試合開始 19
孝太と千佳は、浜中に案内される形で、ある店に入った。そこはバイクを販売している店で、多くのバイクが並んでいた。また、販売しているバイクは中古だといったことが書かれていて、どうやら中古バイクの販売店のようだった。
「圭吾君、来たよ」
浜中がそんな声をかけると、奥から一人の男性が出てきた。
「いらっしゃい。丁度今の時間は客も少ないから話せるぞ」
「ありがとう。二人がさっき話した孝太君と千佳ちゃんだよ」
「ああ、俺は今井圭吾だ。よろしく」
不良グループのリーダーということで、孝太は怖い人が出てくるのではないかと心配していた。しかし、圭吾と名乗るこの男性は、気さくに笑いかけてくれる、優しい雰囲気の人だった。
「高畑孝太です。よろしくお願いします」
「私は山岡千佳です。よろしくお願いします」
「そんな緊張しなくていいぞ。店はバイトに任せるから、奥の休憩室で話そう。おい、少しの間、店を頼んだぞ」
「はい、わかりました」
それから、圭吾は孝太達を奥の休憩室に案内した。それだけでなく、冷たい麦茶を出してくれて、暑い中移動してきた孝太達としては助かった。
「すいません、いただきます」
冷たい麦茶を飲み、一息ついたところで、浜中がまず話を切り出した。
「さっき、少しだけ話したけど、順にあったことを話していくよ。まず、城灰高校にダークの連中が襲撃したんだ。目的は、堂崎翔君に金銭を要求してのことだったんだけど、それは翔君ともう一人、ライトの誰かが……」
「工平可唯とか名乗ってました」
「そうだったね。翔君と可唯君の二人でダークの連中を相手して、何とか大きな被害は出ずに済んだよ」
圭吾は黙って話を聞いていた。ただ、その表情は険しく、状況を頭の中で整理している様子だった。
「翔は、ランという名前でライトに入ってると言ってました」
「そうか。ランは……いや、翔と呼んだ方がいいか?」
「いえ、どちらでもわかるので、呼び慣れてる方で大丈夫です」
そんなやり取りをすると、圭吾は笑顔を見せた。
「じゃあ、ランと呼ぶ。ランと可唯は普段から一緒で、そもそもランがライトに入ったのは、可唯の紹介だったんだ。二人とも自分のことを隠してるようで、俺も詳しく聞かないようにしてた。ただ、リーダーとして、ライトのメンバーに何かあれば、全力で力になると決めてた。俺達にできることがあれば、何でも力になるぞ」
それは頼もしい言葉で、孝太と千佳は嬉しさのあまり、自然と笑顔になった。
「ありがとうございます!」
「じゃあ、何が起こってるか、改めて整理するぞ。まず、ダークがランを襲撃した件は一旦置いていいか?」
「はい、今はTODと呼ばれるゲームについて、何か僕達でもできることがないか探したいです」
「さっき、浜中から簡単に聞いたが、詳細を聞かせてくれ。それから何をするか決めたい」
圭吾の言葉を受け、孝太達はTODというゲームのこと、そのターゲットに美優が選ばれたこと、妙な薬を使う女が実際に美優を襲ったこと、翔と可唯が美優と行動を共にしていること、そうしたできる限り知っている情報を圭吾に伝えた。
「状況はわかった。そうか、ランは元々TODについて調べるため、俺達に接触したのかもしれないな」
「私も同感だよ。翔君はセレスティアルカンパニーの副社長、宮川光君の協力を得ようとしていたんじゃないかい?」
「そうだろうな。実際、ランは光と話す機会が欲しいとお願いしてきた。そういうことなら、まず光と連絡を取ろう」
「そんなすぐに、連絡が取れるのかい?」
「昔から光とは友人同士で、光がライトを離れてからも、それは変わらないんだ。スピーカーで通話するから、俺から話せないことは代わりに話してくれ」
圭吾はそう言うと、スマホをテーブルに置き、通話をかけた。セレスティアルカンパニーといえば、誰もが知る大企業だ。そんな会社の副社長といきなり話すことになり、孝太は若干緊張していた。それは千佳も同じのようで、不安げな表情を浮かべていた。
「もしもし? 圭吾?」
通話が繋がり、相手……恐らく宮川光の声がした。それを聞いて、音の感じから、向こうもスピーカーを使っているようだと孝太は感じた。
「光、少し話せるか?」
「ああ、ごめん。ちょっと今忙しくて……」
「光、少しは気分転換した方がいいよ。圭吾、いいところに連絡してきてくれてありがとう」
「まったく瞳は……うん、少しだけ話せるよ」
「じゃあ、順に話していくぞ。まず、今こっちには刑事の浜中と、高校生の孝太と千佳がいる」
圭吾がそう言うと、少しの間、何の返事も向こうからなかった。
「……どういう状況なのかな?」
「二人の高校生は、ランの同級生だ」
「ランって、あの僕と話したいと言っていたラン君かな?」
その言葉から、翔がセレスティアルカンパニーに近付こうとしていたことを孝太は改めて感じた。
「ああ、そうだ。ところで、そっちは瞳と二人か?」
「うん、そうだよ」
