試合開始 17
翔達は昼食を終えたところで、お互いに連絡が取れるよう、全員の連絡先を交換した。その後、翔は改めて今後したいことを提案することにした。
「俺はTODそのものを潰したい。それは前から思っていたことだ。そのために何をすればいいか、いい考えがあれば、聞かせてほしい」
そんな翔の提案に対して、全員が黙ってしまった。その様子を確認して、翔は一人でやらないといけないのかと、失望に似た感情を持った。
「まずはセレスティアルカンパニーか、インフィニットカンパニーの情報が欲しいわね」
不意に篠田がそんなことを言い、翔は顔を向けた。
「TODはディフェンスもオフェンスもインターネットを利用して参加者を募集しているわ。それなら、ネットワークセキュリティを扱う二社に話を聞ければ、何かわかることがあるんじゃないかしら?」
篠田の言葉は、翔が以前から思っていたことだ。それを受け、翔はこれまで自分がしてきたことを話そうと決めた。
「俺も同じように考えて、セレスティアルカンパニーに近付こうと思った。それで、ライトという不良グループに入った。知っているかわからないが、ライトの元リーダーはセレスティアルカンパニーの副社長、宮川光さんだ」
「ええ、そうみたいね。少しでも調べた人からすれば、周知の事実よね」
「ライトの現リーダー、今井圭吾さんは宮川さんと友人同士だとも聞いた。それで、今度宮川さんと話をする機会をもらったんだ。実を言うと……昨日、会う機会を用意してもらったが、その時は断った」
「あ、それって……?」
翔の言葉に、美優はすぐ反応した。
「ごめん! 私がサッカー部の練習に参加してほしいってお願いしたせいだよね!?」
「そのとおりだが、気にするな。俺がサッカー部の練習に出たいと思ったし、ほとんど情報がない中、TODの話をしても、しっかりした調査をしてくれなかっただろう。それに、セレスティアルカンパニーがTODと直接かかわっている可能性もある。そうだとしたら、俺は今こうして美優のそばにいられなかったかもしれない。昨日の行動が正しかったかどうかは、誰にもわからないんだ」
美優が責任を感じているようで、翔は自分の考えを伝えられるだけ伝えた。しかし、多くを伝えたせいで、むしろ美優が責任を感じてしまうのではないかと、言ってから不安になった。
「私も記者として、TODについては調べたの。でも、色々と情報が隠されていて、困っていたのよ。私でそうなら、翔君がTODについて調べるのは無謀よ。だから、これまで調べられなかったことについて、自分を責める必要なんてないわ。それは、昨日の行動も含めてね」
篠田がそんなフォローをしてくれて、美優も同じ考えなのか穏やかな表情で頷いた。それを見て、翔はこれまでの行動を無駄にしないようにしようと思った。
「まず、圭吾さんに連絡します。それで……」
「いや、ここから誰かに連絡するな! こちらの位置がオフェンスに伝わるかもしれない!」
冴木は強い口調で、そう言った。
「位置情報を誤認させられると言っていなかったか? それに、さっきも移動中に連絡を取り合っていただろ?」
「さっき、スマホに付けてもらったものをお互い付けていればいいが、そうでない場合は位置を特定される危険がある。特に連絡した相手がこちらの位置を特定しようとしてきた場合、防ぐのは難しいだろう」
「だとしたら、しばらくは誰とも連絡を取らない方がいいということか?」
「ああ、するとしても、俺達の間だけにしてほしい。誰かから連絡が来ても、無視してくれ」
「まあ、こういう状況なら、仕方ないか……」
そう言いつつも、翔は納得いかなかった。そのうえで、他に何かできることはないかと頭を働かせた。
「ここが襲撃される可能性はゼロじゃないはずだ。その時のため、何か武器が欲しい」
「俺は翔に武器を与えたくない」
「それじゃあ、襲撃されたら何もせずに死ねというのか?」
「ここが襲撃されることなんて絶対にないから、安心しろ。仮に襲撃されたとしても、ここのセキュリティは万全だから大丈夫だ」
「だったら、何故ここを特定されることを心配しているんだ? さっきから発言に矛盾があるのに、安心なんてできるわけないだろ」
翔の言葉に、冴木は何も言い返せない様子だった。それから少しして、冴木はため息をつくと、ポケットから何かを取り出して、それをテーブルに置いた。
置いた瞬間、何か重い物を置いたような金属音が響いた。それは、十数センチほどの長さがある、黒い金属の棒だった。
「これは何だ?」
「伸縮する警棒だ。こうして振れば、それなりの長さになる」
そう言うと、冴木は警棒を手に取り、勢いよく振った。すると、高い金属音を出して警棒が伸びた。
「縮める時は、先端から地面に叩きつけろ」
「そんなものが何の役に立つんだ?」
「何をするかわからないから、翔に銃やナイフを与える気はない。ただ、これでも使いようによっては人を殺せてしまうから、本当は渡したくないんだ。そのうえで、これを渡すのは理由がある」
冴木は突き出すように警棒を翔に向けた。
「この警棒をもらった時に聞いた話だ。昔、不良達の抗争が起ころうとした時、この警棒で相手を威嚇することで、それを止めた奴がいたそうだ。だから、翔にも抑止力として、この警棒を使ってほしい」
「……わかった」
冴木の話を完全に理解したわけではないが、翔はそう言うと、警棒を受け取った。
「ただ、オフェンスに遭遇した時は、とにかく逃げるようにしてほしい。これは翔だけでなく、全員に言いたいことだ」
そう言った後、冴木は少しだけ穏やかな表情になった。
「まあ、ここに潜伏している限り、オフェンスと遭遇することはないはずだ。何度も言うが、美優だけでなく、全員安心してほしい」
