しよう。もしかしたら、発砲事件について何か目撃した人がいるかもしれないし、外にいるからこそわかる情報を集めてもらうよう、後で頼んでみるよ」
「あと、念のためダークの動きを監視させてもいいかもね」
「うん、できればそれもしたいけど、普段からダークの悪行に手を焼いているし、監視というか、ダークを制御するのは難しいよ。今だって、どこで何をしているか、全然わからないしね。こっちから連絡する手段もないし、本当に困ったもんだよ」
「言われてみればそうだね。いっそのこと、ダークも協力してくれたら助かるのにね」
「それはさすがに夢のまた夢だよ」
そう言うと、光と瞳はお互いに笑った。
「でも、この世に不可能なことなんてないからね。鉄也達が協力してくれる未来を夢見るのは勝手だし、希望は持つよ」
「うん、そんな時が来るといいね」
そうして、どこか穏やかな気持ちになりつつ、光は先ほどまでと違い、頭がスッキリしたように感じた。ただ、TODに関する情報は調べれば調べるほど混乱するという状況は変わっていない。ターゲットである美優が危険に晒されている今、のんびりしている場合じゃないとも感じている。
そのため、光は迷宮に飛び込むような覚悟を持ったうえで、また様々な情報に触れていった。