「じゃあ、俺から紹介するぞ。今、通話してる相手が、光と、その妻の瞳だ」
「ごめん、自分から言うべきだったね。僕は宮川光だよ」
そこで、光と瞳から簡単に自己紹介があった後、圭吾は話を再開した。
「今日、ダークの連中がランの高校を襲撃したらしい」
「そんなことが……?」
「ただ、今回の本題はそれじゃないんだ」
「いや、さっきから圭吾は何を言いたいのかな?」
この圭吾という人は、説明が下手なようだ。失礼ながら、孝太はそんな風に感じた。そして、孝太は自分から説明しようと決めた。
「あの、高畑孝太です。実は、同級生が命を狙われてて、その理由があるゲームに巻き込まれてしまったからなんです。そのゲームはTODといって……」
「TOD!?」
光から驚いたような反応が返ってきて、孝太は戸惑った。
「はい、そうですけど?」
「今朝、TODのことを知って、僕達もそれを調べていたんだよ! 詳しい話を聞かせてくれないかな?」
「いえ、僕達も知ってることはあまりないんですけど……」
そう言いつつ、孝太は先ほど圭吾に伝えた情報を光に伝えた。電話越しでも光は相槌を打ってくれて、孝太は話しやすいと感じた。そうして孝太から話せることを全部話し終えると、光は頭を整理しているのか、ブツブツと聞き取れないような声で何か言っていた。
「なるほど、ある程度の状況はわかったよ。そのTODを潰せないかと僕達も考えていたところだよ。だから、こうした情報を教えてくれて、すごく助かったよ。本当にありがとう」
「いえ、そんな……」
「できれば、ラン君と連絡を取りたいけど、こんな状況だし、難しいかな?」
「はい、一応連絡してみます」
孝太はすぐ翔に連絡してみたものの、ある程度予想したとおり、翔は出てくれなかった。
「やっぱり、難しいみたいです」
「まあ、しょうがないね。一応、圭吾からも僕が協力することをメッセージでもいいから、ラン君に伝えてくれないかな?」
「ああ、やっておく」
「僕達は引き続き、TODをどこが開催しているか特定して潰すことができないか、全社員で尽力するよ」
「ライトを使いたいなら言え。簡単な情報収集ぐらいならできる」
「圭吾もありがとう。そういうことなら、とにかく何か不審なことがあったら、報告してもらえるかな?」
「わかった、指示を出しておく。ただ、どう指示を出すべきか難しいところだ。できれば、光と直接話したい。今から行ってもいいか?」
「うん、丁度圭吾に確認してもらいたいこともあるし、むしろ来てほしいよ。それと孝太君と千佳ちゃんだったかな? あとは僕達に任せてもらって大丈夫だからね」
その言葉は頼もしい言葉だった。ただ、孝太はどこか納得いかない部分があり、上手く返事ができなかった。
「はい、ありがとうございます!」
一方、千佳が素直に礼を言ったため、それに孝太も続くことにした。
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
「じゃあ、こっちは切るね。何かあった時のため、こっちの連絡先も知っておいた方がいいと思うし、圭吾からそれは聞いて。さっきも言ったとおり、僕達が全力で協力するから、孝太君も千佳ちゃんも安心してね」
そこで、通話は終わった。セレスティアルカンパニーの協力も得られる。その事実だけで、孝太にとっては十分過ぎるほど心強かった。
「ライトの方も動く。光の言うとおり、二人は安心して、この件から離れていいぞ」
「そうだね。警察としても協力できる範囲で協力するし、安心してよ」
圭吾と浜中からそんなことを言われ、孝太はどう答えるべきなのか、わからなくなってしまった。
「その……」
任せればいい。それは、自分達が何もしなくていいということだ。それを理解したうえで、孝太は自分自身を納得させることができなかった。
「私と孝太も、ライトに入れないですか!?」
そんな孝太のモヤモヤした気持ちを晴らすかのように、千佳が大きな声を上げた。
「何かできることをしたいという気持ちは同じです! だから、私達も協力したいです!」
強い口調で迫力のある態度を示した千佳に、圭吾は少しだけ狼狽えている様子だったが、少ししてから笑顔を見せた。
「俺は構わない。ライトに入るか?」
「はい、入ります!」
即答した千佳は、そのまま孝太に顔を向けた。
「孝太も入るよね?」
千佳は強気なように見えて、本当は弱気な人だ。だから、いつもこうして周りに同意を求めてくる。ただ、今回は孝太の気持ちを察して、千佳の方から孝太の気持ちを代弁してくれたように感じた。
「はい、僕も入りたいです」
「よし、二人とも歓迎する。まず、俺と光の連絡先を教えておこう。それで、何かあればお互いに連絡しよう。俺達は仲間だ。困った時は、何でも言ってくれ」
最初に会った時と変わらず、圭吾は優しい表情だ。それを見て、圭吾が不良グループのリーダーをしているということに、孝太は少し疑問を感じた。
ただ、それ以上に頼れる人がいるということを、孝太は喜んだ。