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TOD  作者: ナナシノススム
ウォーミングアップ
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ウォーミングアップ 04

 休憩時間が終わり、少ししたところで、美優は剣道部の練習に戻った。当然、顧問の須野原すのはら先生から多少の注意をされつつ、サッカー部の様子を見たかったと伝えると、そこまでは怒られずに済んだ。

 この日、剣道部では試合に慣れるための練習として、部員同士で試合を行っていた。こうした部員同士の試合は定期的にあるものの、これまでは男女で分けていた。それは、体格の差で女子よりも男子の方が有利という理由からだ。

 しかし、今日は男女混合のトーナメント戦を行っている。通常の試合でも男子と女子で分けているため、今日のトーナメントは、そういった点でも特殊なものだった。

 そんな中、美優は途中、男子相手でも勝利を重ね、決勝戦まで進んでいた。

 祖父が剣道の道場で稽古をしている影響で、美優は幼い頃から剣道を習っている。美優が剣道を習い始めたのは、祖父の道場を見たいという軽い気持ちから、遊びに行ったことがきっかけだ。その際、美優自身が剣道をやりたいと思ったことと、祖父が美優の才能を見抜いたことで、美優は剣道の道を進むことになった。そうして、今日まで道場では男女関係なく、様々な人から稽古を受け、様々な人を相手にしてきた。

 これまで、美優は小学生、中学生の大会で優勝するほどの実力者であり、サッカー部で期待される孝太同様、剣道部で期待される選手の一人だ。途中、男子を相手にしたにもかかわらず、トーナメントの決勝まで勝ち上がったことも、美優を知る人からすれば、当然の結果だった。

 しかし、決勝の相手は三年生の男子で、大会で主将を任されている人物だ。大会では男女別で行われるが、彼は男子の大会で優勝した経験もあり、女子の美優と比べれば、体格も大きく、力も強い。そんな人を相手に勝てるわけもなく、これまで何度か試合をしたものの、美優は一度も勝っていない。

「よろしくお願いします」

「あ、はい、よろしくお願いします」

 挨拶をした時、美優は自分が緊張していると感じた。これまで勝ったことのない人を相手に、今日も勝てないのだろう。そんな不安も持った。しかし、美優は目を閉じると、翔のことを思い出した。

 翔がサッカー部に入るという話を聞いた時、大丈夫なのかと美優は心配した。というのも、体育の授業は基本的に男女別のため、翔のサッカーを一切見られなかったからだ。そのため、もしかしたら孝太の勘違いで、翔がまったく活躍できない可能性も考えていた。

 しかし、そんな美優の心配をよそに、翔は初の練習試合で大活躍しているとのことだった。さっき会った時、いつもと同じで翔はぶっきらぼうな態度だった。それは、まったく緊張がないようにも見え、そんな風にできる翔に憧れを持った。

 そうしたことを考え、美優は緊張や不安を捨てると、自らの実力を相手にぶつけようと決めた。

「始め!」

 須野原先生の掛け声が上がり、試合が始まった。美優はとにかく相手にだけ集中しようと努めた。

 これまで、体格差を利用された結果、射程外からの攻撃で負けてしまうことが多かった。そのことを意識しつつ、美優は普段よりも距離を取った。そんな普段と違った美優の行動が意外だったのか、相手も距離を取り、お互いに警戒し合う形になった。それは、いわゆる膠着状態で、緊張した空気になった。

 このまま相手に待たれる状況は、美優にとって有利といえない。相手の方が射程が広いため、この距離を保とうとすれば、どんどんと端へ追い込まれてしまう。そうして、いつかは相手の射程内に入る必要を迫られ、その時に攻撃されて負けてしまうだろう。

 そこまで思考が進んだところで、美優は相手の顔に目をやった。面越しでも、相手の表情は少なからずわかる。そして、美優は大きく息を吸うと、一歩踏み込んだ。

「面!」

 相手はチャンスとばかりに竹刀を振った。しかし、美優が踏み込んだ足を後ろに向けて蹴り、一気に距離を取ったため、相手の竹刀は目の前を通り過ぎた。それと同時に、美優は改めて踏み込むと竹刀を横に振った。

「小手!」

 相手が竹刀を振ったことにより、ほんの一瞬だけ、相手の小手が美優の射程内に入った。そのチャンスを逃すことなく、美優の竹刀は確実に相手の小手を捉えた。

「一本!」

 その場にいた人全員が驚いたように、息をつくのが美優の耳に入った。ただ、この場で一番驚いているのは、恐らく一本を決めた美優自身だった。

「……勝っちゃった?」

「美優、すごいよ!」

 女子だけでなく、男子も含め、全員が美優に賞賛の声を向けた。その中には、一本を決められた相手もいた。

「初めて負けた。すごいな」

「いえ、不意をついただけで、次にやったら私が負けると思います」

「ああ、俺も次は負けない」

 単純に実力を比べれば、美優の方が劣っていると自覚している。だからこそ、その言葉は美優にとって嬉しいものだった。

「はい、私も……もっと頑張ります!」

 男子と女子では体格も違うため、女子の方が不利だ。そんなことを昔から美優は言われてきた。だからこそ、美優は努力したいと思い続けることができる。そしていつか、女子が不利だなんて言われないぐらい、剣道で強くなりたい。それが美優の夢だ。

「水野が入ってくれたおかげで、俺の部活も安泰だよ。成績も残してくれているし、俺の給料も上げてくれないかな」

「須野原先生、人任せはずるいですよ」

 顧問の須野原先生は、美優のクラスの担任でもあり、普段から接する機会があるため、こんなやり取りも時々している。貧乏人だそうで、給料を上げてほしいと生徒達にまで言うのが須野原先生のいつもだ。そうしたことが自らの弱さを見せてくれているようで、美優含め、多くの生徒から須野原先生は信頼されている。

「それじゃあ、今日の練習はこれぐらいで終わりにしようか。水野、サッカー部の練習、見ていってもいいよ」

「もうこの時間だと終わっていますよ」

 今日、本当ならサッカー部……というより、翔の応援をしたかった。そんな思いを改めて持ちつつ、美優は次回に期待しようと頭を切り替えた。

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