その言葉は、美優の不安を取り除こうという意思を強く感じた。そのため、翔は自らの発言で、また美優を不安にさせてしまったのではないかと反省した。
「ところで、みんなはどうやってTODの存在を知ったのかしら? こうしたことも情報として共有すれば、何かわかることがあるんじゃないかしら?」
気を使うように言ってくれた篠田の質問は、翔も聞きたいことだった。
「質問した私から言うけど、私は一年前に亡くなったある高校生、緋山春来君について調べたのよ」
「え、緋山春来って、孝太が今でも尊敬している人ですよね?」
「ええ、そうよ。ただ、亡くなった経緯が妙で、詳細を調べてみたら、そこにいる冴木が緋山春来君と会っていたことを知ってね。それから冴木に付きまといつつ、色々と調べてみて、緋山春来君がTODのターゲットに選ばれたことを知ったのよ。それで、TODのサイトを見つけることもできたし、何かできないかと思って、ディフェンスで参加したの」
篠田が話し終えると、次は自分が話すべきだと判断したのか、冴木が口を開いた。
「俺はさっき話したとおり、堅気の人間じゃない。だから、普通の人が知らない情報も入ってくる。その中にあったのがTODに関する情報だった。ただ、それだけのことだ」
冴木が簡単にそう言ったのを聞いた後、翔は可唯に目をやった。
「可唯はどうやってTODのことを知ったんだ?」
「わいは情報通やから、全部わかってんねん。TODも知っとるに決まっとるやんけ」
「ふざけるな。こっちは真剣に聞いているんだ」
「わいも真剣に答えとるで?」
可唯とは話にならないと判断して、翔は諦めた。それから、セーギに目をやった。
「私は正義の味方だ! 悪の情報を知ることができるのは当然だろう!」
「それならいい。信弘はどうやって知ったんだ?」
翔は少しだけ苛立ちつつ、信弘に話を振った。
「僕は父がパソコンメーカーの重役で、幼い頃からパソコンに触れる機会があったんです。それで、偶然TODのことを見つけて……実は興味本位で参加してしまいました。こんな危険なものだとは知らなくて、もしかしたら僕は役に立てないかもしれません。すいません……」
初めからわかっていたことだが、信弘は気が弱いようで、本人の言うとおり、頼りにならないと感じた。ただ、翔は一つだけ深く聞きたいことがあった。
「俺もTODについて調べたが、サイトを見つけることすらできなかった。どうやって探したんだ?」
「ああ、それは多分、検索サイトのせいですよ。検索サイトの検索結果は、検索サイトを運営している会社の意向に沿ったサイトしか出てこないようになっているんです。なので、一般的に利用されている検索サイトだと、TODの情報なんて出てくるわけないですよ」
「それはどういうことだ? そうした検索サイトまでTODにかかわっているのか?」
「ああ、そうとは限らないと思います。検索サイトを運営する会社にもスポンサーのようなものはいます。なので、スポンサーの商品などが売れやすいよう、検索結果の上位にそうした情報が出るようにするんです。反対に、スポンサーと関係のないサイトや、スポンサーを否定するようなサイトを検索結果に出さないことで、結果的にスポンサーを宣伝するのが検索サイトの役目だと思ってください」
普段、何か調べる時に検索サイトを利用するなど、日常的に行っていることだ。それを信弘が否定しているように感じて、翔は理解に苦しんだ。
「よくわからないが、それならどうすればいいんだ?」
「僕がおすすめの検索サイトを教えますよ。こちらは『ダークゴー』といって、名前は物騒なんですけど、他の検索サイトだと見つからないサイトを簡単に見つけられるんです」
「ダークゴー?」
翔は「ダーク」という名前が入っていることから、何か嫌なものを感じつつ、信弘からダークゴーというものを教えてもらった。
そこで、ふと美優の方に目をやると、美優は眠そうな様子でウトウトとしていた。
「美優、昨夜はあまり寝られなかったんだろ?」
「あ、ううん! もう少し大丈夫だよ!」
「いや、今日の授業中も眠そうだったし、休める時に休んだ方がいい」
「その意見には俺も賛成だ。ないと思うが、ここが襲撃された時、すぐ逃げられるよう、それぞれ休める時には休んでおけ」
冴木もそう言うと、美優は申し訳なさそうに頭を下げた。
「すいません、それじゃあ、少しだけ休ませてもらいます」
「こっちの部屋にベッドがある。一緒に来てくれ」
「はい」
冴木に案内される形で美優は行こうとしたが、足を止めると、翔の方へ振り返った。
「翔、一緒に来てくれないかな?」
美優は不安げな表情で、そんな質問をしてきた。それに対して、翔はどう答えていいかわからなかった。
「何や? 美優ちゃん、ランと何する気やねん?」
可唯がそんな風にからかうと、美優は顔を真っ赤にした。
「違います! その……上手く言えなくて、ごめん。一人だとやっぱり不安なの。だから、翔と一緒にいたいの。ダメかな?」
美優の言葉を受けて、翔は自然とミサンガに手をやった。そして、どこか叫びたくなってしまいそうな思いを必死に仕舞うと、美優に笑顔を向けた。
「いきなり命の危険があるなんて言われて、不安にならない方がおかしい。俺が一緒にいることで安心するなら、いくらでも一緒にいる」
「うん、ありがとう! 私は翔と一緒にいたい!」
「わかった。だったら、一緒にいる」
次の瞬間、冴木から表現できないほど恐ろしい目で睨みつけられ、翔は戸惑った。
「冴木さん?」
「……美優がそう言うなら、しょうがない。だが、俺はおまえを信用していないからな」
何だか怒られているような気分になり、翔はどうしていいかわからなくなった。ただ、美優が一緒にいたいと言っているため、恐る恐るといった形で、美優と一緒に冴木の後をついていった。